第1話 あれから10年
ということで、唐突に始めましたが。
本当は続編を書くつもりはなかったんですが。思いのほか、前作が反響あったので。
未来、過去、と書いてきたので、今回は現代が舞台。
ただ、この作品が現実に追いつくのはいつになるのか、不明です。
モデル馬はわかりやすいとは思いますが。
そして、ミリオタネタとエヴァネタはお約束で取り上げます。
今回は、前作がくどかったので、もうちょっと読みやすくしようと思います。
※「ラッキーオーナーブリーダー」の続編です。この作品から見ても問題ありませんが、詳しく知りたい方は、旧作からご覧下さい。
※本作は、現実世界と似ているパラレルワールドです。2020年、2021年に発生、流行した「コロナウィルス」によるパンデミックは発生していません。
※基本的に実際の競馬史と異なるパラレルワールドです。実在の競走馬・騎手・調教師などは一切出てきません。
あれから早くも約10年の月日が流れていた。
子安圭介は、2008年に宮村美里と結婚。
それからも結城真尋、結城亨の牧場スタッフ、そして相馬慎三郎を抱えて、オーナーブリーダーとして、子安ファームを経営していた。
そして、その年、平成30年(2018年)、1月。
小さな家族経営のような子安ファームの圭介の執務室に、とある人物が慌てて駆け込んできたところから、この物語は再び始まる。
「大変です、オーナー!」
その慌てて飛び込んできた人物は、髪の毛はロングのポニーテール。長身で、肌に艶があり、見た目には美しい女性だった。目元が少し圭介の知り合いと似ていた。
「どうした、相馬」
相馬、と名乗る彼女は、急いで事情を説明しにかかる。
「明日香ちゃんがアスカチャンに襲われてます」
「はあ?」
傍から第三者が聞くと、混乱しそうな話だった。
ひとまず、圭介は席を立つ。
すぐ傍に同い年の妻、美里の姿があり、その左手を握る、小さな女の子の姿があった。
彼はすぐに妻に目配せをして、
(行ってくる)
と心の中で口ずさみ、アイコンタクトを取ると、妻の美里は静かに頷いた。
道すがら、41歳の中年になり、最近、色々と老けてきた自分の体を苦々しく思いながらも、圭介は彼女に声をかける。
「それで、相馬。一体、どういう状況だ?」
「はい。明日香ちゃんが牧場付近で遊んでいたら、放牧中のアスカチャンに襲われたんです」
「怪我は?」
「それは大丈夫ですけど。とにかく一緒に来て下さい」
彼女と並走し、圭介は急いで牧場の放牧地に向かった。
数分後。
圭介と相馬と名乗る若い女の姿が、牧場内の一角にあった。
そこで彼らが見たのは。
大きな体躯の芦毛の2歳馬と、じゃれつくようにその鼻先を触っている、齢8、9歳くらいの小さな女の子の姿だった。
「何だ、遊んでるだけじゃないか」
「あれ? 確かにさっき、アスカチャンに襲われたように見えたんですが……」
相馬が首を傾げる。
「彼女」が、「彼」に気づいたのはその瞬間だった。
「パパ!」
勢いよく走ってきて、そのまま足にタックルするように突っ込んできたのは、その「明日香」だった。
「おう、明日香。どうした?」
「あのね。アスカチャンと遊んでたの」
「そうかそうか。明日香は、本当に馬が好きだなあ」
「うん。ねえパパ、次のレースは? 私、また当てるよ」
「頼もしいな」
小さな明日香は、もちろん圭介の娘。長女だった。
現在、8歳の小学2年生で、この春から3年生になる。
明日香は、背丈こそ小さいが、元気な子で、大の馬好き。そして最も特徴的なのは、「ギャンブルの才」があるのか、とにかく競馬のレースで1着から3着をよく「当てる」ことだった。
まだ小学生なのに、恐ろしいほどの的中率を見せており、父の圭介は密かに彼女を頼りにしていた。
その上、彼女は最も父によく懐いていた。
ツインテールの髪型に、柔らかそうなほっぺが可愛らしい女の子だった。
そして、その笑顔を見守る女性は、相馬美織。
そう。あの相馬慎三郎の娘で、現在24歳。
圭介は今でも信じられなかった。
初めて彼女と会った時のことを回想していた。
2年前。
22歳の彼女が父の相馬慎三郎に連れられて、牧場に現れた。
その時、相馬慎三郎は60歳。一般企業では定年を迎えており、後は再雇用などで食いつなぐか、年金生活に入る頃だ。
それを考えてだろう。
彼は娘を連れてきたのだが。
「兄貴。俺はそろそろ引退するんで、娘を連れてきました」
何の前触れもなく、いきなり相馬が娘を連れてきたので、圭介は驚いて、目を見張った。
そもそも相馬が結婚して、娘がいたとは知らなかったし、その上、その「娘」はダメ人間のギャンブラーの相馬慎三郎に似ても似つかないくらい、聡明そうな美しい女性だったからだ。
「その前に。結婚してたんですね、相馬さん。全然知らなかったですよ」
「ああ、いえ。隠してたわけではなく、俺はだいぶ前に妻と別れたんです」
「そうなんですか? では、娘さんを引き取ったと?」
「というより、私がかわいそうなお父さんについて行ったんです」
声をかけてきたのは、鈴の音のような美声を持つ、その娘だった。
「かわいそうとは?」
「その通りの意味です。父はこの通り、ダメ人間ですからね。一人になったら、すぐに人生行き詰ると思ったんですよ。逆に母は、元々バリバリのキャリアウーマンなので、一人でも生きていけるんじゃないかと思いまして」
圭介が質問すると、テキパキとその娘は回答をしてくれた。
何とも、親に似ずに、聡明で頼り甲斐のありそうな娘だと、圭介は第一印象で思った。
恐らく、
(反面教師にしたんだろうな)
と勘ぐっていた。
親があまりにもダメだと、その子供はそれを見て育つから、逆に立派に育つことがある。逆に親が子供に対して過保護すぎると、子供がダメになるというケースもよくあるが。
このケースの場合、父がダメ人間すぎて、娘がしっかりしたパターンだろう、と圭介は推測した。
「兄貴。今までお世話になりました。俺はいったん、札幌に戻ります。娘を、美織をよろしくお願いします」
相馬にしては、やけに丁寧に頭を下げていたが、それだけ娘のことは大切に思っている証拠だろう。
「相馬美織です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる彼女に、圭介は満足して頷いた。
「わかった。まずは厩務員として働いてもらう」
こうして、相馬慎三郎は引退し、代わりに娘の相馬美織がやって来た。
そして、彼女は圭介の見立て通り、やはり聡明で、優秀な人物だったのだ。