9.どうしてこんなに弱いのか
「あんたどっかの貧しい村で1人で暮らすって言ったくせに、なにのこのこ王都に戻ってきてるの。魔王の子のくせに、ゼノスに会うつもり? そんなこと絶対にさせないから」
アナタシア様は私の顔を見るなり、高笑いしながら喋りがとまらない。
「ゼノスと私の結婚式はもう2週間後よ、彼もすごく楽しみにしてくれてるの。ココのことはもうすっかり忘れてる。だからあんたはゼノスにとって必要ない人間なの。ゼノスだけじゃない、あんたみないな魔王の子は国中から嫌われてるの、そんなあんたに会いに来てやる私は本当に優しいわ」
「ゼノスさんは王宮にいるんですか?」
「はあ? 何私に口きいてるの、汚らわしいから話しかけないで。ゼノスは私と一緒に暮らしているの、だって私が好きでたまらないのよ。聖女様のために魔王を倒しましたって言ってくれたわ」
「それはありません。ゼノスさんは魔王討伐の旅の間に、一度も聖女様の話をしませんでしたよ。ゼノスさんは人々の平和のために戦っていました」
アナタシア様が鉄格子をいきなり蹴って、金属の嫌な音が響いた。
「許しも無く口をきくなと言ったでしょうが! ゼノスは私と愛し合ってるの、夜も一緒に寝てるのよ!」
夜も一緒……に? それは威力のある言葉だった。私がショックを受けたのが分かったのだろう、彼女はにやーっと嫌な笑いを浮かべると、座り込んでいる私に顔を近づけた。
「かわいいそうココ、何か期待したての? もしかして自分がゼノスに好かれてるとか勘違いしてた? あらあらごめんなさい。私達はもうそういう関係なの、ゼノスが結婚式まで待てないって言ってきかないのよ」
「ゼノスさんに……」
ナッソスさんはゼノスさんは私との結婚を王様に願い出たと、確かにそう言った。だから、ちゃんと彼に会って確かめたい。アナタシア様の言うことが全て本当だったらすごく悲しい、でもそのときは受け止めるから……
「ゼノスさんに会わせてください。聖女様と結婚すると彼の口から聞いたら、そうしたら私はもう2度とお二人の前には姿を見せません。だから……」
「あーもう、ふざけんじゃないわよ。ゼノスに会わせる訳ないじゃない。あんたさあ、自分の姿を鏡で見たことないの? その貧相な体で何の役にも立たず、誰からも見向きもされず、生きていてもしょうがない人間のくせに。その汚らわしい角が伸びて、いつ魔物になるか心配だから、あんたは北の果ての神殿に送ることに決めたわ。そこから一生出さないように話はつけてあるの。明日囚人を送る馬車に乗せてあげるから楽しみにしてなさい」
「北の果ての神殿に送られる?」
「あんた本当に自分の立場が分かってないのね。あんたは囚人なの、自由はないの。馬鹿なんじゃない? ゼノスに会うなんてもう一生無理なの。私だってあんたの顔なんてもう二度と見たくない。ああでもその前に……」
アナタシア様が連れてきた衛兵たちの方に声を掛けると、奥の方から魔法使いのローブを着た高齢の男性が現れた。精霊神とは別の神を信じる人達……黒魔法使いだ。
黒魔法使いの手には小さな金属の輪が見えた。
「遠くに飛ばす前に、これだけは付けてもらう。よくも勝手に腕輪を外したわね、お陰でこっちは本当に迷惑したんだから」
アナタシア様が「さっさとやってちょうだい」と声を張り上げると、衛兵が鉄格子の鍵を開けた。彼らが入って来る気配に、無意識に体が壁際に逃げたけれど、狭い牢獄ですぐに捕まって両手を捕らえられてしまった。
「その腕輪を付けて、また私から力を盗むつもりですかアナタシア様」
私が張り上げた声に、アナタシア様の顔が一瞬で引きつり鬼のような形相になった。彼女はすごい速さで牢獄に入って来ると、腕を高く振り上げた。
パンツと乾いた音が牢獄に鳴り響いて、頬が焼けるように熱くなった。平手打ちされたのだと、しばらくしてからやっと気づいた。
「盗むのはあんたの方でしょうが。私からゼノスを盗んだくせに、よくもそんな口を……」
もう一度、頬を打つ音が響く。
両頬がひどく痛むのに、手を拘束されていて動くことはできなかった。
アナタシア様に指示されて、黒魔法使いが私の腕に輪をはめると魔法をかけ始める、緑色の光が腕輪を包む。もやもやと何かが自分の中で封じられていく嫌な感覚があったが、抵抗することはできなかった。
空しかった……
明日にはどこかの神殿に囚人として送られて、そこに閉じ込められるのだ。そして、せっかく取り戻した癒しの力はまたアナタシア様に奪われる。私はいつもこの人の言いなりだ。何もかも奪われても、逆らうことができない。
どうして私はこんなにも弱いのだろう……
「何をしているか!」
聞き覚えのある低い男性の声が奥の方から響いてきた。
高位の神官服を纏った背の高い男性が姿を見せた。
「ソリティオ様!」
助けを求めるように呼ぶと、その後ろにナッソスさんの姿も見えた。
「アナタシアよ、おぬし無実無根のココ殿を投獄し、折檻しているのか!!」
ソリティオ様の怒りは周りの者を圧倒し、彼に命じられて衛兵はすぐに私を解放した。ナッソスさんがすぐに側に来て、私の体を支えて牢獄から出してくれた。
アナタシア様はさっきまでのふてぶてしい雰囲気を消し、儚い少女のように目を潤ませて立っていた。
「アナタシアよ、己がなにをしでかしたか分かっているのか。魔王討伐を成した英雄であるココ殿を投獄し傷つけた罪は重いぞ」
「待ってください誤解です。叔父様は知らないのです、この女が暴れて周りの者を傷つけたのでしかたなく投獄したのです、この女は恐ろしく凶暴で……」
「いい加減にしないか! 私とココ殿は、魔王討伐の旅で命を預け合った仲間だ。彼女の人となりは誰よりも知っている。アナタシアよお前はどこまで墜ちてしまったのだ。聖女としての矜持はもう無いのか…… さあ、これから私と一緒に王のところへ参ろう。おまえが犯した罪を明らかにする、よいな」
王の所へ行くと言われ、アナタシア様は体をびくりとさせた。
「私は何一つ罪など犯していません!」
大きく叫ぶと彼女は足早に去っていき、慌てて護衛騎士や衛兵がその後を追って出て行った。