7.前しか見てないイノシシ達
「ココちゃん、このウエディングドレス着てみてほしいのよ」
ナッソスさんのお母さんが昔着た婚礼ドレスを、私に着て欲しいと言う。ナッソスさんの将来のお嫁さんが着るべきものだとお断りすると「それは無理よ」と笑った。
「だって私はこんなに小柄でしょう。私より背が小さい女性に会ったのはココちゃんが初めてなの、だからこれは運命だと思ったわ。このドレスを着ることができるのはあなただけよ」
自信気にそう言って、ナッソスさんのお母さんは私の身長にドレスを調整するからと、純白のドレスを強引に着せてきた。鏡の前に立つとそこには少しブカブカながらも、可愛いドレスを着た自分がいた。
「きゃー!! ココちゃん可愛い」
いつの間にか村の若い女性達に囲まれていた。可愛いの言葉が雨のように降ってくる。シンプルな白いスカートを見て、ココちゃんに負けない可愛いドレスにしたいと彼女たちは言い出した。
そして村の未婚の女性たちが1人1つ絹で小さな花を作って、スカート部分に縫い付けていくことに決まった。
えええ! 皆さんの手作りのお花を付けたドレス!? 優しすぎる!!
素敵な結婚式にするための、みんなの気持ちの勢いは山から突撃してくるイノシシのように止まることを知らない。ただ真っすぐに前だけを見てにドドドと駆けてくる。その勢いに弾き飛ばされそうだ。
私はゼノスさんが本当に結婚してくれるのか、まだ信じ切れずにいる。でもナッソスさんの話によれば、大勢の前で王様に私との結婚を望むと願ってくれたという、彼が嘘をつくとも思えない。
ウエディングドレスを着てしまったら、もう気持ちはぐぐぐっと結婚できると信じる方に傾いた。
本当に、ゼノスさんが私と?
込み上げてくる幸せな気持ちが暴走していく。ああ駄目しっかりするのココ、あのイノシシ達の背中に乗ったら最後もう降りられなくなっちゃうから―
8割方浮かれ気分になったいたところに、王都帰りの村人が知らせを運んできた。
『聖女アナタシア様と勇者ゼノス様の結婚式が1カ月後に催される』
この知らせに、私は頭を殴られたように我に返った。しかし村人達の心には逆に火を点けてしまったようだった。
「勇者様と結婚するのは本物の聖女であるココちゃんなんじゃ」
「王都の奴らには絶対負けない、俺らも1カ月後に結婚式をするぞ!」
「おまえら気合を入れろ、村の伝説になるような最高の結婚式にする」
「誰か勇者をさらってこい」
村人すべてがイノシシと化し、ドゴドゴと猛烈に走り抜けていく。子供達までウリボウになってつかまらない。
ええ? 道の両側に結婚式用の飾り付けがもうしてある!
ああ! 広場の入り口にアーチのような門ができて、看板に私とゼノスさんの名前が……
おばさん達が話しかけてくる「今まで貯めたお金を全部使って宴会のごちそうを豪華にふるうからね」ダメダメそんな大事な老後資金を使わないでぇ。
村人たちのお金と時間がじゃんじゃん投入されて私の結婚式が準備されていく。私が「ゼノス様は私と結婚しません」とどんなに言ってまわっても誰も聞いてくれない。
どうしよう……
だってゼノスさんはアナタシア様と結婚するのでしょう?
ゼノスさんにもう会えない……
心の中で「会いたい」と言いそうになって、ぐちゃぐちゃした気持ちをどうにかしたくて跳ねた。ぴょんぴょん地面を蹴ってひたすら跳ね続けた。息が上がってもう動けなくなって座り込むと、上から覗き込んでくる顔があった。
「ナッソスさん!」
「どうしたココ、そんな狂ったように跳ね飛んで。なんか泣きそうな顔してるぞ」
「だって、どうしていいか分からないの、村の人たちが全然話を聞いてくれなくて……私とゼノスさんはね……」
私の話しが途中なのに、彼は陽気に話し出した。そうだった、話を聞かない村の代表のような人だ。
「今さ、うちの物置部屋を、若い奴らと改造してたんだ。俺たち何を造っていると思う?」
ナッソスさんのいたずらっ子のような笑みに、私の困った気持ちが全然伝わっていないことがよく理解できた。
「ふっふっふっ。なんと、ココとゼノスが初夜を迎えるための特別な部屋だ!」
「はい?」
「天蓋付のベッドっていうやつ? あのなんかカーテンみたいなの付いてるでっかいベッドをだな、俺たち作ってるんだよ。ゼノス喜ぶかなと思って。あいつ自分のことはどうでもいいみたいだけど、ことココに関しては何か、いろいろ妄想してそうだしさ、男のロマンを叶えてやろうと思う訳。魔王討伐で親友になった俺からの祝いの贈り物としてね、最高の初夜部屋をだな……」
「わー!!!」
叫びながら水平横飛びを高速で30連発した。
背の高いナッソスさんの方に飛び上がり、両肩をがっと掴むと、びっくりした彼が私を抱えたまま後ろに倒れた。
「しっかりしてナッソスさん! ゼノス様はアナタシア様と結婚するんです!! 初夜部屋ってなに? それ使わないから」
初夜という単語を口にしただけで顔がぼぼぼと赤くなった。でもすぐにそれは冷えた。私の勢いにやっとナッソスさんが真面目な顔になった。
「ゼノスはちゃんとココを迎えに来るよ。あの女とは結婚しないって」
ナッソスさんはいい加減なことばかり言う。すぐに真面目顔が緩んでニコニコする。
「あー、やべえ忘れてた」
ナッソスさんが間抜けな声をあげた。
「ゼノスの奴がココを迎えに来たくてもさ、俺らがこの村にいるってことあいつ知らないじゃん。だめだゼノスはココを迎えに来れねえ」
やべえ、やべえといいながら彼は大笑いした。
「ゼノスに早く教えてやらねえと……」
「ナッソスさん。知らせても彼は来ないよ。やっぱり私はゼノスさんと結婚できるとは思えない。だって私、ゼノスさんから何も言われたことがないもの……その……私と結婚したいとか……そういうプロポーズをされてないもの……だから」
彼は茶色い目をキラリと輝かせた。
「それならさ、聞きに行こうかあいつの気持ちを」
私に迫られて尻もちをついていたナッソスさんが起き上がった。
「行こうぜ王都に、そしてゼノスに会ってココが聞くんだ。私と結婚するのか、それともあの女とするのかどっちなの? てな」
私がゼノスさんに会いに行く? そんなことしてもいいのかな。
「ココはさ、ゼノスの気持ちのことばかり気にしているけど、自分はどうなの? ゼノスと結婚したいのか?」
彼の言葉に心臓が跳ね上がって、カチンと体が固まった。私の気持ち?
「ゼノスがしてくれないなら、自分でプロポーズすれば? ゼノス私と結婚してくださいって」
彼は道案内をしてくれるだけ、たどり着いた先で何をするかは、自分で決めなければならない。