6.もしかして本当なのかな
さらに3日ほどして、ようやくナッソスさんが帰ってきた。村の英雄の帰還とあって祝賀会が開かれた。
人だかりの中を泳ぐようにして、やっとナッソスさんを捕まえた。
「ナッソスさん、お願いします、村の皆さんの誤解を解いてください。私とゼノスさんが結婚すると勘違いして、結婚式の準備してるんです! 間違いだと言ってください!」
私が勢いよくお願いすると「あーココやっと会えたぁ!」と頭をわしゃわしゃ撫ぜてくる。
「もう心配したんだぞ、ココが急にいなくなるから」
茶色の髪を後ろで1くくりに縛って、背の高い頭を小さな私に合わせて傾げてくれる、呑気そうににこにこ笑う見慣れたいつもの彼だ。
「その、だからここで皆さんに言ってください。ゼノスさんは私と結婚しないって。もう早く止めないと大変なことになっちゃうの。荷馬車に乗って村の一番遠いところからパレードをして、新郎新婦が一軒ずつ訪ねて、花を撒くらしいです。村中の家を回るんですよ信じられます?」
「えー、全部の家まわったら日が暮れるって。そんで全員引き連れて村の中央広場で披露宴するのかな? すげーな」
はははと彼は大笑いする。「そうなんだよ、1週間は村中でお祝いするんだ」と言う村人の話に乗っかって「いいねえ」なんて返事をしている。
ちがうったら、ナッソスさん早く皆さんを止めて!
「皆さん聞いてください、ゼノスさんは私と結婚なんて望んでません。はい、ナッソスさん皆さんに言って」
私の必死の声に、やっと村人の注目が集まった。ナッソスさんの次の言葉を待っている。
「ゼノスはココと結婚したいって言ってたよ」
えええー!!! 固まって体が動かない。まさかそんなことある訳ないよ!
村の人たちが「わあっ」と声をあげて、一斉に拍手をした。
「それみろココちゃん。勇者様と結婚だ」
頼みの綱だったナッソスさんは、消したい大火事にさらに燃料を投げ込んだ。火は増々大きくなってどう消し止めればいいのか分からない。
ぴょんぴょん飛び跳ねる。違う違うと己に言い聞かせながら、「もしかして私は本当にゼノスさんと結婚できるの?」と思い始めた。ダメダメそんなはずない! ぴょんとひときわ高く跳ねた。
「ナッソスどうしてココちゃんは跳ねてるの?」
「ああ、ココはね、気持ちが高まるとああして跳ねるんだ。小鹿ちゃんだからね」
「それで勇者様はいつこの村にココちゃんを迎えにくるんだい?」
村人の問いかけにナッソスさんは渋い顔をした。
「それがさあ、ゼノスに会えないんだよ。俺とソリティオ様で会いたいって何度も国王陛下にお願いしたんだけどね…… パーティーの夜に中座したきり戻らなかった。あいつココがこの村にいることも知らないと思う」
私は跳ねるのをやめた。ナッソスさんの周りの人たちも難しい顔になった。
「王城では約束の金をくれたら「はいさようなら」って追い出して、ゼノスとココがどこに行ったのか教えてもらえなかった。神殿を訪ねたら、怖い顔した人にココには会わせられないって断られたけど、こっそり教えてくれる女の子がいてさ、ココが俺の村にいるって分かったの」
「あの……ゼノスさんは王城にいるんですか?」
ナッソスさんはうーんと首を傾げる。
「たぶんそうだと思う。あの聖女様がさ、ずっとゼノスにベタベタくっついてて、俺たちに話もさせてくれなかった。ゼノスが何か話そうとするとワアワア泣くんだよあの女。しまいにはココが暴れたとかとんでもない嘘を言い出して、ゼノスが怒ってパーティー会場から帰らせてもらうって出て行こうとしたら、皆に止められてた。そりゃそうだ、パーティーの主役だもんな。でもあの聖女がまたギャーギャー騒いで、ゼノスそのまま聖女に付いて会場から出て行ったんだ。で、それきり会えない」
ゼノスさんは今どこにいるんだろう、聖女様は王城で彼一緒に暮らすと言っていた。
「それでさ、ちょっと言い難いんだけど……パーティーで発表があったんだ。ゼノスとアナタシア様が結婚するって」
「なんだって!」
村人から笑顔が消えて、立ち上がってナッソスさんに詰め寄る人もいた。
「でもソリティオ様が陛下に意見してくださったんだ。勇者ゼノスは魔王討伐の褒美に、癒し手ココとの結婚を所望したはずだ、話が違うだろって、それは大きい声で諫めたんだよ」
ゼノス様が褒美に私との結婚を望んだ? なんかびっくりする言葉が耳から入ってきたけど……
驚きに瞬きも息もできない、カチンコチンになって立っていた。
「やっぱりココちゃんと勇者様は結婚だ!」
「王様へ願った褒美の結婚だぞ、これは盛大に祝わないとな。みんな気合を入れて準備だ!!」
「勇者様と聖女様の結婚の地としてこの村も有名になるぞ!」
「英雄ナッソスばんざい! ココちゃんと勇者様ばんざい!」
あれ?
もしかして本当なの?
私はゼノス様のお家で一緒に暮らせるのかな。
よく少年と間違われるこんな小さい体の私を、お嫁さんにしてくれるのかな。
ゼノスさんの姿が浮かぶ。短く刈った黒髪と、日に焼けた肌。藍色の瞳は強い意志を映して、魔物を前に怖いくらいに激しく鋭い。でも、私を見ると優しく笑うの……
どうしてか時々ゼノスさんは私を小鹿と呼んだ。
野宿の時は必ず私の隣に来て守ってくれた。
ある晩、夜中に目が覚めたけど、眠くて目が開けられなかった。角を優しく撫でる手を感じてお母さんの夢を見ているのかと思った。
声がして目を開けたらゼノスさんがいた。
「かわいいね」って言ってくれた。この世で私の角を可愛いと思ってくれる人は両親を失ってからもういなかった。だって私自身がこの角を醜いと思っていたから。
でもゼノスさんが言ってくれたの、とても大切な物みたいに優しく微笑んで……
「かわいいね、小鹿の角」
あの夜は夢だと思ってた。もしかして本当だったのかな……