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5.俺の家に住んでくれ

 村に来て3日程過ぎたけれど、ナッソスさんは帰ってこなかった。毎晩村の人たちはナッソスさんの家に押しかけて、魔王討伐の話をして欲しいとせがむ。大人たちは宴会騒ぎになり、子供達は走り回ってはしゃぎ、同じ話を繰り返しているのに盛り上がってくれる。


「ねえココちゃんはこれからどうするの? 良かったらこの村にずっといなよ」

 村の人たちは陽気で優しい、ほんわかした気持ちになる。


「私は勇者のゼノスさんのお家で暮らす予定です」

 いつものように、わいわい飲んで食べてご機嫌な村人に囲まれていた晩のこと、そう口にしたとたん、え? と時が止まったようにみんなが静かになった。


「ココちゃん勇者様と暮らすの?」

 皆の視線が今までになく真面目だ。びっくりして首を左右に勢いよく振って否定した。


「勇者様の故郷にある、彼のお家に住んでもいいよと旅の帰り道に約束してくださったんです。私は神殿を出たら住むところがありませんから、お言葉に甘えてお家に住まわせてもらうつもりです。一緒に住むとは言われてないです」


「勇者様のお家はどこにあるの? その故郷とやらは遠いのかい?」

 村人たちの質問に、ゼノスさんが自分に約束してくれた言葉を思い返し一つずつ答えた。


「ゼノスさんの故郷はとても遠くて、王都から2週間はかかるそうです。ゼノスさんは、王様の謁見が済んだら、故郷の村の人たちに自分の無事な姿を見せるために1度帰るから、その時私を一緒に彼の村に連れて行ってくれるのです。ゼノスさんの家族は嫁いだお姉さん以外いないから、お家は空き家になっているみたいで、私が行く当てが無いと言ったら、ココに是非住んで欲しいって言ってくれて……」


「故郷に2週間もかけて連れて行って、自分の家に住まわせるのかい? それって嫁として連れ帰るってことじゃないの?」

 男性の1人がそう言うと、途端に皆がザワザワし始めた。


「今の話だと、勇者様はココちゃんとその家に一緒に暮らすってことじゃないのかい?」

「そうだよ、魔王討伐の功労者だぞ、褒美の金をもらって王都で贅沢に暮らすこともできるだろう? それをわざわざそんな田舎に連れていくんだ。嫁にするんだろう」


「ええ? 嫁なんてそんなことは……あのゼノス様は王都で聖女様と……結婚を……」


 聖女様と結婚という言葉を出したとたんに「そうだ!」と誰かが大きく叫んだ。


「勇者様と聖女様は結ばれるのが昔からの定番じゃないか! ココちゃんは今回の魔王討伐では正に聖女様だ。勇者ゼノス様と結婚するのは当たり前だろう!」


「こりゃあめでたいな、勇者様と聖女様の結婚だ! ココちゃん良かったなあ幸せにしてもらいな」

「ココちゃんおめでとう!」

「なんでもっと早く教えてくれなかったんだい、ああみんなでお祝いしたいねえ」


「あの、待ってください違います。ゼノスさんはアナタシア様と結婚を……」

 必死で違うと言うのに、爆発したようにみんなが「結婚おめでとう」と騒ぎたてて誰も私の話しを聞いてくれない。


「みんなあ、俺は最高にいいことを思いついたぞ!」

 ナッソスさんの従兄と言っていた若い男性が声を張り上げた。


「ココちゃんと勇者様の結婚式をこの村で挙げようじゃないか!」

 どっかんと山が噴火したみたいに、集まった村人が一斉に歓声を上げた。


「それがいい! 村をあげて盛大な結婚式にするぞ!!」


 どうしよう、皆さんがすごい勘違いをしている。

「待ってください。私はゼノスさんに、俺の家に住んでくれと言われただけです。彼はこれから王都で聖女様と……」


「だーかーら、それがプロポーズなんだって! 俺の家に住んで欲しいってことは、一緒に暮らそうってことなの」


 何を言っても、村人たちの誤解が解けそうにない。

 どんちゃん騒ぎが始まって、踊って歌って「結婚式だー」とあちこちで歓声があがる。


 ナッソスさんが帰ってきたら、ゼノスさんは王都でアナタシア様と結婚なのだと説明してもらおう。

「おめでとう」と喜ばれる度に、胸がチクチク痛かった。

 

 自分の頭にある角のような突起にそっと触れた。


『ねえココ、王都に帰ったら神殿で癒し手の仕事に戻るの?』

 ゼノスさんのあの時の会話を思い出す。魔王討伐を終えた帰りの旅で、彼が聞いてくれた。


 私はもうアナタシア様に怒鳴られながら、冷たい神殿で孤独に働き続けるのは嫌だった。


「私は神殿を出て、一人で暮らしたいです。でもこの角があるから、王都で仕事を見つけるのは難しいかもしれません。神殿でも醜いからとみんなに口をきいてもらえませんでした。王都ではどこでも差別されるかと思うと怖いです。どこに行けばいいんだろう……」


「それなら俺の故郷の村に来ると良いよ。すごい山奥の田舎でね、ココと同じ精霊の身印を持つ人も多い古い聖地なんだ。だから俺の故郷では、ココの角はただ可愛いだけだよ、体にもっと特徴的な印をもっている人を見慣れているからね。差別どころか尊ばれるだけだ。だから安心して暮らせるよ」


「そんな場所があるんですか?」


 ゼノスさんは寂し気に微笑んで教えてくれた。

「あのねココ、神殿の人たちが異常なんだ。ここ5年くらいで不思議なくらい王都の雰囲気が変わってしまって、精霊の身印をもつ人たちへの差別が強まった。それは神殿の対応のせいだと俺は思っている。神殿でココが醜いと言われて仲間外れにされているなんて、俺は怒りでどうにかなりそうだよ。だって精霊様を祭る神殿で、精霊の子をいじめるなんて信じられない。ココをそんな場所にもう居させたくない」


 ゼノスさんは真剣に怒っていた。私が仕方が無いと諦めていたことを、はっきり相手が間違っていると言ってくれて、驚きつつも嬉しかった。


「俺の家に住んでくれ。一緒に村に帰ろうココ。村の皆はきっと可愛いココを大歓迎してくれるよ」


 あの瞬間、私は苦しいくらいに胸がいっぱいになった。正直に言えば、私はナッソスさんの村人と同じことを思ったのだ。

「あの……ゼノスさんもお家にいる? 私と一緒に……住むの?」


 嬉しい気持ちが、どんどん膨らむ、期待がはちきれんばかりに大きくなって、苦しい、嬉しくて……胸が壊れちゃう。ゼノスさんと一緒に暮らせるの?


 ゼノスさんは長い長い間、何も答えてくれなかった。あの時の彼の表情をなんて言えばいいのか分からない、泣きそうな、でも笑顔だった。半分は確かに幸せそうだった。


「俺は……たぶん……王都に戻る」

 一緒に暮らす期待に限界まで膨らんだ胸は、強烈な痛みと共にバンと音をたてて一瞬で割れた。

 そうだよね、だってゼノスさんは魔王討伐が成功したら、聖女様と結婚すると出発前から決まっているのだもの。


「でも……もし、できたら……」

 ゼノスさんは言いかけて、すぐに黙ってしまいその先をいくら待っても聞けなかった。


「ココ、俺の家は空き家になってるから好きに使ってくれていい」

 それは私が1人で暮らすという意味にしかとれなかった。

 

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