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4.ナッソスさんの村

 翌日、寝不足顔の私達の所に恐ろしい知らせが運ばれてきた。


 勇者パーティーの癒し手である女が、聖女様に暴行し顔に傷を負わせた。幸い深い傷では無いが、王様を初め王宮に集まった人々は悲しみ、癒し手を罰することを望んでいた。けれど慈悲深い聖女さまが、『魔王との戦いで心を病んだのでしょう、哀れな女を許します』と仰り、皆その慈愛に胸を打たれた。とのことだった。


 しばらくその女は誰だろうかと考えて、私のことだと思い当たると恐怖に震え上がった。

 癒し手の少女達は、私が暴行などしないことを初めから信じてくれた、けれど世間はそうでは無いと悲し気に言った。

「ココ、あなたはもう王都を離れたほうがいい。アナタシア様にどんな言いがかりをつけれらるかわからない、神殿から逃げて」


 もしかしたら、もう2度とゼノスさんに会えないのかもしれない。

 一目でいいからもう一度会いたいと心の中で駄々をこねて泣きじゃくる子供がいたけれど、私は顔には出さずに前を向いた。


「私は勇者パーティーで知り合った、ナッソスさんの村に行きます。ここから馬車で3日程と聞いています」

「そこで暮らすのココ?」


「いいえ、そこで待っていればナッソスさんに会えると思うのです。勇者様はアナタシア様とご結婚なさるからもうお会いすることはないだろうけれど、実は私は、勇者様のお家に住んでもいいよと約束をしてもらったのです」


「あらまあ気前のいいこと。勇者様優しいわ」

「そうね、王女であるアナタシア様と結婚すれば王宮暮らしだからお家はいらないものね」


 癒し手達の言葉に頷いて、そうねゼノスさまは王宮暮らしかと寂しく思う。

「きっとナッソスさんに伝言か何かで勇者様はお家の場所を私に教えてくれると思うのです」


 私は10歳からお世話になった神殿に別れを告げ、王都を離れた。


              ◇◇◇   ◇◇◇

 

 ナッソスさんの村に着いた。

 頼る人もおらず、村に向かう乗合馬車に乗った時は不安でいっぱいだった。けれど驚いたことに、馬車の中で自分は有名人だった。


「魔王を倒した癒し手様が私たちの村に来てくださるの!」

 王都から村へ帰る人たちが「私の家に来て、いやいや俺の家に泊まってもらう」と言い合いになるほど、私が村に行くことを喜んでくれた。


 精霊子の特徴がある者を忌み嫌う人が王都には多い。だから私の頭の突起に何も関心を示さない人たちは不思議だった。でも3日も旅を共にすると、それが彼らの当たり前なのだと分かって、村に着くころには安心してフードから頭を出せるようになっていた。


 馬車の中で村人たちの話し合いがあり、ナッソスさんの実家に泊めてもらうことになった。ナッソスさんのお母さんはとても小柄な人で、小さな自分にとっては親近感が湧いた。


「魔王をやっつけてくれた癒し手様、私達を守ってくださって感謝の気持ちでいっぱいです。それにあのお調子者の息子の世話もしてくださったのでしょう? ありがとうございます。どうか好きなだけ居てくださいね」


「癒し手様なんて呼ばれたら困ってしまいます。ココでいいです」

 

 己を飾らない自由な感じと、優しく面倒見が良いナッソスさんに私は魔王討伐の旅でいつも助けてもらってきた。そしてこの村にはナッソスさんとそっくりな優しい人ばかりだとすぐに分かった。気さくに「ココちゃん」と声をかけて笑顔を向けてくれる。


「ココちゃん、魔王退治の話をしておくれ」

 毎晩村中の人が集まるのではと思うくらい、ナッソスさんの家に村人が押し掛ける。庭先に出ては、興味津々の老若男女にせがまれるまま話をすることになった。


「勇者パーティーの癒し手として選ばれたと知って、私はびっくりしました」

 10歳の時に事故で両親を失った。身寄りのない者が行く神殿の孤児院で暮らしたが、そこで癒しの力を持っていることが分り、17歳になる今まで聖女様の下で働いていた。


「私は癒し手の一人として、神殿で働いていました。でも癒し手の同僚の中で、私の力はとても弱かったんです。だからどうして私がと不思議でした」


「いや本当に前代未聞だった。なんせ聖女様が行かないなんて、いままでの魔王退治で一度も無かったことだろう? 出発する前から今回は失敗するって、国中諦めムードしかなかったもんな」


「でも、聖女様は病弱なんだろ、仕方が無いさ」


 そうなのだ、勇者と聖女それは一対のようなもので、古より魔王討伐はその2人があってこそ成し遂げられてきた。それなのに、今回の聖女様は王城に残り、代わりに落ちこぼれと言っていいこの私を癒し手として討伐隊に入れたのだ。

 

 聖女は国で最も癒しの力が強い人の呼称だ。


 現在の聖女様であるアナタシア様はこの国の第三王女でもある。眩しい程の美貌と王族の権威、そして精霊様の聖なる力を宿した至高の聖女様。18歳とお若くて、求婚者が国内にとどまらず、他国の王族からも引っ切り無しなのだとか。けれど持病があり時々()せって聖女の仕事を休まれる。


「勇者のゼノスさんと、大賢者のソティリオ様、それから道案内のナッソスさんと癒し手の私、この4人で出発しました。だれも見送りがいなくて寂しかったけれど、気楽でいいなとゼノスさんとナッソスさんが笑って、明るい旅の始まりでした」


 出発の朝のことを思い出して微笑むと、村人たちのため息が聞こえた。


「顔だけ勇者と老いぼれ賢者、泥棒道案内に、どっちでもいい癒し手、なあココちゃん知ってるか? 王都ではそんな風に勇者様のことを馬鹿にしていたんだ。俺たちの命を守るために戦いに行かせるのに酷いもんだと、村中で腹を立てていたんだ」


「勇者様がみごと魔王を倒して、胸がスッとしたね。馬鹿にしていた奴らを見返してやったなあ。すげえよココちゃん。勇者様最高!」


 村人は喜びの声をあげお酒を飲んで踊りだす。毎晩こんなお祭り騒ぎになってしまう。


 勇者パーティは、本来は『勇者』『聖女』『戦士部隊』『黒魔術師』『賢者』『道案内』『吟遊詩人』で構成されるらしい。戦士部隊は王国騎士団の精鋭達の軍隊で数百人規模の大隊を率いて行くはずが、たったの4人だったのだ、押して知るべし歴史上もっとも貧弱な私たちだった。


「あの、顔だけ勇者ってなんですか? ゼノスさんも『どうせ顔だけ勇者だから好きにするさ』って旅の途中で何度も言ってました」

 本人に聞いても曖昧な笑いで教えてもらえなかった疑問を聞いた。


「ああそれはね、最強と名高い騎士団長様を差し置いてゼノス様が勇者に選ばれた。聖女アナタシア様がどうしても彼がいいと譲らなかったのが理由だそうだ。弱い訳ではないが、剣の腕前は5番手くらいの実力しかない。でもねゼノス様は誰にも負けない1番のものを持ってた、それが顔。騎士団で1番の美男子と評判だったのさ。だから『顔だけ勇者』ってこと」


 あまりに失礼な呼称に言葉を返せない。酷い話はまだ続いた。


「選ばれなかった騎士団長様はご立腹だ。勇者パーティへ戦士として同行するのを断った、そこからは川が決壊するみたいに、私も行かない、俺も嫌だってことになって、最強の呼び名で有名な黒魔術師なんて、王命といえど死ぬと決まった討伐に行く義務はないと(のたま)った。全然人が集まらない。そんな中で手を挙げたのが、我が村の英雄ナッソス様だ」


 村の人たちは「ナッソス万歳!」と陽気に歌って嬉しそうだ。


「ナッソスはこの村の観光名所のダンジョンに来る冒険者の道案内をしていたんだ。国の名誉である勇者パーティの道案内がいないと聞いて、だったら俺が一攫千金いってやらあと申し込んだら、なんと奇跡が起こってこんな田舎の庶民が勇者パーティに選ばれたんだよ。いやいや、もう出発前から英雄になってたね」


 だが、酔っぱらった声で一人がうなった。

「それを泥棒なんて二つ名を付けやがって。あいつはすげえ優秀な道案内で、数々の隠された宝箱を冒険者に見つけさせたのに、それを……馬鹿にしやがって王都の奴らめ……」


「それから大賢者様。王弟であるあの方は本当に清廉で国のために身を捧げてくださった。城でふんぞり返って命令だけしている王様とは大違いだ。老いぼれはどっちだってんだ」

 酔っ払いが叫ぶと、それは不敬になるからと奥さんらしき人が慌てて止めた。


 現王の弟君でいらっしゃる大賢者と名高いソティリオ様は、勢力争いを避けるため幼い頃に神官になり、人生を精霊神に捧げてこられた。50代であるのに、誰も勇者パーティの賢者として同行しないと知り、ならば私が行こうと出発の日の朝現れた。王の許可は得られないだろうからと独断で来てくれたのだ。それなのに、老いぼれ賢者呼ばわり…… 聞いただけで涙がでそう。あの方がどれほど魔王討伐で尽力してくださったか。


 そうして『どっちでもいい癒し手』の私である。これは誰に説明されなくても意味が分かった。

 いても、いなくてもどっちでも同じ。


 それくらい私の癒しの力は弱い。大きな怪我を1つ治したら疲れてひっくり返って寝てしまう。たいして役に立たないのだもの。


 勇者パーティが出発する数日前まで、聖女様が行かれることになっていた。けれど急に持病が悪化してアナタシア様は泣きながら神殿勤めの癒し手達に告げた。

「ああ、これも精霊神さまの思し召しなのでしょう。神が決めたことにわたくしといえど逆らえません」


 そうして、なんの説明もなく聖女様は私を指名した。

 出発の朝、重い足取りで集合場所に行くと、3人は驚いてしばらく口がきけないようだった。それはそうだろう聖女様が来ると思っていたのでしょうから。けれど、勇者のゼノスさんだけ驚いているところが違った。


小鹿(こじか)……実在していたんだ。夢じゃなくて本当にいたんだ」

誤字報告ありがとうございました!

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