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3.もしもダンスが踊れたら

 アナタシア様に引っぱられ廊下を勢いよく歩かされ、しばらく進むと爪を立てて握られていた腕を捨てるように放られた。

「ふざけんじゃないわよ、あんたが功労者な訳ないでしょう、どっちでもいい癒し手のくせに」


 歪んでつり上がった口から発せられる怒声、それは私が癒し手として働くようになった2年前から、毎日のように聖女様から浴びせかけられている。身を粉にして働いても「役立たず」と罵られてきた。


 アナタシア様がたった一言「行きなさい」と命じて、私は断る選択はないままに、きっと死ぬのだと覚悟して出発した。

 聖女であるあなたの代わりに魔王討伐に行ってきたのですよ。

 どこかで「よくやった」と褒めて頂けるかと期待していた。


 命をかけてさえ、この方は変わらないのだ。

 先ほど王様から神殿を去る許しを得たことが、心から有難いと感じた。

 ようやくこの聖女様から離れることができる。


「本当に汚らわしい角だこと、見る度に吐き気がする」


 ついて来なさいと、彼女は宮殿の奥へと進んでいく。彼女がドレスを貸してくれる気がないことは明らかだった。どこへ連れて行かれるのだろう。


「あんたはこれからも私の下で使ってやろうと思ってたのに、あんな褒美を願うなんて、ココのくせに生意気。でもゼノスの前からいなくなることは褒めてやる。あんたみたいな穢れた異形と仲良くしたい人間なんてどこにもいないから、どこか遠くの貧しい村で一人寂しく暮らすがいい。そして二度と私のゼノスに近づくな」


 たどり着いた先は、王城の裏門だった。

「出ていけこの魔王の子」

 彼女は門衛に命令して城門を上げさせると、いきなり私の背中を蹴った。

 石畳に放り出されて、痛みで息ができない。ようやく倒れたまま顔を上げると。薄笑いを浮かべた彼女が嬉しそうに「もう2度と顔を見せるな」と吐き捨てるように言った。


「私が急にいなくなったら、皆さんが心配します。それに今夜のパーティーに私も呼ばれているのです」


 高い声で彼女は笑い出し、あまりに笑い過ぎたのか涙目になった。

「パーティーに出る? 馬鹿なの? おまえの貧相な体を見なさいよ。17歳のくせにまるで12歳の男の子みたい、こんな体、私だったら恥ずかしくて生きていけない。それからこの汚い角は魔王みたいに大きくなるんでしょ? そんな人間でもないおまえがパーティーですって、ああ可笑しい」


 立ち尽くす門衛達に向かって「ねえ、これが女に見える? ああ質問を間違えた、これが人間に見える?」と笑いながら私を指さした。


「あんたの姿をもう見ることがないから気分がいいわ。今夜のパーティーでゼノスと私が結婚することを公式に発表する。これから結婚式の準備で忙しくなるわあ。ゼノスは当然今日から王宮で私と暮らすの、なんて楽しみ!」


 まくし立てるアナタシア様は、もう私を見ていなかった。彼女の気持ちはゼノスさんとの結婚のことで一杯らしく、陽気な足取りで城内に帰って行った。


 倒れたまま、呆然と彼女が去った先を見ていた。

 心の中から大切な物を引きずりだされて、目の前で捨てられ、さらに土足で踏まれたような、いたたまれない気持ちになった。

 ああでも、彼女は正しい。私は子供みたいな体で頭に角があり、何も持っていない。


 彼女は聖女で王女で、美しくて、約束された結婚が待っている。


 もう立ち上がれないかと思ったが、パレードの歓喜の渦の中で「ありがとう、ありがとう」と民衆が叫んだ声が耳の中に残っていた。よろよろと起きると、そんなつもりは無かったのに「ゼノスさん」と名を呼んでしまった。

 城を背にして歩き出した。


                ◇◇◇   ◇◇◇


 荷物さえ取り戻せず、お金も無いので辻馬車も拾えずひたすら歩いて神殿に向かった。

 神殿に入るやいなや、神殿中の者達が集まって私の前に来た。神官の男性達や癒し手の女性達、彼らの視線は居心地が悪かった。何故なら今まで、私は彼らから視線を向けられたことがなかったから。


「汚らわしい異形の子を見るな」聖女様はことあるごとに、皆にそう命じていた。

 だから聖女様の命に従って私と関わるのを避けていて、ただ空気みたいに扱われてきた。癒し手として力の弱い私は、神殿の下働きとして掃除に儀式の準備にといつも1人働いてきた。


 でも、今日は勇者パーティーの一員として魔王討伐を成功させ、国を救った功労者として帰ってきた。今の私なら、皆は何か声をかけてくれるだろうか?

 小さな希望を持って、入り口で立ちつくし、皆の注目に耐えた。


 副神官長様が奥から顔を出した。

「ココ戻ったのですね。入りなさい、そして神官長にご挨拶をなさい」

 冷たい物言いは今までと変わらなかった。その一言で、集まっていた者達はそそくさと中に入って行った。皆迷っていたのかもしれない。私を功労者として迎えるか、今まで通りの空気なのか……


 副神官長様の態度で、皆は空気にするのが正しいのだと判断したのだろう。


 寂しかった。「私達を救ってくれてありがとう」とか「無事で良かった」とかそういう言葉がきっと欲しかったのだ。

 今日までの魔王討伐の苦労と、先ほどの聖女の仕打ちが一気に込み上げて、服神官長の後ろに付いて歩きながら、涙が一筋頬を伝って落ちた。


 聖女様に役立たずと罵られても、暖の無い倉庫のような部屋で、硬いパンしか与えてもらえなくても、私はこの神殿で泣かなかった。けれど今、どうして涙がこぼれてしまったのか理由を知っていた。


 この半年間で、私は優しくされることを知り、辛い時は泣いてもいいんだよと許してもらったから。

 

 神官長に旅から戻ったことを報告した。彼は聖女様には優しいが他の者にはけして笑わない厳しいお方だ。

 これからは神殿を辞して静かに暮らすのだと告げると「おまえにそんなことを決めることはできない」と怒鳴られたが「王様のお許しをもらいました」と告げると、苦々しい顔をした。

 そして「腕輪を外したのか」と聞かれ「はい」と答えた。


「旅の途中で、大賢者様に外した方がいいと勧めらましたので」

 腕輪を外してから起きたことを正直に話すべきか迷っていると、ぞっとする低い声が命令した。

「神殿を出てもいいが、腕輪はしてもらう。よいな逆らうことは許さぬぞ」


 心の中で嫌だと叫んだが、必死で表情を取り繕って頭を下げた。

 その場を辞し自分の部屋に戻った。


 神殿で暮らしたのは10歳からの7年間、長かったが自分の持ち物はほとんど無い。それでも数枚の衣服と聖典を鞄にいれた。部屋の掃除をしていると、年の近い若い癒し手達が3人ほどやってきた。


 彼女たちは、同じ癒し手仲間として聖女様の目の届かない所でたまに声をかけてくれる。自分が唯一会話ができる相手だった。

「ココおかえり」

 迷ったようにしてから、彼女たちは「私達のために戦ってくれてありがとう」と言ってくれた。

 もうすぐ王都を離れる私には、宝物のような嬉しい言葉だった。


「ココは今夜、王宮のパーティーに行くのでしょう?」

 憧れの瞳をキラキラさせて彼女たちが聞いてきた。


 聖女様に二度と顔を見せるなと城を追い出されたから、パーティーに行けないと答えると、皆は顔を真っ赤にして怒り出した。


「あの最低女」と彼女たちから聞こえてぎょっとした。今まで聖女様の不満を陰で聞くことはあった。それは、聖女様があまりに癒し手である私達をぞんざいに扱うからだ。


 聖女の命令で体がふらふらになるまで、病気や怪我の治療をさせるのに、治療が終わると患者と一言も言葉を交わさせない。感謝はすべて聖女が受け、多額の謝礼や寄付も、清貧という名で神殿には届かない。


 神殿には多くの癒し手が働いているというのに、顔と名前を出すのは聖女様だけ。癒し手たちは名も無き働きアリのごとく、人々に隠されるように働かされているのだ。「ありがとう」そのたった一言ももらえずに。


 聖女様のことが好きではないことは皆同じ、けれど「あの女」はさすがに聞いたことも言ったこともなかった。

「ねえココ。あの女はまた持病だと言って癒し手の仕事をしないの」

「そうそう、ココが魔王の討伐に出てから、あの女は怪我人も病人も1人も治療しなかったの」

「それなのに私たちの成果は自分のものにして、王宮で豪華に暮らしてる。本当に腹が立つ」


 まくし立てるように、皆が聖女様への不満をぶちまける。

「どんなに意地悪でも、あれほどにの加護の力に満ち溢れていれば文句は言えなかった。今までは人々を救うまごうこと無き聖女様だと信じてた。でもねあの女が半年も仕事を放り出したせいで、いつもなら助けられた命も救えなかった」


「聖女の務めを果たさないなら、あんな奴……」


 みんなは口をそろえて大きな声で言った。

「ただの意地悪な最低女よ!」


 もうパーティーに行くことは諦めていたのだけど、彼女達は絶対に行けるに決まっていると言ってきかない。

「王様がお決めになったことを、いくら王女であるアナタシア様でも覆せない、魔王討伐を成功させた功労者に感謝するための宴に、ココが呼ばれないはずはない」


 皆は力強く私を励まし、湯あみをさせ、旅の汚れをピカピカに磨いて神官の礼服を着せてくれた。ずいぶんブカブカではあったけれど、裁縫の天才がいて、そこそこみられる形に整えてくれた。


 こんなふうに優しくされたことはなかった。魔王討伐の功労者として認めてもらえたんだなと嬉しかった。皆が当然のようにパーティーに行けると言うので、だんだんそんな気がしてきた。

 

 きっと王家のお迎えの馬車がくるからと、皆がまるで自分のことのように誇らしい顔で待っている時、私はパレードで聞いたゼノスさんの言葉と、その時の優しい微笑みを繰り返し思い出した。


「私と踊っていただけますかココ姫」

 胸のなかで小さな鈴がリンリン鳴る。


 頭の中ではパーティーがもう始まって、騎士の正装をしたゼノスさんが手を差し出して私にダンスを申し込んでくれる。クルクル回るのは得意だもの。ぴょんぴょん跳ねるのはもっと上手。


 それは夢のような世界で、甘いプディングも綺麗な色のゼリーも、もしかしたらチョコレートが掛かったドーナツもあるかもしれない素敵なパーティー。


 待ちきれずに表に出ると、お城は煌めく光で美しかった。


 一晩中待ったけれど、迎えの馬車は来なかった。


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