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28.結婚式前夜

 夜になり星空が広がって、明日は晴天に違いないと村の皆が喜んだ。中央広場は色とりどりの生花とリボンで飾られて、いつ新郎新婦がやって来てもいいように華やかに色づけられている。


 夕食時を過ぎたのに、予行練習だと楽団の音楽が流れ、あちこちで村人が準備に動き騒がしい。気の早い者は酔っぱらっているのか「そのワインはまだあけちゃだめだよ」と大声が聞こえた。どこからも、笑い声が絶えない。村全体が明日の結婚式に向けて興奮しながら幸せな雰囲気に包まれていた。


 ナッソスさん宅の広間で、小さな子供達が集まってわいわいとはしゃいでいる。

「わあ、ゼノスさんすごい。手の上に子供を乗せてる!」


 明日の料理準備で、婦人たちが厨房で忙しい。私とゼノスさんは子供達を見守る役をしていた。

「ココ姉ちゃん、私は赤いゼリーだよ!」


 膝にのったおさげの女の子がにっこりした。私が「赤いゼリーぷるぷるぷる~」と抱きしめて揺すってあげると、きゃあきゃあと喜んだ。

「次は私だよ~。んーとね、緑のゼリーにする!」

 子供達が私の膝に乗って、ぷるぷるされるのを順番待ちしている。何色のゼリーでも同じことをしているのに、どの子も真剣に色を選ぶので面白い。

 横ではゼノスさんが、両手にそれぞれ男の子を乗せて「高い、高い」としている。さすがは勇者様だ。


 明日の結婚式を待ちながらゼノスさんと穏やかな時間を過ごしている。


 幸せに胸がいっぱいになってほうと息をはいた。

 視線を感じた先には藍色の優しい眼差し、さっきから彼は私のことばかり見ている。二人で思わず微笑みあった。その時、遠くで何か大きな物が倒れる音が聞こえた。間髪入れずに悲鳴があがった。


 え? 何が起きたの。

 全身に鳥肌が立った。


 戸惑う間もなく、馬の(いなな)きと蹄の音、「やめろ、やめてくれ」と叫ぶ声にかぶせるように、板が割れるような物が壊れる音があちこちでする。


 悲鳴と、くり返し何かが破壊される物音、そして大勢の迫ってくる足音……

 ゼノスさんの表情が一瞬で、魔の森で魔獣を前にした時と同じになった。子供達と私を部屋の隅に集め、2階にいるナッソスさんを大声で呼んだ。


「あれは甲冑を着た兵士がたてる物音だ。なんてことだ、俺を捕らえに兵を送ってきたのか」


 ナッソスさんが階段から降りてくるとゼノスさんが早口で指示を出した。

「兵士が来た。目的は俺だろうすぐここに来る。ナッソス逃げ道を探してくれ」


 ナッソスさんは頷くと、裏口からするりと姿を消した。

 小さくなって集まり震える子供達の肩を抱いていると、割れるような勢いで扉が開いた。


 王家直属の近衛兵団の甲冑に身を包んだ兵士達が居並んでいた。

 まず入ろうとした1人目の兵士をゼノスさんが、片足で軽く蹴った。吹き飛んだ兵士は後ろに立っていた者を5~6人巻き込んでなぎ倒された。


「ここからは1歩も入れさせない」

 静かに、けれど怒りを込めてゼノスさんは宣言した。


 上官だと見て取れる甲冑の兵士が、兜を取って顔を見せた。

「勇者様お迎えにあがりました。我々と王都へお戻り願います」

 上官らしい年配の兵士は、落ち着いた声で言うとゼノスさんを見すえた。


「私はもう勇者ではありません。国王陛下に勇者ゼノスの名も功績もすべて取り上げられました。今はもうただの平民です。宰相閣下もご承知のことです」


 ゼノスさんの言葉に、その場の兵士達に大きな動揺が走り騒めいた。


「我が国を魔王からお守りくださった、ゼノス様の功績を抹消するなどあろうはずがございません。国王陛下はアナタシア様との婚姻で、これ以上ない程にゼノス様の労に報いるおつもりです。どうか、王都にお戻りになってください、結婚式の準備が整っております」


「アナタシアなんかと結婚したくない! 俺が愛しているのは癒し手のココだ。彼女と明日結婚するんだ。帰ってくれ、俺はもう勇者でも何でもない、もう俺たちを放っておいてくれよ!」


 ゼノスさんの悲痛な叫びに、上官の兵士が前に進むと憎しみの籠った目で私を睨みつけた。


「あの女のせいで、勇者様は狂わされた。聖女様は恋人であるゼノス様のために祈り続けたというのに、力もろくにない狡猾なだけのあの女に誘惑されたのです。正気にお戻りください、ゼノス様を守ったのはアナタシア様です。あの女はいずれ魔物になります」


「ココを傷つけることは許さない」


 ゼノスさんが片手で扉を持つと、腕を振り上げた。バキバキと音をたてて扉が壊れて持ち上げられた。まるで本のページを1枚破るみたいに軽々とやったのを見て、兵士たちから「嘘だろ……」と恐怖におののくつぶやきが漏れた。


 しかし上官の男は冷たい表情を動かさず、また1歩前に出て、ゼノスさんに顔を近づけた。


「勇者様が我々と一緒に王都にお戻りにならないのならば、村人達を皆殺しにせよとの命を受けております。勇者様に我らが太刀打ちできないのは元より承知。今広場に村人を集めております。彼らがどうなるかは、あなた様のご判断1つ……」


 ゼノスさんの手から扉が落ちて大きな音をたてた。

「……皆殺し? ……国王陛下が自国の民を殺すのか? あんた本気なのか……まさかその命令に従うのか?」

 あまりのことに、ゼノスさんは息を上手く吸えず、声は切れ切れに小さくなった。


「王命とあれば、わたくしは実行します」

 男は言い切った。 


              ◇◇◇   ◇◇◇


 村の中央広場に、村人が集められ兵士が取り囲んでいる。篝火(かがりび)がたかれ、闇の中で見えるのは、恐怖におののき泣いて震える老人や子供と、そして怒りに拳を握りしめて耐える男や女たちの姿があった。

 私はゼノスさんに肩を強く抱かれ守られながら、近衛兵団を率いる男の前に立たされている。


 明日の結婚式のために造られた、新郎新婦の式台はめちゃくちゃに砕かれ、花もリボンも踏みつけられて兵士の足元で潰れている。悪意をもって準備された1つずつを破壊したのだ……楽団の楽器が無残に放り投げられ、可愛く飾られたアーチ看板も……子供達がわざわざ山から採ってきてくれた幸運を呼ぶ花も……なにもかもぐちゃぐちゃに……


「勇者様、その女をお渡しください。魔王の子として捕らえます」

「ココちゃんは聖女様だ! 何てこと言いやがる」


 村人が口々に私をかばうと、周りの兵士が村人に剣を突き付けた。


「やめてくれ。誰も傷つけないでくれ」

 静かにゼノスさんが言い、私を腕の中に入れた。


「村の皆さん、俺たちのために結婚式を準備してくださったこと本当に嬉しかった。でも…… 俺はもう……」

 彼が何を言おうとしているか、次の言葉を止めたくて胸に強くしがみついた。

 嫌、嫌なの

 私はゼノスさんと……


「もう……逃げることができない……王様は俺が王都に帰らなければ、この村を皆殺しにするそうだ」

 村人たちは騒然として、取り囲む兵士に罵詈雑言を浴びせた。

「あんたたちは自分の故郷の家族でも、命令があれば殺すのか? この人でなし」


 ゼノスさんが「皆さん聞いてくれ」と叫ぶと皆の視線が彼に集まり静かになった。


「俺は王都に戻ります。ココとの結婚は諦める」

 胸がえぐられるように痛い、もっと強く抱き付きたいのに、体が震えて力が入らない。


「勇者の力を使えば、この場の兵士全員を殺すことも俺にはできる。でも、俺には自国の人間を殺すことはできない。そんなことをしたら人としてココの夫になる資格を無くしてしまう……だから、反抗はしない、このまま連れていかれる。ココが魔王になるなんて……どうしてそんな馬鹿げたことを……魔王はどっちだ、民を殺せという王こそが……」


「そこまでです勇者様。国王陛下への不敬は許されません。さあ参りましょう、その女を引き渡してください」


 手を伸ばしかけた上官の男に彼は「ココに触ったら殺す」と恐ろしい声で言い放った。


「俺が王都にもどるには1つ条件がある。ココの安全と自由を確約しろ、それができないならば、俺は人間であることをやめる。魔物と同じになって兵を全滅させるぞ、1人残らず息の根を止める!」


「承知しました」

 冷静な声で、迷いもせずに男は答えた。初めからゼノスさんがそう言うだろうと知っていたかのような顔で兵士達に「この女に手出しは一切無用だ」と命令を下した。


 ゼノスさんはナッソスさんをよび、腕の中から私を出すと、両肩を持って引き離した。

 彼の服を両手で握って、首を左右に激しく振った。


 嫌なの、離れるのは絶対に嫌なの。

 だってあなたは私の生きる目的なの、私が幸せにするって約束したの。


「ナッソス……ココをたのむ」

 勇者の力は信じられないくらい強くて、ゼノスさんが行くと決めたらそれを止める方法なんて無かった。渾身の力で握りしめた手も、簡単に解かれて、彼の体が離れていく……


 兵士の中に入って行く彼の背に叫んだ。

「私と結婚するって言った! ずっと一緒にいるって言った! ゼノスさん行かないで!」


 彼が振り返って、ゆっくりとこちらに歩いてくる。戻って来てくれた……

 泣きそうなか細い声で「別れをさせてくれ」と私を胸にかき抱いた。


「お願いだ悲しまないで、どうか幸せになって。それが俺の最後の望みだよ、俺の分もココが幸せになるんだ……」

 息が止まる程強く抱きしめられる。彼の胸が震えて泣いているのが分った。


「どうしてなんだよ。俺は何にもいらない、金も、地位も、勇者の名前が歴史から消されるのもどうでもいい、ただ、ココさえいてくれればいいんだ。どうしてなんだ、1人で戦って、戦って、寿命まで削られて、それでも俺はココと一緒にいられるなら、それで……幸せになれたのに」


 彼は泣いてひたすらに私を抱きしめて、どうして……とくり返した。


「なああんた、どうしてあの女を信じるんだ。俺の言葉を聞いてくれよ、俺はココを愛してる、ココだけを愛してるんだ!」

 叫び声の中で私ができるのは涙を流すことだけだった。


 彼は行ってしまった。




(T_T)明日も投稿がんばります。評価★ブックマークで応援してもらえたら……うれしいです


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