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27.何者でもないただの人で

 明日が二人の結婚式。村ではイノシシたちが怒涛の勢いで式の準備の総仕上げをしている中、ゼノスさんと私はナッソスさんのお家の部屋にいた。


「ココもういいよ、君が疲れてしまう」

 ゼノスさんに声を掛けられて、私は彼に注いでいた癒しの力を止めた。


「どうでしょう、勇者の証は解除できた?」

 

 私は昨日から魔法の解除を何度も試みている。イスに座ったゼノスさんが、上に着ている服を両手でまくり上げて素肌を見せると、星の印は変わらずに胸にあった。


 がっかりして「駄目だった」と思わずこぼしてしまった。

 あんなに全力で力を出したのに、どうして解除できないのだろう。胸の印をもっとよく観察しようと、ぐいと顔を近づけて胸に刻まれた魔法陣をまじまじと眺めた。


 美しい星の形の紋様が幾重にも重なって黒い線は微かに光っている。彼から命を奪う憎い魔法なのに、神秘的に美しい。その星の1つを私は指でなぞって形を確かめた。


「う……つっ……」

 息を詰めていたものが、堪え切れず漏れるように、ゼノスさんが苦しそうな声を出した。弾かれるように顔を離した。

「どうしたの? ゼノスさん痛かった?」


 彼は慌てたように服を下げると、腕で顔を隠した。両耳が真っ赤だ……

「あ、いや……あの……痛いとかじゃなくて、ココが……触る……から……」

「キャー、ごめんなさい!」


 心臓がギューッと握られて全身に震えが走る衝撃! ぴょんっと高く跳ねて、そのまま顔を前に向けたまま後ろ側にぴょん、ぴょん飛んで、壁に後頭部を激突させた。


「今すごい音がした。ココ頭大丈夫か?」

 ゼノスさんが慌てて立ち上がると、尻もちをついて固まっている私の前に膝を付いた。大きな手が私の後頭部を撫でる。私は必死にごめんなさいと謝った。


「謝らなくていいよ。ちょっと恥ずかしかっただけだ。ココは俺の何処でも好きな場所に触っていいよ」

 ぶわーっと顔が熱くなった。ゼノスさんの顔も赤いけど、私もきっと赤い……恥ずかしさに耐えきれなくなってお尻をつけたまま、ずりずりと逃げた。


「あの、私……何かみなさんのお手伝いしてきます」

 立ち上がろうとすると、手を握られて引きもどされた。


「俺の側にいてくれ……君が閉じ込められてひどい目にあっていると思っていた。無事だと分かっても不安なんだ、だから見えないところに行かないで」

 私とゼノスさんは、壁を背にして、肩をくっつけ合って並んで座った。


 彼の手は私の指の1本ずつと交互に指を挟みこんで、強く重ね合わされた。

 大きくて硬い手は、紛れもなく生きている熱を伝えてくる。


 それなのに、この熱は刻一刻と失われている。どうにかする方法はないのだろうか。


「ゼノスさん。私が癒し手として国の為に働くことを条件にすれば、王様は勇者の証を解いてくれるのではないでしょうか。結婚式が終わったら……あの、王都に戻って……そして」


「そんなこと駄目だ!」

 大きな声にびっくりして彼を見た。藍色の瞳が必死に訴えてくる。


「ココはもう聖女にならなくていいんだ。俺も勇者であることをやめる。俺たちは魔王を倒した。国を救ったんだよ、だからもう解放されてもいいはずだ。俺もココも何者でもない、ただの人になっていいんだ」


「何者でもないただの人?」

「そうだよ、ココはただのココになって生きて欲しい。もう誰かのために自分を捧げないでいいんだ。俺が守るから、だから静かに隠れて暮らして行こう。俺はココさえいれば何もいらない。何者にもなりたくない、ただのゼノスでココと生きていきたいんだ!」


 ココはただココになる……そしてただの私さえいれば、あなたは何もいらないと……

 弱虫な私のままでも、このままのちっぽけな私でも、私のままで良いと……

 泉のように幸せな気持ちが溢れてくる。


「私もゼノスさんと生きていきたいの」

 

 部屋の隅っこで、小さく体を丸めて二人で抱きしめ合った。

 窓の外から村人たちの声が遠くに聞こえる。誰も私達に気付いていない、まるで世界から隠れているみたい。そうだ静かにこうして二人きりで生きて行こう。


 腕を回して胸と胸を重ねて、頬を合わせる。これ以上できないほどにぴったりとくっついた。

 あなたが今ここにいる熱を感じる。

 でも……


 幸せの中に鋭い痛みが走る。

 彼の命は削られていく、今この時も……

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