22.全ては聖女のおかげ
ゼノス勇者パーティーは王都へと戻る旅を始めた。だが、俺は帰路の前半はよく覚えていない。
気付くと魔の森の中を、ソリティオ様に手を引かれて歩いていた。
記憶がブツブツに途切れて、気づくとみんなに身の回りの世話をされている。ナッソスに体を洗ってもらっていたり、ココに食事をスプーンで口に入れてもらっていたり、自分でしなきゃ、と思うのだけど思考がぼんやりして……そして、気づくとまた違う場所にいた。魔の森はすでに遠いことだけは実感できた。
ふかふかの寝具の上で目が覚めた。なんだか豪華な部屋にいる、長椅子に座ってナッソスが釣り竿を手入れしているのが見えた。
「ナッソス……ここどこ?」
「町長さん宅の客間だな、俺たちどこへ行っても大歓迎だからさ、いい部屋に泊まらせてもらってる」
「ココはどこにいる?」
「ココはソリティオ様と違う宿屋に泊まってる、ここにはいない」
「なんでー、なんでー、ココに会いたい。ココー」
「あーはいはい、ココ―が始まった。おまえが正気にもどったら会わせてやるからな。おまえは狂ったように戦い続けたせいで、精神疲弊しすぎてずーっとぼんやりしてるの。そりゃそうだよ、一人で魔獣を倒し続けたんだから、おかしくもなる。魔王を倒して疲れが頭に一気に出たんだ。好きなだけぼーっとしていろ」
ええと、魔王を倒したんだ。それで王都に帰る。それで……これから……
「これから俺はココをうんと可愛がる。ずっと酷い目にあってきたから、これからは俺が好きなだけ甘やかす。毎日ドーナッツを揚げてやるんだ。きっと、はわわーって喜ぶ」
「ハイハイ、分かった」
「ちゃんと聞いてナッソス。彼女の〇〇〇〇はもうめちゃくちゃ可愛くて、特に○○○なんて最高に美しくて、ああー俺の○○な○○を、神聖な彼女の……でも、そんなことだめだ。だけど、どうしてもココの〇〇に○○したいんだ! だから……可愛がる、もう全力で俺は可愛がる。そして守るんだ。いつも笑っていられるように、俺が、俺が、俺のココ―」
「あー、ハイハイ。今日もぶちまけてるなー」
ココ―、ココ―と喚きながらゴロゴロと転がった。体は疲れていないのに、頭がぼんやりして起き上がることもできない。
「ココを連れてきて、お願い」
「それは無理だ。おまえは告白もプロポーズもしてないのに、会った瞬間に襲い掛かって俺の前で始めそうだもん。まあ休め、だんだん元気になってきてるから、理性が復活したら会える」
10日間ほど、俺はある町の町長の家で静養させてもらった。俺にとっては魔王を倒してから3日くらいしか経っていない感覚で、自分が何をしていたか全く思い出せない。久しぶりに会ったココが「元気になってよかった」と嬉し泣きしてくれた。ナッソスは俺のお守りからようやく解放されたと伸びをして、釣りに飛び出して数日間帰って来なかった。
ナッソスは勝手すぎると愚痴をこぼすとソリティオ様が俺の頭を初めて撫でた。
「ゼノス殿は本当に身を尽くして頑張られた。もう何も急ぐことはないのです、ナッソス殿の気が済むまで待ちましょう。もう少しあなたが回復したら彼に感謝することができますよ」
ナッソスに感謝? 記憶が全然無い……俺は何かしたんだろうか。
◇◇◇ ◇◇◇
王都に近づくにつれ、俺の頭は少しすっきりしてきて現実を冷静に考えられるようになった。
これからの身の振り方を考える。もう俺を捨てた王国騎士団に戻る気はなかった。これからはココの幸せのためだけに身を捧げて生きたい。この想いを彼女に告げて、求婚したい。ココの聖女の力がもう搾取されないように、静かな場所で守って二人で暮らしていきたい……
勇者に選ばれた時は、もう生きて帰れないと思った。だから王女との結婚がどうとか耳に入らず流されるままだった。今はまだアナタシア王女の婚約者の身だ、きちんとそれを解消してからココに求婚するべきだ。そしてなにより……
この胸に刻まれた勇者の証……この魔法が解除されるまで俺はココの夫になるべきでない。
すぐに死ぬ身ならば、ココを守ることができないのだから。
約束ができない立場でありながら、どうしてもココを繋ぎ止めておきたかった。
「俺の故郷の家に住んでほしい」
どうか「良いですよ」と言ってくれ、と祈る気持ちでお願いした。
ココが受け入れてくれたとき、そのまま告白してしまいたかった。
一生側にいて守らせてほしいのだと、だから俺の妻になってくださいと、喉まで出かかった。
不安と期待が胸にのしかかる。それでも俺は陛下にお願いすれば、すべて応じてくださると楽観していた。俺は魔王を討伐した勇者なのだから、願えば聞き入れられる資格があるはずだと。
◇◇◇ ◇◇◇
とうとう王都に凱旋し、国王陛下の御前で頭を垂れた。
信じられない言葉をあの女が発した。ココを侮辱した、もし帯刀していたら剣を向けていたかもしれない、怒りを必死で耐えた。
ソリティオ様があの女を諫めてくれたが、まさか、ココを引きずって出て行ってしまった。
「わたくしが望みますのは、共に戦った癒し手ココとの婚姻です。どうかお認めください!」
ココをあの女が連れ去った驚きに、俺は平静を失って叫びに近い大声で願った。
長く思案した後で、王が答えを返した。
「そなたはアナタシアとの結婚が決まっておろう、お前たちは長く恋人同士だと聞いている。そなたは国の至宝である聖女を裏切るつもりか?」
謁見の間に集まった貴族たちが騒然とした。何を言われたのか理解するまで口を開いたまま止まっていた。
「恐れながら申し上げます。わたくしと聖女様の間になんら特別な関係はございません。わたくしは庶民出の一介の騎士でございます。王女様に口をきくのも恐れ多いことでございます。恋人などと、そんな馬鹿げた話があるはずかありません。まったくのでたらめでございます」
「アナタシアがでたらめを申したと………そなた、こたびの魔王盗伐が成功したのはアナタシアの聖女の力があってこそ、そのアナタシアを辱めるとは何事か!」
は? 陛下は何を言っているのだ。魔王討伐がアナタシアのお陰なわけないだろうが!!
「アナタシアは病弱の身にも関わらず、日夜そなたのために祈り続けた。その聖女の祈りによって魔王を倒すに至った。これほどの献身を尽くした聖女と勇者が結ばれるのは当然であろう」
俺は頭を床にこすり付けて、どうかお聞きくださいと叫んだ。
「わたくしは勇者として身を粉にして戦いました。死ぬような怪我も何度も負いましたが、私を救ってくれたのは癒し手のココです。聖女様ではございません。勇者パーティーに来てくれたのはココなのです。彼女がいてくれたから……」
俺は必死になりすぎて、陛下の怒りを大きくしたことに気付かなかった。言葉は最後まで言うことはできずに「もうよい、何も申すな」と言い渡されてしまった。
「魔王討伐ご苦労であった。共に戦ったあの癒し手に報いたい気持ちも分る。だがそなたは真実が見えておらぬのだ。その癒し手の力とて、聖女アナタシアの祈りがあってこそ発揮できた。勇者が力を出せたのも同じこと、全て聖女アナタシアの健気な祈りの賜物なのだ。少し休みなさい、そうすれば聖女との婚姻は千載一会の幸運だとそなたに理解できよう」
このままでは、聖女と結婚させられる。ココを虐げ狡猾に力を盗み続けたおぞましい女と一緒にさせられるなんてゾッとした。恐怖にも近い不安に駆られて声を張り上げた。
「わたしくは望みません。聖女様と私の結婚はどうかお取り止めください。魔王討伐の褒美として、どうか、どうかお取り止めを! 聖女様とは結婚したくありません」
俺は馬鹿だった。もっと他に上手いやりようがあったはずだった。だが自殺するような激しい戦いを続けた後遺症なのか、思考が感情に追い付かず子供みたいな言い方しかできなかった。結果、ひどく聖女を侮辱してしまった。
陛下は恐ろしい程に気分を損ねた。俺に不敬の罪を言い渡す寸前だったが、宰相がなだめて、なんとかその場を収めてくれた。
かろうじて魔王討伐を成し遂げた英雄として、俺は不敬を許され王との謁見は終わってしまった。