21.魔王討伐
ココを守りたいと強く思うほどに、俺の戦闘力は上がっていった。
魔王城が近づくにつれ、ソリティオ様のペンダントの守りでは防げない上級の魔物との戦いを避けられなくなってきた。ナッソスは優秀で、3人で身を隠し素早く退路を示してくれる。けれど、魔物が強くなる程に、逃げることも難しい。俺は1人戦い抜くしかなかった。
ココを守りたかった。これから先ずっと、彼女の世界を優しいものだけにして、辛い思いなんてさせたくない。笑っていてほしいんだ。だからこの世界を守りたい。
俺は戦いにおいて人間であることをやめた。
勇者の証で強靭な体であることを前提に、無茶苦茶な体の使い方をした。こんな高さから落ちれば、こんな打撃を受ければ、こんな傷を負えば……死ぬ。体は強靭でも思考は普通の人間だ、だから俺は自殺するような気持ちで敵に飛び込んだ。かろうじて勇者の証が俺を生きながらえさせる。
ある時四方を魔獣に囲まれた。1体でも手強そうな敵が7体いた。戦って、魔獣のものか自分のものか分からない血みどろの中で、意識が朦朧としていく。
ああ、あの1体でいいから、黒魔法使いが燃やしてくれたらどんなにいいか……
狂ったように戦づづけて、ようやく最後の2体になった。でももう体が動かない。
カロロス様が勇者だったら、きっと俺の比ではなく強かっただろう。騎士団の仲間がいてくれたら、せめてあの1体は倒してくれただろう。
どうして俺は1人なんだ。なあカロロス様、どうしてここにいてくれないんだ。
俺はあなたを真の騎士だと尊敬していた。それなのに!!
空しさと怒りが最後の力を出させた。
もう無理だと思われたのに、無意識に体が動いて剣は魔獣を刺し貫いた。残るは最後の1体だ。だが、左肩を見ると骨が見えた。
あれ? 左腕が無い? いやギリギリぶら下がってる……
ああもう終わった。俺はどうやっても動けない。血だまりがすごい早さで広がっていく。
やっと勇者から解放されるんだ。
ナッソスがきっと2人を逃がしてくれる。
後は目を閉じるだけ……ココの顔が浮かんだ。
「ゼノスさん!」
ココの絶叫が聞こえた。まるですぐ隣にいるような距離から、俺の名を叫んでいる。
目を開けると、今まさに鋭い爪を振り下ろす魔獣の前に、俺とココがいた。
刺し違えたのだと思う。俺は最後の魔獣を倒し、そしてわき腹からざっくりと裂かれた。倒れながらココが無事であることだけを確認してほっとした。そのまま世界が暗くなっていく……死を受け入れた。
◇◇◇ ◇◇◇
ココの力が解放されて、俺は一瞬で回復した。天国にいるのだと思ったほどに、神々しい眩い世界だった。
彼女は腕輪によって癒しの力を盗まれていたのだ。
本来の力を取り戻したココは正に聖女だった。
ココの復活した聖女の力を得て、俺はさらに強くなった。
そして遂に魔王城に到達した。
古からの勇者の習わしは、城の正面で誓詞を宣って魔王に一騎打ちを呼びかけるらしい。正々堂々と正面から戦って魔王を打ち破るのだ。おとぎ話の中でも、史実でも一騎打ちに応じた魔王はいない。手下を連れて多勢でやってくる。それでも、これは勇者の決まり事らしい。誓詞は覚えさせられた。
だが、俺は顔だけ勇者だ、卑怯にやらせてもらう。
天才道案内ナッソスを信じて、俺たちは魔王城の裏手に回って忍び込むことにした。
「こちらでは無い、魔王はあすこにいる!」
魔王城に入り込める隙間をナッソスが見つけて案内した時、ソリティオ様が、城の裏手にそびえる岩山を指さした。
槍の先のように尖った岩山に、生き物の動く気配はまるで見えない。寒々しい風が吹き抜け、暗い雲に届きそうな山頂、あんな恐ろしい場所に行きたくは無かった。
ソリティオ様は引かなかった。あの岩山の頂点に魔王がいると絶対の自信でもって主張した。
ソリティオ様の言葉を信じるか否か、あの時が俺が勇者として魔王を倒せるかの分岐点だった。
下から魔獣が追ってきたら、絶対に全員死ぬことになる。それでも俺はソリティオ様の言う通り、高い岩山へと登ることを選んだ。
最後は垂直のような岩壁をよじ登って、勇者パーティーの4人は岩山の頂上に辿り着いた。
俺に背負われたソリティオ様は嘔吐を続け、胃の中に物が無くなってからさらに10回は吐いて、顔は蒼白になり呼吸も浅くなっていく。あまりの邪気にこのまま体が耐えられず死ぬのではと思われた。
それでも彼は、山の頂上で、腕を上げ真っすぐに指し示した。
「あれが魔王だ」
牢獄のように鉄格子で編まれた大きな鳥籠があった。その中にクマ程の大きさの黒いものが動いている。膨らんではしぼみを繰り返す、動く肉の塊……巨大な心臓がそこにあった。
空が真っ暗になるほどに、魔鳥が集まってきたが、ペンダントの力で岩山に寄りつけない。
ギャーギャーと魔鳥の声が煩い中で、俺たちは理解した。
「これは魔王の心臓。正面から戦ってどんなに致命傷を負わせても魔王は死なない。心臓をここに隠して守っているんだ!」
守りの魔法が掛けられて、鳥籠を剣で打ちつけてもビクともしない。ココが悲鳴を上げて山の下を指さす。魔獣の軍団が恐ろしい早さで山下を取り囲み、山を登ってくる。蟻の群が砂糖の塊を覆うように、岩肌をびっしりと隙間なく魔獣が群れている。
羽のある小物がいち早く山頂に来て、飛び回るのを俺は剣で払い落した。
「ナッソス、おまえの魔道具で爆破しろ」
とうとう山頂に手が掛かり始めた魔獣をなぎ倒しながら、背中にむけて叫んだ声に、ナッソスがいつもの調子で答えた。
「おう、俺に任せとけ!」
地の底を這うような低い、魔王の雄たけびが地鳴りのように響いた。
来る、遂に魔王の本体が猛烈な速さで登って来る。
俺は剣を捨てて、ココとソリティオ様を抱え込むように守って、身を伏せた。
大きな爆発音がして、吹き飛ばされていくナッソスが横をかすめた。咄嗟に彼を掴んだ。
舞い上がった粉塵がおさまって、周りを見渡すと。魔獣達が戦意を失って、バラバラと山を降りていくのが見えた。魔獣がすっかり散っていき、静かになった頃、俺たちは岩山を降りた。
下の岩に、落ちた魔王の体が潰れていた。
俺たちはやり遂げたのだ。




