18.最高で最弱の俺の仲間達
精霊神様だと思っていた人に「勇者様」と呼ばれてしまった……
ココに会った時、俺は挙動不審だったと思う「あ」とか「う」とか言って、上手く会話できなかった。だって実在の人間だと思っていなかった少女が、聖女の代わりですって現れたんだ!
自ら俺を指名しておきながら、状況が悪いと見るや聖女は逃げ出したのだ。ならば勇者も間違いだったと俺を解放して欲しいのに、まさかこんな少女に責任を押し付けるのか? 俺は捨て駒なのだ、だが逃げることはもうできない。ゼノス勇者パーティーは見送りもなく4人でひっそりと出発した。
それにしても、なんなのだろうこの彼女の可愛らしい仕草、無意識にいつでもココを見てしまう。
ナッソスにぐいぐい話しかけれられると、びくっとしてぴょこんと跳ねる。
ソリティオ様と目が合っただけで「はわわー」と緊張して、顔をフードに隠してしまう。
そして、何を話しかけてもびくっとするくせに、お菓子の話しだけは目がキラキラっとして食い付いてくる。お母さんに作ってもらったプリンが何よりも好きらしい。
魔物の森に着くまでの道中は、この野生動物のような警戒心でふるふる震え、ちょっと近づくと隠れてしまう小鹿と仲良くなるための、温かく楽しい時間だった。
けれど……
ココは連れて行けない。
彼女をなんとか勇者パーティーから解放したい。
俺はそればかり考えるようになった。
ナッソスは金のために来たとあけすけに言う。こいつは、要領がすこぶるいい、死にそうになったら自分で好きに逃げるだろう。自分で選んだことに自分でケリをつけられる男だ。
ソリティオ様は、王族として俺が逃げ出さないか見張りにきたのかと初め警戒したが……この方はただ正義を貫きたいだけの真面目な人だと分かった。
彼は大賢者の名に恥じぬよう己が信じることをやり通せばいい、魔王討伐で死んでもそれは彼の選択だ、好きにしたらいい。
だがココは違う。
聖女アナタシア様に命令されて、逆らうこともできずに魔王討伐なんて、とんでもない責任を背負わされた。本来は聖女がするべきことを押し付けられただけなのだ。そしてこの勇者パーティーは出発前から負けが決まっている。
俺は曲がりなりにも騎士だ、国のために戦って死ぬ覚悟はある。でも彼女は違うだろう?
◇◇◇ ◇◇◇
勇者パーティーが魔王城に向けて出発してから、嬉しい驚きが3つあった。
1つはナッソスは異常に釣りが上手だった。
魚を釣ることは言わずもがな、彼が上手いのは人間を釣ることだ。誰とでも気づけば長年の友達みたいに話している。だから初めて来た街でも、情報はすぐに手に入る。
安くて美味しい食堂も、安全で清潔な宿にも、あっという間に案内して連れて行ってくれる。
さすが『道案内』のナッソスだ。
だから、村や町を徒歩で進んでいく俺たちの旅は、彼のお陰で安全で快適だった。
2つ目は、ココの料理の腕前だった。ナッソスの釣ってきた魚を上手にさばいて、絶品の料理にしてくれる。
彼女はとにかくクルクルとよく働く、聞けば神殿で下働きをしていたという。油断するとみんなの洗濯などやろうとするので、自分のことは自分でするからと声をかけると驚いていた。彼女はまるで、ここでも下働きをするために来たかのように働いてばかり…… 彼女の献身的な姿を見る度に、切なくなった。
神殿で声も掛けてもらえず、1人で寂しく働き続けていたココ。彼女が作ってくれる料理をみんなで「おいしい」と喜ぶ度に、彼女がもっと喜んだ。少しずつ、コチコチに固まったココが柔らかくなっていく。
3つ目の嬉しい驚きは、大賢者様の権威だった。
どんなに小さな村にも神殿はある。国で知らぬ者はいない大賢者様が通るとなれば、皆有難いお姿を一目見ようと集まって来る。
「大賢者様どうぞお使いください、どうぞお食べください、どうぞ我が家にお泊りください」
てな感じで、何処へ行っても大歓迎。最上級のものを黙っていても、無料で提供してくれる。
大賢者と旅をするとこんな特典があるとは、なんてすばらしい!!
最弱だと思われた勇者パーティーだったが……なかなか良いじゃないか!
俺の仲間たち最高! とのほほんと快適な旅を続けていたら、気づいたときにはもう魔の森についていた。もう親友のように気安くなったナッソスに言われた。
「ゼノスってぼーっとしてるよな」
嬉しい驚きも3つあったが、驚愕の残念な驚きも3つあった。
1つ目、ナッソスは魔獣と戦うことができなかった。彼は戦闘力がほとんど無かった。殺せるのは虫くらい。魔獣が出ると「ゼノスがんばれー」と応援はしてくれた。
2つ目のびっくり、ココの癒しの力は弱かった。魔の森に入ってすぐ、ソリティオ様が足を怪我した。魔獣から逃げる時にうっかり転んだだけの軽いねんざだった。しかし……治すのにびっくりするくらい時間がかかった。聖女アナタシア王女よ、何故ココを選んだのだ……と首を捻るしかなかった。ココ自身が力の弱さを一番分かっていて、ごめんなさいと謝り続ける。
俺は旅の途中で何度も繰り返した説得をもう一度した「ココ、君は勇者パーティーにいるべきではない。王都の神殿に帰るんだ」
けれど、彼女はものすごい怖がりのくせに、とんでもない頑固ものだった。
「癒し手がいなくなったら誰があなたの怪我を治すんです? 私は帰りません!」
そして最大の残念な驚きはソリティオ様だった。
「え? 白魔法を使えない?!」
ソリティオ様は魔獣を目の前にして、今まさに彼の白魔法攻撃を必要とするタイミングで、その事実を教えてくれた。
だって大賢者と呼ばれるからには上級の白魔法使いってことですよね。アンデット系の魔物は聖なる光で浄化してもらわないと……どうやって倒すの?
彼は信仰心あつく、幼い時から神殿で真面目に祈って、清貧を貫き民のために身を尽くして慈善活動をしてきた。だから周りが勝手に大賢者と呼んだだけ。
と言うことは……戦闘できるのは俺だけってこと?
1人で魔獣と戦って魔王城にたどり着いて、1人で魔王を倒すのか?
ハイ無理です!!
そしてソリティオ様にはおまけの残念もあった。
ずっと聖なる神殿で生きてきたためか、魔獣の邪悪な気にすこぶる弱かった。
魔獣が近くにいるだけで、顔が真っ青になり具合が悪くなり、フラフラ倒れそうになる。
そんな人が魔物の森に入らないでくれ。
魔獣が出ると俺は1人で戦い、ナッソスと交代で体調が悪くなって動けなくなったソリティオ様を担いで運ぶはめになった。
この人、いない方が楽だったんじゃないの?
ココに言った言葉を同じく伝えた「あなた様は勇者パーティーにいるべきではない、神殿にお戻りください」
この人もココと同じで信じられない程頑固だった「私は帰らない。この命を失っても勇者殿をお支えする!」
ああ、俺の勇者パーティー最弱……
俺が皆を連れていつ逃げ出そうかと考え込んでいると、ナッソスが魔の森にいる大きい虫を採って料理してくれた。
「ゼノスこれエビみたいで美味しいぞ!」
ぷりぷりのエビの身みたいで確かに美味しかった。
「ナッソスは釣りだけでなくて虫取りも得意なんだな」
「虫より魚の方が好きだ。魔物の森に沼があったら、そこで釣りしてみてえな」
おまえは何しに来たんだ。
ココは魔獣を見ると怖くなって固まって、知らないうちにうずくまって震えてしまう。
振り返ったら彼女の姿が消えていて、何度も肝を冷やして3人で捜索した。
大きな葉っぱの下で丸くなているココ。そんなに怖いなら帰ろうと伝えるのに、ふるふる首を振る。「ゼノスさんと一緒にがんばる」
困った……俺、どうしよう。