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17.騎士団長の恋と見捨てられた勇者

 小鹿の少女にはそれきり会えなかった。


 いつかお礼を言いたいと、騎士団に来てくれる癒し手を見たり、神殿の治療院に行ったりする時はいつも気にかけて彼女の姿を探した。けれど、彼女どころか癒し手達とは誰とも会話することはできなかった。


 聖女アナタシア様がまるで唯一の癒し手で、その他の者に話しかけてもすぐ奥に引っ込んでしまう。


 聖女アナタシア様の癒しの力はぐんぐん増して、治療の前には眠らせられるという決まりも無くなり、傷ついた騎士達を目の前で癒してくれた。その力の強さは神々しく絶大だった。


 彼女の聖なる力は国中に響き渡り、国の至宝であり、他国からも羨望の的となった。


 ただ、彼女の力には1つ不思議な作用があった。

 治療を受けている間、負傷者は不思議な幻影を見るのだ。


 ぼんやりと思念に、不思議な少女の姿が浮かぶ。


 茶色のクルクルした短いくせ毛の中に、小さな2本の角を持つ少女が手を広げ、慈悲の微笑みを浮かべて柔らかな光を送ってくれる。温かな安らぎの光を受けると傷が治っていくのだ。


 聖女アナタシア様は豊満な女性らしい体つきの、絶世の美女である。その彼女とは似つかない、中性的な美少年のようにも見える小さな少女の幻影……


 どうして少女の幻影を、アナタシア様に治療される度に見るのか皆が不思議がった。

 俺はその少女の話を聞いた時、興奮して騎士団の宿舎で大声を上げてしまった。


「俺はその子に会ったことがあるぞ!」


 騎士団の皆と小鹿について話合った結果、『彼女は精霊ではないか』ということに落ち着いた。

 聖女アナタシア様は小鹿の精霊の祝福を受けて、少女のような精霊から力を注がれているのだと……


                  ◇◇◇   ◇◇◇


『魔王が出現した』


 俺が騎士になって2年目の21歳のときに、恐ろしい知らせが国を駆け巡った。


 『魔王』とは高度な知性を備えた魔獣のことだ。


 何故か定期的に知性を得た魔獣がこの国には出現する。

 そうなると、魔獣はただの野生の一匹から、魔王という知将に率いられる軍隊と変貌する。


 俺が所属する王国騎士団は、魔獣が出ると直ちに駆り出されて駆除に向かう。


 魔獣は種類によっては驚異的な攻撃力を持ち、人間を脅かす存在であるが、生息地域は魔の森と呼ばれる地域に限られていて、人間の居住地と魔獣の住処は分かたれている。しかし時々、里に下りてくる魔獣や、翼のある魔獣が都市にやって来ることもあり騎士団が討伐する。


 魔獣との戦いは命掛けであるが、王国騎士団は国の平和を堅固に守っている。


 しかし、魔王が現れると魔獣と人間の力の均衡は一気に崩れてしまう。


 魔獣は一概に知能が低く、集団になっても狼の群と同じ程度のことしかできない。しかし魔王が出現すると今までの戦い方は一変する。魔王はバラバラで勝手に動いていた魔獣達を支配下に置き、ピラミッドの頂点に立つ。魔獣の王となるのだ。

 

 1匹ごとの魔獣の戦闘能力は恐ろしい程高いのに、さらにそれらが組織化されて戦略をもって攻撃してくる。

 そうなってしまっては、戦力の差は圧倒的だ。


 魔王が出現する、すなわち国が滅ぼされるということだ。


 そこで勇者が魔王を討伐するのが、この国の古来からの習わしだ。国には『勇者の証』なる秘法の魔術があり、勇者という驚異的な戦闘力をもつ人間をつくりだすことができる。


 勇者は聖女とともに、騎士の一団を率いて魔王を討伐する。

 選ばれる勇者は常に国で最も強いとされる男だ、今ならば誰の目にも明らかなその男は、最強と名高い王国騎士団の騎士団長であるカロロス様。


 ……まさかの勇者に自分が指名された。

 どう考えても間違った人選だ、周りからの責める刺すような視線と押しつぶされそうな責任に眠れなくなった。


 皆はこの顔を聖女が気に入ったのだと嘲笑する。

 俺が何をしたというのだ。好きでこの顔に生まれた訳ではない。


 俺はこの顔に生まれついて、本当に苦労してきた。

 幼い時から何度襲われそうになったか知れない。王都に来たのも、この顔のせいだ。


 故郷の田舎から姉が嫁いだ都市に会いに行った、そこで働き口を世話されて商家の手伝いで領主城に入ったら、あっという間に領主に目を付けられた。


 50歳の領主に「飼ってやろう」と真顔で迫られ閉じ込められた16歳の少年である俺は、絶体絶命の窮地に落された。しかし幸運にも、夫の性癖に辟易していた奥方が、立派な紹介状を付けて俺を王都へ逃がしてくれた。


 貧しい平民の俺が、紹介状のお陰で騎士試験を受けることができた。強くなり、王国騎士団員という地位も得てやっと、いつ襲われるかもしれない恐怖から脱して生きることができるようになった。その矢先俺は何故か聖女アナタシア様の目にとまってしまったらしい。


 王国騎士団の団長であるカロロス様は、尊敬する上司であり、何より剣技の素晴らしさに、戦神のごとく憧れる存在だった。


 カロロス様は見るからに真面目に生きてこられた無骨な方で、女性との浮いた話は一切聞いたことがなかったが、アナタシア様が聖女になり、負傷した騎士達を治療するようになってから彼は少しおかしくなった。剣の道一筋に生きてきた男の遅い初恋……


 勇者は魔王を倒した後、供に戦った聖女と結ばれることが多い。だからカロロス様がどれほど勇者になることを望んでいたか、騎士団員であれば痛い程分かる。でも剣の腕は5番目くらいの俺がアナタシア様の我儘で選ばれてしまった。明らかに間違った人選を王様は変えなかった。


 でも国の平和のためならば、カロロス様は騎士として俺に付いてきてくれると信じて疑いもしなかった。勇者として国に尽くそうと決意をして迎えた出発の朝、尊敬し、憧れだったカロロス様は遂に来てはくれなかった。

 

 本来なら盛大な見送りを受けて、軍隊を率いて出発をするはずなのに、1人で立ちつくしていた。


 ナッソスという『道案内」の男が来て「ちわっす」と挨拶してきた。見るからにチャラい23歳だという男は何故か背中に釣り竿を背負っている。剣は下げておらず武器らしい物が見当たらない。おまえはこれからどこへ行くつもりだ……


 次に王弟であり、国に名を知ら者がいない大賢者のソリティオ様が姿をみせた。誰も来てくれない中で賢者が来てくれたことは嬉しい、しかし50代の神殿から出たこともないような高貴なお方……本気で魔獣の森に入る覚悟はあるのか? 絶対に戦闘経験ないですよね?


 しみじみ思った。

 ああ俺は死ぬんだ。騎士団の皆に見捨てられ、1人魔獣の森で死ぬんだ。こんなことになったのは、俺の顔だけが大好きなあの聖女様のせいだ。責任を取ってもらうしかない、この絶望的な勇者パーティの現状を見て、自分も死ぬ覚悟をすればいいのだ。いやもしかしたら、こんな勇者パーティーを見て改心して、勇者をカロロス様に代えてくれるかもしれない。


 そんな願いを込めて聖女を待っていると、ぴょこんと小さな少女が現れた。


 あの日の小鹿! 2年ぶりの再会だった。

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