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16.小鹿との出会い

 俺が初めて小鹿に会ったのは2年前の19歳の時だった。

 

 見習騎士から正騎士になったばかりの初めての遠征で魔獣オークに吹き飛ばされて、内臓まで達する重症を負った。応急処置を施されて王都に返され、幸運にも聖女様の治療を受けることができた。


 そのころ聖女アナタシア様は16歳で、聖女の力に目覚めたばかりとのことだったが、その力はとてつもなく強く、100年に1度の稀なる才能をお持ちだと国外まで名が届く有名な方だった。


 治療前には必ず眠らされるという決まりがあり、睡眠薬を飲まされた。薬が切れてぼんやりとまどろんでいると苛々とした女性の叱る声が聞こえた。


「終わったのならとっととお下がり、邪魔なのよ」

「でもアナタシア様、まだ治療が全部終わっていません」


「もういいわよ、後は私がするから、早く出て行って」

 

 重いまぶたを開けると、そこには金髪の長い髪が輝く、エメラルドの瞳を持つ女神が微笑んでいた。

「治療は終わりましたよ、私が全て治しましたからね安心してください」


 この方が聖女様、噂にたがわずお美しくお優しい方だ……では先ほどのイライラとした声は誰だったのだろう? 彼女の後ろにはお付きの男性従者しか見えなかった。

「ありがとうございました聖女様、でもできますならば、右の足も診て頂けませんか? ひどく痛むのです」


 俺のお願いに聖女は足をチラリと見たが「大したことはありませんよ」と何もしてくれなかった。

 その後何故か、俺の名前や所属を詳しく聞いてきた。痛みで答えることもままならなかったが、聖女様はご機嫌に喋り続けると、やっと帰って行った。


 足の痛みはひどくなるばかりで、ベッドでうめいていると足元の方に茶色いフワフワしたものが見えた。そうっと忍び寄ってくる様子が、野生動物のようだった。

 不思議な人がそこにいた。


 中性的で少年にも少女にも見え、そして子供のような姿ながら、その眼差しは大人のような落ち着きがあり、真剣な眼差しで俺の足を観察していた。


 クルクルと癖のある茶色い髪の毛の中に小さな角が2本見えた。その特徴ですぐに精霊子なのだと分かった。癒し手の神官服を着ているので女性なのだろう。


 まるで小鹿だ……


 目が合うと、若草色の瞳が驚いてまん丸になった。そして彼女は人差し指を口に立てて「しーっ」とやって見せた。どうやら静かにしていないといけないらしい。


 そのまま小鹿の少女は俺の足に手をかざし、癒しの力を注ぎ始めた。

 心地よさに我慢できず大きく息をはいた。ようやく激痛から解放されて強張っていた体から力が抜けた。

「こんなに腫れあがって黒ずんで……もう少し遅ければ右足を失うところでした。良かった間に合って」

「ありがとうございます。もしかして腹の傷もあなたが治してくれたのですか?」


 小鹿の少女はびくっとした。

「私誰ともお話してはいけない決まりなの。ごめんなさい、今話したことは黙っていてくださいお願いします」

 言われた通り大人しく黙っていると、治療が終わったのだろう彼女は枕元にくると微笑んでくれた。

「痛かったでしょう? よく頑張りました」


 病室の入り口から怒鳴り声がして、小鹿の少女はぴょんと飛び上がった。

「何をしている! 聖女様をお待たせするんじゃない」

 先ほど聖女の後ろにいた従者が怒った顔で彼女に早く戻れと急かす。

「はい、申し訳ありません!」


 怯えた声で返事をすると、少女はすぐに部屋を出て行った。


 お礼をきちんと伝えられなかったことが残念だったが、それだけでは無い違う感情が胸に残った。ベッドに横たわりながら、この気持ちはなんだろうかと考えて気づいた。


「俺は頑張ったねと褒められて嬉しかった」

 田舎から1人で王都に出てきて、頼る人もいないまま騎士試験を受けて厳しい見習期間を耐えた。必死だった、無我夢中で頑張り続けてきた。そうしてやっと一人前の騎士になれた初陣で大怪我をしてしまった……


 自分が情けなくて、これからのことが不安だった。けれど……


『よく頑張りました』


 その言葉が胸を温めてくれた。それから長い間、俺は誰からも褒められなかった。だから彼女の言葉が宝物のようにずっと胸に残り続けた。


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