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15.世界で1番

 湖を見下ろす丘の、大きな木の下にブランケットを敷いてゼノスさんと並んで座った。

「良い天気で気持ちがいいですね。さあどうぞ」

 恥ずかしかったけれど、膝をぽんぽんと叩いて見せると、ゼノスさんの顔がみるみる赤くなって、口元を押さえた。


「それじゃあ……させて、もらう……よ」

 結婚式を明後日に控えて、村人たちは大忙しだ。「久しぶりに会えた二人は仲良くしておいで」とナッソスさんのお母さんに家を出され、二人でピクニックに来ていた。


 彼に「膝枕されたい」とお願いされて、恥ずかしかったけれど、ゼノスさんが私に甘えてくれることが嬉しい。彼の頭が自分の膝に載る。短く切った黒髪は見た目よりも柔らかい、そっと撫でると照れくさそうに微笑む藍色の瞳と目が合った。


 これは……幸せ過ぎて直視できない……

 胸がきゅーっと苦しくなって目を閉じると、体がプルプル震えてしまった。


「ココ……お願い俺を見て」

 低く擦れる声がして、彼の手が頬に触れた。お願いに逆らえずそうっと目をあけると、この上なく優しい瞳が見つめている。あああ、溶けてしまいそうにゼノスさんが甘い。


「俺が怪我をして倒れている時、よくこうして膝枕してくれたね。治療が終わった後もココは頭を撫でてくれた……」


「それは……ゼノスさんが回復するまで辛そうだったから……」


「正直に言うと、体は平気だったけどココの膝枕が心地良すぎて、辛いふりをしたこともある……ごめん」

 嬉しい告白に、どう返事をしていいのかもじもじとしてしまう。


「私も……あなたを膝枕している時、ずっとこうしていたいなって思ってたの……。それから私が泣くとクッキーをねだってくれたでしょう。魔王を倒して帰ることができたら、絶対に本物のクッキーを口に入れてあげたいって願っていたの。それでね、今日はクッキーを持ってきたから、私の願いを叶えてもいいですか?」


 そうして念願のクッキーをゼノスさんの口に入れた。バリバリと彼は噛んで、むむっと難しい顔をした。

「凄く硬い……寝て食べたら喉に刺さりそうだ」

 彼は起き上がると、さらにバリバリと音をさせて食べた。


「これは、この村で定番のシナモンクッキーです。薄く硬く焼いて日持ちがするんですって。ゼノスさんのためにクッキーを焼いてあげたかったけど、明後日の結婚式の料理の仕込みで、厨房は貸してもらえなかったの。クッキーが欲しいと言ったらナッソスさんのお母さんがこれをくれました」


 二人でしばらく硬いクッキーを笑いながら食べた。バリバリと木陰に音が響いていく。

「結婚したら、いろんなクッキーを焼くので楽しみにしていてくださいね。チョコチップとバニラと、アーモンドと、オートミールと……それから紅茶葉もいれようかな……他には何が食べたい?」


「ココがまだ食べたことの無いドーナッツも一緒に食べたいな」

「あ! ドーナッツ食べました!! ナッソスさんのお母さんが作ってくれたの、最高に美味しかった」


 ゼノスさんはすごく残念そうに、えーっ!と不満の声をあげた。

「ココが初めてドーナッツを食べるところを見たかった。俺と半分こする約束だったのに…… それなら今度は俺が、ココがまだ知らない色んな味のドーナッツを作ってあげる、結婚したら……」


 ゼノスさんは急に真面目な顔になると、大きな固い手で私の頬を包んだ。

「ああまだ夢をみてるみたいだ。俺たちは明後日結婚する、そうしたら……ココは俺の妻になる。俺だけの……ココ」


 気が付いたら唇が柔らかく温かいものに包まれていた。ゼノスさんの顔が近くにあり過ぎて見えない。


 キス……して……る。


 唇が離れた後、ゼノスさんが私の瞳をのぞき込んでくる。心臓が口から出てしまいそうな程、ものすごい早さで鳴っている。どうしていいか分からなくなって彼の胸にしがみついて顔を隠した。ふふっと笑う声がして、強く抱きしめられた。


「これは初めてだった? ココの1番目のキスをもらえたかな」

 

 頷くことしかできない。恥ずかしくって、増々強くゼノスさんの胸に顔を押し付けた。

「俺もね、自分からキスするのは初めてだよ。1番初めのキスをココとできて嬉しい」


 そんなことってあるのかな? だってゼノスさんはこんなにカッコよくて騎士団で1番顔が良いと評判で、モテモテだったのでは?

 そろっと下からゼノスさんの顔を見ると、彼がふき出すように笑った。

「凄い真っ赤だココ、可愛いな」

 また唇が降りてきて、今度はチュッと音が鳴った。


「疑ってるかな、でも本当だよ。俺は誰とも自分からキスしたことは無い。女性と付き合ったこともないんだ。まだ小さい時に不意打ちで、年上の女の人からキスされて嫌な思いを何度もした。この顔のせいで、男女問わず何度も襲われそうになってきた。だからこの顔に寄って来る人間は極力避けて生きてきたんだ。俺は自分の顔が嫌いだよ」


「そんな……とっても素敵なのに」

「ココも自分の角が嫌いだろう?」


 そんなことを聞かれたのは初めてだった。彼の腕の中で守られている気がして素直に話せる気がした。

「私はこの角が大嫌い、どうしてこんな姿で生まれてきたのか悲しくなるの」


「知ってるよ、ココが自分の外見に自信をもてずにいること。だからね俺たちは似ているなと思っていた。自分の外見が嫌でたまらないよね……でも、俺はココの角が大好きだよ。ココが世界で1番可愛いと思ってる」


 嬉しさのあまり涙がじわじわと込み上げる。やっとの思いで「ありがとう」と声に出せた。

「ゼノスさんも世界で1番素敵で、大好きです」


 彼が強く抱きしめて、頬を私の角にすり寄せてくる。私の角に触ってくれるのは彼だけ。


「この顔のせいで辛い思いをしてきた。でもこの顔だったから勇者に選ばれてココに出会うことができた。そう思えばこの顔も悪くはないなってこの頃思うんだ。まだ自分のことを好きにはなりきれないけど……ねえココも同じだろ、まだ角のことは好きになれないと思うけどさ、俺たちはお互いを想い合って、大切にしていこう。自分が嫌いな部分も好きだと言ってくれる相手を信じられる関係になりたいんだ」


 強く抱きしめ返すと「俺が角を好きだって信じてくれる?」と聞かれた。喜びに包まれながら「はい」と返事をすると、震える小さな囁きが聞こえた。


「誰よりも君を愛すると誓うよ。でも……長く一緒にいられない、きっと悲しませる……ごめんよココ」


 体を離して、彼の顔を覗き込んだ。何も隠して欲しくないと願いをこめて彼の胸に手を当てた。

「体は痛かったり苦しくなったりする?」


「いいや、体は何も辛くない。でもこの魔法が俺の寿命を削っていることは間違いない」


「私、どんな時もあなたの側にいる。私の治癒の力を全て注いであなたを守ってみせる。約束します、私もあなたを誰よりも愛しそして支えます。大丈夫私が付いているからね」


 微笑んで見上げると「頼もしいなあ俺の奥様は」と嬉しそうに笑ってくれた。

 それから硬いクッキーを何枚も食べて、お喋りをしてキスをした。


 初めのうちは何回目のキスか数えていたけれど、そのうち数えきれなくなった。

「早く結婚したい」

 長いキスに頭がぼうっとしていると、ため息をつきながらゼノスさんが言った。


「もう明後日ですよ。でも……あまりに盛大なお式で私はちょっと不安です」

「そう言えばドレスはどうすることになったの?」


「それがすごいんです! スカートの汚れた裾を切って、短い丈のスカートに作り直してくれるそうです。それからお花は洗って、色を染めて付けてくれるの。純白も素敵だったけど、色が入ったお花が飾られたスカートはきっと最高に綺麗なると思うの!」


「ココの可愛いドレス姿……ああ楽しみだなあ。楽しみといえば、ナッソスが何かプレゼントを用意してあると言って、めちゃくちゃ得意気な顔をしていた。何をくれるのかなあ」


 ああ、それはもしや、初夜のベッドのことでは……きゃーどうしよう!!!

 彼の腕の中にいて、触れている体が急に熱くなった。「ココどうしたの?」と耳元で声がして、ひゃあっと変な声が出てしまった。


 恥ずかしさのあまり腕から飛び出した。そのままぴょんぴょん跳ねる。

 どうしよう……

 明後日には、ゼノスさんと結婚……私できるかなあ……


「ははは、ココのぴょんぴょんが始まった。そうだドーナッツ跳びをして見せてよ」


 あまりに驚いて、体をピンと真っすぐのまま固まってゼノスさんを見た。

 何で知っているの? 誰も見ていないところでしていたつもりなのに!!


 それは私が幼い時からしている一人遊びで、気に入った名前の文字の数だけ、石から石へ落ちないように跳ぶ遊びなのだ。


 ゼノスさんが立ち上がると「ほら、ドー、ナッ……ツ」と言いながら地面に小枝で丸を3つ描いた。


 「俺がドーナッツを教えてあげてから、森の中でドーナッツと言いながら跳んでいただろう? こっそり見てたんだ、あまりに可愛いから」

 彼は3つ目の丸の場所で立ったまま「おいで」と低く優しい声で呼んで両手を広げた。

 

 ずっと独りぼっちで、私は醜く誰からも見てさえもらえなかった。そして自分で自分が嫌いだったの。

 でも、あなたは私が弱虫だと知っていて、この角も大好きだと言ってくれる。


 勇者様は私のところに来てくれた。

 私もあなたのところへ跳んでいく、そして絶対に一緒にいる、それが私の大切な生きる目的だもの。


 丸と丸の間はなかなか距離があいていて、勢いをつけないと届かない。さすがゼノスさん、私の跳躍力をよく知っている、できるかどうかの絶妙な位置だ。

 ぴょんぴょん跳ねるのは得意なの!

「ドー」

「ナッ」


 大きく跳ねて「ツ」と大きく言いながら彼の胸に飛び込んだ。

 

 勢いよく飛んだのに揺らぎもせずに大きな笑顔で軽々抱き止められた。

「さすが俺の小鹿」


 ぎゅっと抱きついた。

「はい、あなたの小鹿です」 


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