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14.最も大切な私の目的

 ゼノスさんの告白に、村人たちは静まり返った。彼の表情に迷いはなく真実を語っているようにしか見えない、けれどとても健康そうな精悍な横顔に、死の気配はどこにもなかった。


「死ぬなんてどういうことなんだい? 重い病気にかかっているのかい」

 ナッソスさんのお母さんが心配そうに尋ねた。


 ゼノスさんは皆さんに見て頂きたいと言いながら、急に上に着ている服を全て脱いだ。

 何をするのかと見守っていると、彼の鍛えられた上半身が露わになり、胸の中心に星の形を複雑に重ね合わせてつくられた『勇者の証』の紋様が浮かび上がるように見えた。


「これは私が勇者として選ばれた時、王家に伝わる秘法によって聖女から授けられた『勇者の証』です。この魔法をかけられた人間は、強靭な肉体を得て最強の戦士となることができます」


 それはこの国の者なら幼い頃から知っている、勇者と選ばれし者だけが得られる憧れの魔法だ。


「この魔法を授かるとき、けして口外してはならないと約束させられた秘密がある。だが、王と聖女は私を裏切った、だからこの秘密をもう黙ってはいない。『勇者の証』は勇者の寿命と引き換えだ。私はこの魔法がある限り、刻一刻と命を削られている。魔王を倒す強さは私の命が代償なんだ!」


 なんて惨い事を……知らなかった、ゼノスさんがそんな犠牲を払っていたなんて。


「勇者の証はそんな物騒な魔法なのか」

「命を削られながら戦うのか……」

 村人たちが口々に驚きを露わにする。


 この国には古より何度も魔王が現れ、そして勇者がそれを倒してきた。歴代の勇者達も彼らの命を削って国を守ってくれていたのだと初めて知った。


「魔王を倒したならば、今までの勇者はその場で聖女にこの『勇者の証』の魔法を解いてもらっていた。それが習わしだった。しかし、私には聖女が同行しなかった。だから王城に帰還してすぐに聖女に魔法の解除をお願いした……だが、今だこの通り証は胸にあり、私の寿命を削り続けている。だから私はもう長くは生きられない」


「ちょっと待てよ! どうして聖女様は魔法を解いてくれないんだ」

 村人の1人が声をあげ、続けてどうしてなんだと何人も叫んだ。


 ゼノスさんは泣き笑いのような顔で息を吐き、悔し気に言った。


「私がアナタシア王女と結婚するのを断ったから……あの王女は私と結婚するなら解いてあげるとそれしか言わない。この1カ月間、私は王に何度も願いを申し立て、様々な人に助けを求めて何とかならないか奔走した……だが駄目だ。王はアナタシア王女の言う通りにせよと命令する。だから私は諦めた。彼女と結婚させられるくらいなら……死ぬ」


 最後の死ぬという言葉が胸に刺さるように響いた。誰も口をきかない……沈痛な気持ちで俯いていた。


「なあ、ゼノスはいつ死ぬんだ」

 呑気な声がして、皆一斉に声の主を見た。ずっと黙って話を聞いていたナッソスさんが、いつ出かけるの? くらいの気安い感じで聞いたので、ゼノスさんはムッと不愉快な表情になった。


「いつまで生きられるかは……はっきり分からない」

「だったら気にするな」


「なんだよその言い方は、こっちは死ぬんだぞ」

「そんなの誰だって、この場にいる全員分からないさ。俺なんかダンジョンの道案内してるんだ、いつトラップにかかって死ぬか分からない仕事だ、おまえより早く死ぬかも」


 ゼノスさんは不服そうな顔をして何も答えない。

「おまえはたぶんすぐには死なないよ。だって勇者はたいてい魔王の討伐に何年もかかるだろう? 俺たちが半年で倒したのは最短記録だよ。確か昔の勇者で10年かかったこともある。だから少なくともあと10年は生きられるぞゼノス、だから気にすんなって」


「ナッソスおまえなあ……人の寿命をなんだと思ってんだ、そんな気楽に言うなよ」

「10年だったら、ゼノスは21歳だから30歳くらいで死ぬってことか……まあ確かに人と比べれば短いよ、でも好きな女と暮らすならなかなかいい10年だと思うぞ。ココを生きている限り幸せにしてやれよ、ずっとそうしてやりたかったんだろ」


「俺は……」

 ゼノスさんは拳を握りしめ、胸の勇者の証に当てた。目を閉じて苦し気に考えているようだった。


「俺は……この運命を1人で受け入れたい。ココにはもっと相応しい男がいるはずだ。ずっと長くそばにいて守ることができる……俺ではない誰かが……」


 『その答えを、あなたはもう知っていると思うよココ殿』

 ソリティオ様の声が聞こえた。私の最も大切な目的とは何なのか、はっきりと分かった。

 

 息を大きく吸って、今まで生きてきて一番大きい声が出せるようにお腹に力を入れた。

「ゼノスさん!」


 どでかい呼び声に隣のゼノスさんがびくっとして、何事かと驚いてこちらを向いた。


 ひるむなココ、今こそ私の生きる目的をこの人に分からせるんだ。

 藍色の瞳をびしっと見据え、絶対に逃がさないぞと思いを込めた。


「ゼノスさん、私と結婚してください!」

 あらん限りの力を込めて大声で叫んだ。ひるんで後ろにさがろうとするゼノスさんの両手をがしりと掴んで捕まえた。絶対に離さないぞ!


「え、う……あの、ちょっとココ、それは無理だ」


「無理じゃありません。私はもう決めました、ゼノスさんと結婚します。私をあなたのお家に連れて行ってくれるんでしょ、そこで一緒に暮らします!」 


 ゼノスさんは私の手を引き離した、さすが勇者様は力が強い、渾身の力で握っていたのに解かれてしまった。彼は私から離れようとするので、もう恥ずかしさも捨てて「えいっ」と抱きついた。


「ちょっとココ落ち着いて、俺が死ぬと聞いて動揺しているだけだ。俺は君を幸せにできない、もっと相応しい相手がココにはいるんだ」


 ぎゅーっと力一杯彼の体にしがみついた。裸の胸が頬に当たる、彼の鼓動がすごい早さで鳴っている。


「幸せにしてもらうつもりはありません。私があなたを幸せにするんです! それが私の生きる目的なの、ゼノスさんが嫌だと言っても離れません」


「駄目だよココ、君にはもっと他に……」

「他の誰かなんて言わないで、私が好きなのはゼノスさんだけだもの。ソリティオ様が私たちは愛し合っているって教えてくれました」


 ひゅうーとナッソスさんが口笛を吹いた。

「そうだった、ゼノスは旅の途中でココとイチャイチャ愛し合ってた。責任とれよ」


「な! 人聞きの悪いことを言うな、俺はココに何にもしてないぞ」

「まだしてなくても、おまえの妄想していることが口から出てた、頭の中でココとあんなこともこんなこもとしてただろうが」


「ええ? 口から出てた! 嘘だろうナッソス何を聞いたんだ、何も言うな! いいか、絶対に何も言うな!!」

「ははは、その頭の中でしていることを、10年間好きなだけココにすればいいだろ。なかなか楽しい生活が待ってるぞ、もう観念してココのプロポーズを受けろよ」


「私だってゼノスさんとしたいことがあります! まだドーナッツを半分こしてないし、本物のクッキーもあなたの口に入れてないし、教えてもらった透明なプルプルするゼリーも見てないし、これから一緒に食べるおやつがたくさんあるのに、いなくならないで!」


 ゼノスさんは黙ったまま動かない。断わられるのが怖くてぎゅうぎゅうとしがみ付いた。

 彼の腕が私を包み込んだ。頭が私の肩に降りて、まるで私にしがみつくように抱きしめられた。


「俺は勇者になんてなりたくなかった。誰も付いてきてくれなくて、見捨てられて死ぬことが決まった顔だけ勇者……でもココとナッソスとソリティオ様のお陰で魔王を倒すことができた。俺一人の力でできた訳じゃないって分かってる。それでもさ……俺……頑張った。国のために勇者頑張った。怖くて、痛くて、辛くて何度も死にそうになった、でも頑張ったんだ。だからご褒美をもらってもいいだろうか……」


 それは独り言のようなつぶやきだった。ナッソスさんが「いいに決まってるだろ」と返すと、黙って聞いていた村の人たちも、同じように「いいよ」「当然だよ」と優しく言った。


「ココ……俺の側にいて」

 耳元でささやいた後、ゼノスさんは泣いた。私の体にしがみ付いて顔を隠そうとする。けれど押し殺した嗚咽に肩が震えていた。

 彼の背にまわした手で、優しく撫でてあげた。


「いいですよ、ずっと一緒にいますからね」


「おーいみんな結婚式の準備だ、あと3日だぞ気合い入れてやるぞ」


 村人の1人が大きく声を掛けると、皆は「よーし張り切ってがんばるぞ」と広場から離れていく。泣いているゼノスさんを気遣っているのだろう誰も私達に声を掛けずに、陽気に語らいながら結婚式の準備に向かっていった。

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