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12.来てくれた勇者様

 私の最も大切な目的ってなんだろう。

 ソリティオ様に言われたことを考えながら、村での日々は過ぎていく。


 ナッソスさんは王都から帰って来なかったけれど、手紙が届いた。

『ゼノスは無事だ。結婚式に間に合うように、必ず連れて帰る。ゼノスが結婚したいのはココだけだ、心配しないで待っていろ』


 短くこれだけ書いてあった。ナッソスさんには本当に呆れてしまう。もう少し説明して欲しい……でも旅で一緒の時も、ナッソスさんはこんな調子で言葉で説明するのが苦手な人だった。

「あーそれ無理だ」か「何とかなるっしょ」のどちらかの返事がほとんどで、そして彼ができると判断すれば「まかせとけ」と言ってあとは行動あるのみなのだ。


 その彼が必ずすると約束してくれているのだから、きっとゼノスさんを連れてきてくれると信じたい。

 王都からは変わらず勇者と聖女の結婚式の話が届くけれど、村人達もナッソスさんの手紙を見て「心配いらないよココちゃん」と励ましてくれた。


 ゼノスさんはきっと私を選んでくれる。

 だって、王様に私との結婚を褒美として望んでくれたのだもの!


               ◇◇◇   ◇◇◇


 結婚式まであと3日になった。

 村の中心にある広場には会場が造られて、村中の人が集まって大宴会ができるように仕上がった。街から楽団を呼び寄せたそうで、その前練習の音楽が広場に流れると、気の早い人々が広場で踊り出して、もうお祭りが始まったように賑やかだ。


 若い娘たちは式の日にとびきりおしゃれに着飾るのだとはしゃいで教えてくれる。気になっている男性と踊れるかしらと顔を赤くしてお喋りする姿をみると微笑ましい。


 私もゼノスさんと踊れたら嬉しいな……幸せな気持ちで早く会いたいと思った。


 最後の衣装合わせのために、ナッソスさんの家の2階でウエディングドレスを着た。スカート部分には純白の花がたくさん縫い付けられて、夢のように美しいドレスになった。一つの花ごとに、皆さんの祝福が込められているかと思うと本当に嬉しくて幸せだった。


 鏡の中にいる自分は純白のドレスを着た花嫁になった。

 ゼノスさんは私を見て綺麗だと思ってくれるかしら……

 そして、私の隣に花婿として立ってくれるかしら……


 胸に手を当てて、不安な気持ちを落ち着かせる。大丈夫ココ、ゼノスさんは来てくれる。


 階下が急に騒がしくなった。「勇者様だ」と何人かが大きな声で言うのが聞こえた。

「間に合ってよかったね」「おめでとう」


 誰かが階段を登ってくる足音が響いた。

 村人の騒めきの中で「勇者様、駄目だよ花嫁姿はまだ見ちゃいけない」とひときわ大きな声がした。けれど足音は止まらない。


 近づいてくる足音。

 ゼノスさんだ、彼が来てくれたんだ!


 聞いたことのない大きな心臓の音がドクドク響く。あまりに強く鼓動が打ちつけて、胸が破けてしまいそう。


 2階の部屋の開かれていた戸口に、彼が飛び込んできた。走ってきたのか、少し息をあげている。

 深く青い藍色の瞳が私を見つけて……そして驚きに大きくなって時を止めた。


「綺麗だ」


 その声が心を震わせて、ずっと抱えてきた重い気持ちをふわりと羽のように軽くした。

 

 ゼノスさんは目をぎゅっと閉じた、そして開かれた瞳は怖いくらい優しくて……

 ゆっくりこちらに近づいて来る。


 ああ、その胸に飛び込んでしまいたい。

 あなたを待っていたの。


 彼は私の正面に立つと「とても綺麗だ」ともう一度言った。


「それでココは誰と結婚するの?」


 何を言われたのか、よく分からなかった。


「ナッソスだよな。俺気づかなかったよ、ココとあいつがこんな仲になっていたなんて。祝福しなきゃな。おめでとうココ。ナッソスに幸せにしてもらうんだぞ」


 ゼノスさんが笑っている。ナッソスさんと私が結婚することを祝福すると言って……嬉しそうに……

 笑って……


 あれ? 


 間違えたのかな…… 私は、とんでもない間違いをして……


「ヤダ何言ってるんですか、ココちゃんは勇者様と結婚するんでしょ! 冗談言わないでくださいよ」

 部屋にいた女性の1人が笑いながらゼノスさんに言った。


「話には聞いていたけど、勇者様カッコいい!」

「ココちゃん羨ましい、勇者様素敵ね!」

「勇者様の礼服も準備できてますよ、今着てみてください!」

「ココちゃんよかったね、勇者様来てくれて、ちょうどいいから二人で衣装合わせしちゃおう!」


 部屋にいる女性達がわいわいと興奮して喋る中で、私は息を止めてゼノスさんを見ていた。

 ゼノスさんは不思議そうに私を見ている。


 騒がしい部屋の中で私達だけが時を止めたように固まって見つめ合っていた。

 

「俺とココの結婚式があるの?」

 驚いたようにゼノスさんがゆっくりと聞いた。


「そうですよ! 村をあげて盛大な結婚式にしますからね」

「3日後だよ、間に合って良かった」


 ゼノスさんは怖いほど真顔になって「できない」とつぶやいた。

 小さな声だったけれど、その場の陽気な雰囲気を一瞬で凍らせるには十分な一言だった。


 皆が口を閉じ、ゼノスさんに注目する。私は断頭台に登って、死刑を執行されるのを待つ身となった。

 息ができなかった、彼が何を言うかもう予想ができていた。


「俺はココと結婚できない、すまない……俺は……結婚しない」

 彼の声が部屋に響いて、そして静かになった。驚いた顔で女性達が私を見る、ゼノスさんも辛そうな目でじっと見ている。


 何か言わなきゃ。

 勘違いしてた……やっぱり、ゼノスさんと結婚できなかった……


 ほら、言わなきゃ……

 1人で浮かれて……私……なんてことを……


 言うのココ、間違えましたって、ゼノスさん驚いてる、謝らなきゃ……早く……みんなに謝らなきゃ……


 突然、白色が目に飛び込んできた。

 純白のウエディングドレスの白色が視界を埋める。

 

 私なんて馬鹿なことをしているんだろう!

 こんなドレスを着て、恥ずかしい、恥ずかしい、ゼノスさんに見られたくない……

 こんな恥ずかしい姿を……ああなんてことをしてしまったのだろう!


 気が付いたら、部屋を飛び出していた。

 

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