魔の森温泉宿屋
どうやらエルデンとのやり取りをしている間に、魔狼は獲物のいない血溜まりに興味を無くしたのかどこかへ消えていたので、俺は急ぎ通信魔道具をギルドへ渡す為に【ブラウの街】へ戻る。
「すいません……最初に知っておけばすぐに渡せたんですけど…」
「は、ははは…まぁこれで王都と連絡も出来るので」
冒険者ギルドに到着して、エルデンから渡された通信魔道具を職員へ渡すと、苦笑いを浮かべつつも特に怒られる事なく受け取ってくれた。
「それと特殊個体の偵察の件ですが、【鑑定】スキルによってどういったステータスかが判明したのでその情報も王都に送って欲しいんです」
「もうですか!?…かしこまりました。すいません、流石に私の一存でどうにか出来る範疇を越えているのでギルド長と直接お話していただいてもよろしいですか?」
確かに、流石に事が大きくなってきているし、魔狼のステータスを受付の人に伝えて『じゃぁよろしく~』は出来ないだろうな。
俺は受付の人に案内をされて、『ギルド長室』と書かれた部屋に通される。
――コンコン
「ギルド長、特殊個体の情報を持ってきてくださったコナー様をお連れしました」
『――入れ』
ガチャリ……と木目が綺麗な高級そうなドアを開けて中に入ると、50代ぐらいの白髪をオールバックにしたダンディなギルド長が沢山の書類が置かれた机の上でペンを走らせながら座っている。
「こんな状態で出迎えてすまないね。急がねばならない仕事が山済みでね」
「あ、いえ。【魔の森】関連で忙しいのはわかってますから」
「そう言ってくれて助かるよコナー君。…さて、時間もないし本題に入ろうか。君が特殊個体の偵察の為に王都から依頼を受けているのは聞いたが、この場に通されたという事はやはり特殊個体の魔物で間違いはなかったんだね?」
「はい……特殊個体の名前は【魔狼】と言って、どうやら【魔の森】を生み出した元凶だったみたいなんです」
「元凶…だと?」
ギルド長は俺の言い回しに眉を顰め『どういう事だ?』と話の先を促している。
「これを」
「これは……特殊個体のステータスかッ!?」
「はい、これは今回の偵察で王都から同行した人の【鑑定】スキルによって書き写したものだそうです」
本来ならこの場にエルデンを引き連れて来た方がいいのかもしれないが、ギルドに着いてからエルデンを【アイテムボックス】の外に出そうとしたが『今スライムの食事風景を観察しているので手が離せない』と拒否られたので、俺1人が紙に書き写されたステータスを渡しに来たという訳だ。
…一応エルデンって正式にメルメスから偵察の依頼を受けてるはずだからもっと真面目になった方がいいと思うんだけどなぁ…。
「【魔狼】……なるほど、君が言っていた“元凶”とはこの【核化】の事か」
ギルド長は紙に記されているスキルの内容を見て、すぐに事の重大さを理解したらしい。
「通信魔道具の準備は?」
「すでに修理に当たっている職員に渡しているのですぐにでも王都と連絡は取れる事かと」
「わかった。特殊個体のステータスは最優先で国に伝えろ。どれほど猶予があるかはわからないが、少なくとも一か月以内には新たな【魔の森】が発生するかもしれないのだ。国も日和ってはいられないだろう」
「かしこまりました。すぐに」
そう言って受付の人が俺を残してギルド長室から出て行く。
「コナー君もご苦労様。冒険者でもないのに色々と面倒を掛けてすまないね」
「い、いえ……俺にも手伝えそうな事があって、放って置けば色んな人が不幸になるって考えたら黙っていられませんから。それに一応顔を売るっていう打算もちゃんとありますし」
「あぁ…確か商人見習いでガトラーの手伝いをしているのだったな。魔物に遭遇しても安全に逃げ込める君の【アイテムボックス】は今の状況だと有用以外のなんでもないからな」
ギルド長は俺のスキルの事もある程度情報を得ているらしく、自分も逃げ込める【アイテムボックス】を褒めたたえてくる。
「……ちなみに一つ聞きたいのだが、その【アイテムボックス】の≪ゲート≫を開く場所に制限とかはあるのだろうか?例えば魔素の濃い場所では開けない…だとかは」
「…?いえ?特にそういった制限はないと思います。前に魔物の出る樹海で【アイテムボックス】を使ってましたけど、何も問題なく使えました」
確か魔素って空気中に漂う魔力の元の事で、【魔の森】や“魔物の出る樹海”などに多く存在する魔物の餌?みたいな物だったよな。
魔物の出る樹海も他の平原よりは魔素が多いと確かオレンス達の誰かに聞いたはずだし、あそこで【アイテムボックス】を何の違和感も無く使えている時点で魔素の有無でスキルが使えなくなる事はないだろう。
「なるほど……コナー君。少々虫のいい話にはなってしまうのだが、良ければ一つ依頼を受けてはくれないか?」
「え…?依頼ですか?」
なんだろう?何故かメルメスに護衛依頼を受けた時と似た雰囲気を感じてしまい、『もしやエルデンの様な厄介な人を押し付けられるのでは…?』とつい身構えてしまう。
「あぁ…本来、冒険者ではない君に依頼など言語道断なのだが、今は少しでも【魔の森】問題を早期解決したいのだ」
ギルド長の目は真剣そのもの。
俺だって【魔の森】は早く攻略されて欲しいし、知り合いであるミント達の身も心配なので【魔の森】問題が解決されるというなら協力は惜しむ気はない。
「自分がどこまで力になれるか不明ですけど、必要とされるのなら…俺、頑張ります!」
「そう言ってくれて助かる……依頼の内容だが―――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「かぁぁーーーッ!!一仕事終えた後の“お風呂”は格別ね!!」
「魔物との戦闘で汚れたまま街まで戻るのって何気に憂鬱だったからねぇ」
「――ちょっとーッ!?いつまでグウタラしてるのよ!十分休んだなら早く外に行きなさいよッ!」
【アイテムボックス】の中で数十人の冒険者達がそれぞれ自由に過ごしている。
ある者は湯上りの髪を手櫛で整え、ある者は休息の為横になり、またある者達は魔物討伐へ出向く為に準備を始める。
「ほら、さっさと――【魔の森】攻略を再開するよ!」
――そう、今コナーが居るのは【魔の森】攻略戦の最前線…から数百メートルも離れていない危険地帯。
そこに【アイテムボックス】を展開し、魔物が入って来れない即席の安全地帯を作る事が、ギルドマスターの依頼だったのだ。
「……特殊個体の件で事態の収拾は急務。【魔の森】攻略で最前線に疲れを癒せる安全地帯を作る事が出来れば攻略速度も跳ね上げる事が出来る……って事でこの依頼を受けた訳だけど……」
『はッはぁッ!!この聖域がある限り、私達に負けはないわッ!!!』
『――イッテテテ、少しミスしちまった……だが、一々街まで戻らなくても十分休める場所があるってのは最高だな。水も食料もあるから攻略が楽になるし、何より身体が汚くなってもすぐに水浴び出来るのは格別だな』
『身体がスッキリすると、何故だか剣の腕も上がった気になるわね……お風呂効果かしら♪』
…依頼を受け、先程会ったミント達に護衛されながら【魔の森】へ赴くと、冒険者達は異様なテンションで俺を歓迎し、女性冒険者達は“早くシャンプーさせろ!”と言わんばかりの圧を掛けて来た。
で、良く話を聞いてみればギルドマスターの依頼とは、【魔の森】攻略に出ていた冒険者達(主に女性冒険者)が攻略から戻るたびに『シャンプー……頭がゴワゴワするー…』とギルドに文句をぶつけていたらしい。
そんな時に俺が街に戻ってきている事をヘーニア経由で知った人達が、特殊個体捜索に出ている間に『どうにか【魔の森】で頑張る自分達(主に女性冒険者達)の為に出張シャンプー(?)をしに来て欲しい』と嘆願されたらしい。
なので、建前としては『【魔の森】攻略を後押しする為の安全地帯設営』という理由だが、本質的には『戦闘で髪や身体が汚れたからお風呂が欲しい』という理由で俺への依頼が成されたらしい。
……いや、別に?冒険者達の安全性が上がるのは間違いないし、【魔の森】攻略ももう数日掛かりそうだった所を明日にでも完了できそうな程早まっているらしいので、良いんだけどね?なんかこう………釈然としないがっくり感というのかな?もう少し真面目な理由が良かったよ…。
『――ダメ元でギルドマスターにお願いしたら案外通る物ねぇ?おかげで【魔の森】攻略が捗る捗るぅ♪』
『……ヘーニアがギルド長にお願いしに行ったって話を聞きつけた他の冒険者が同じようにギルド長に嘆願しに向ったって聞いたから、多分その所為もある』
『あんまりコナー君みたいな子を危ない場所に連れてくるのはダメだと思うけど……お風呂の誘惑には勝てないわ…』
…って、ヘーニアが一番最初にお願いしてたのかいッ!




