魔の森の定義
「「「「かんぱーい!!」」」」
夜、ブラウの街の観光を終えた俺とルイは宿屋に戻り、仕事から帰って来ていたオレンス達と食事を取るべく宿屋に併設されたレストンランに来ていた。
「んぐッ…んぐッ……かぁッーー!!仕事終わりのエールはたまらねぇな!」
「親父臭いわよオレンス。もっと静かに飲みなさいよ」
「うっせぇな。静かに酒飲んで何が楽しいんだっての」
オレンスとエルダはお互いにガルルルッ!と睨み合いながらも食事の手は止めないし、ニルドレンとバッカスの2人もこの状況に呆れたように肩を竦めるだけで特に止めようとはしていないので、この2人の言い争いはよくある事なのだろう。
ルイもお酒の席は初めてのようで、俺の横で騒ぐ大人達を後目に黙々とレストランの料理に舌鼓をうっている。
「…バッカスさん達はお仕事終わったんですか?確か木材の調査がメインでしたよね?」
「ん、そうだね。元々この【ブラウの街】産の木材は取り扱ってはいたのだけど、品質と言うのは時代の流れで変わるものだからね。品質が落ちていないかの確認の為に来ていたが、特に問題はないようで良かったよ」
「へぇ……ニルドレンさんは?」
「こっちも特に問題はない……が、ちぃっとばかり気になる事を聞いたな」
「気になる事?」
オレンスとエルダの絡みを一旦無視し、話を2人に振ればニルドレンが少し難しい顔をしながらこう答える。
「ここら一帯は普通の魔物が住み着くのに適さない土地のはずなんだが…ここ最近ゴブリンやスライムなんかの弱い魔物がここいらでよく見かけるんだとよ。まぁこの街にも少なからず冒険者はいるんであんまり問題にはなってはねぇんだが、些か気になってよ」
「ゴブリンとスライム?俺達がここに来る時は見かけなかったですよね?」
ゴブリンは基本的にどの地域でも繁殖できる生体の為、飲み水である川や水辺が無いこの地域で見かけても『近くの場所から迷い込んだか?』と納得は出来るが、スライムは基本的に水辺の近くにしか生息出来ない魔物だ。
この世界のスライムは前世でのイメージ通り最弱の魔物と言ってもいい程弱く、身体の中に浮かぶ核を壊せば死ぬ魔物である。
繁殖法は正確に解明されていないが、水辺から離れると次第に身体が萎れていき、最後は干からびて死ぬ事が確認されている。
恐らくスライムは水分を定期的に摂取しなければ死んでしまう。そんな虚弱な生体なので、近くに水源の無いこの【ブラウの街】で見かける事などまずありえないからニルドレンはこの事を不思議がっているのだ。
ちなみに、海と隣接する漁業の街である我が故郷の【ブルスの街】の周辺ではよく出現していたらしいが、俺はそもそも魔物と戦う術がないので、見た事は無かったけど。
「ゴブリンだって住みつけないはずなのに、スライムまで…確かに変ですね?」
「―――それってズバリ、魔の森が生まれたんじゃないの?」
と、皆が着席しているテーブルの端に突っ伏した状態で寝かせていたフォルンが瞼を擦りながらそう発言する。
「魔の森…フォルン、それって昨日の魔物が出る樹海よりも危険って言う?」
「そう、昨日私達が逃げ帰ってきたただの魔物が出る樹海程度じゃない。魔物を生み出す新たな魔の森がこの辺に出来たんじゃないかなー?って」
魔の森……魔物がひしめき合い、昨日であったビッググリズリーの様な強力な魔物が多くいる森。
「そんなのがこの近くに……ん?皆さんどうしたんです?」
魔物が出る樹海であのデカい熊に襲われ、逃げる事しか出来なかったのに、その樹海より危険だという魔の森が近くに生まれたという話に眉をひそめていると、ふと周りのニルドレンさん達が変な顔でこちらを見てる事に気が付く。
「あ、いや……てっきりただの酔っぱらいのネェーちゃんが眠りこけてるのかと思ってたが……まさか知り合いだったのか」
「え?眠りこけてる……あぁー!フォルンの事ですか?言ってませんでしたっけ?今回の道中で護衛依頼を受けてる冒険者のフォルンと言う魔法使いです。一応俺の【アイテムボックス】の中で待機はしてたんですけど」
「「「え”ッ!?居たの!?」」」
紹介ついでにずっと同じ【アイテムボックス】の中で寝ていたのだと説明すれば、驚愕の声を上げる3人。
今の今までずっとオレンスといがみ合っていたエルダまで首をぐりんッ!と回転させてまでこちらに顔を向けて驚愕!と言った顔を見せていたので、余程驚いたらしい。
……いや、まぁ確かに、王都を出てすでに半日以上たっていて、途中の休憩時間にも顔を出していたかった事を考えれば確かに『居たの!?』と驚く気持ちはわかる。
流石に夕食は食べさせねばフォルンが餓死しかねないので、無理矢理【アイテムボックス】の中から引き釣り出してみんなが座るテーブルの端にうつ伏せ状態にさせていたが、知り合いとか以前にただの酔っぱらいがそこで突っ伏していると思われていたらしい。
「コナーの【アイテムボックス】が寝心地が良すぎる……アレは私の部屋だ」
「いや違うけど……と言うか魔の森って大丈夫なの?昨日のデカい熊みたいな魔物がわんさかいる場所が近くにあるなんて危険極まりないと思うんだけど…」
「あ、あぁ……もし仮に魔の森が本当に発生したのなら早急に対処せねばならない問題だ。急ぎ冒険者ギルドへ連絡を取ろう」
「まだ魔の森と確定した訳じゃねぇが、可能性は高い。まだ出来たばっかりなら核の破壊も可能かもだし、調べて損って事はないだろうからな」
そう言ってバッカスとニルドレンは酔いが冷めた顔でレストランを出て行き、この【ブラウの街】の冒険者ギルド支部へ向かって行った。
エルダとオレンスも流石に酒に酔っている雰囲気じゃなくなったと考えたのか、エルダは『ちょっと仕事場の様子を確認してくるわ』と離れ、オレンスは念の為いつでも出立出来るように馬車の確認をしにレストランを出て行ってしまう。
まだ確定事項でないにしろ、注意しておくに越したことはない。
俺もさっさと食事を済ませて、明日の準備をしておこうとルイとフォルンに声を掛けようとして、ふと疑問が浮かぶ。
「……あれ?フォルン、少し聞いてもいい?」
「んお?…もぐもぐ……なに?」
先程までの皆が話す魔の森について気になった事があった俺は、呑気に食事の残りを食べあさるフォルンに質問を投げかける。
「聞き間違いだったらごめんだけど、フォルンって【魔の森】を“魔物を生み出す”【新たな魔の森】って言わなかった?それにニルドレンさんの言っていた核って一体?」
【魔の森】とは、魔物が出る樹海よりも危険性の高い魔物達が多く生息する広大な樹海なのだと思っていたので、生み出すというワードに引っ掛かりを覚えた。
それに核……何かの隠語なのかもしれないが、聞き馴染みの無い単語は気になってしまう。
「おやっさんに聞いてなかったんだ?魔の森と魔物の出る樹海を明確に別ける基準は一つ。“核”の有無だよ」
「……って言うと“魔物の出る樹海”にその核があれば【魔の森】って呼ばれるって事?ならその核って…」
「簡単に言ったら…あむ………んぐッ……核は魔物を生み出す魔素の塊。核から生まれる魔物はその土地の植生なんかを無視した魔物がほぼ無尽蔵に湧き続ける。さっきの話に出て来たゴブリンやスライムなんかもねー。はぐ!」
そうか…皆が特に疑問を持たずに行動し始めたから聞きそびれたけど、確かにそれならゴブリンやスライムがこの水場などが一切無い【ブラウの街】周辺にいる理由も理解できる。
「もぐもぐ……そんで、その魔の森が生まれたてならまだ核から生まれた魔物も少ないし、強い魔物も育ってないはずだから早期発見して核を破壊しに行くのが推奨されてるんだよー」
「なるほど…だから皆さんすぐに冒険者ギルドへ連絡しに行ったんだ……という事はフォルンも手伝いに行くの?」
冒険者として緊急性の高い事象があれば、別の依頼に向かう事もあると聞いた事があるし、フォルンも行くのかと聞く。
「……え?なんで?私弱いし、寝てたいから他の冒険者に任せるよ。と言うか生まれたての魔の森だとしても私程度の戦力じゃ足を引っ張るだけだと思う」
「あれ?そうなの?」
「せめて昨日のビッググリズリーを一蹴出来るぐらいの冒険者とかじゃないと無理」
あのデカい熊を一蹴……え?そんな化け物みたいな人間居るの?
「…ちなみにフォルンが知ってる強い人ってどんな人がいるの?」
「んー?王都の冒険者ギルドのギルド長は直径5メートルの岩石をぶん投げてるの見た事あるけど…アレはただの脳筋の化け物」
……もし冒険者ギルドに用事があったとしても、ギルド長とは会わないようにしておこう……。
「……魔の森は強い冒険者達に任せて、俺達は自分達の安全を確保しながらガトラーに勤しもう…」
「私はおてて魔法以外は寝る!」
いや、おてて魔法って寝ながらでも魔法を撃つ方法だから結局全部寝てるじゃん!




