樹海脱出
「ご、ごめんなさい……こんな格好をしてるから勘違いさせちゃったかもだけど…一応恋愛対象は女性なのよね…」
「え、あ、ちがッ!そう言う意味じゃなくて、ビッググリズリーの鼻を誤魔化す為の作戦でですって!!俺達の臭いを追って来てるのなら、臭いの染みついた服を四方に設置して囮に使うんです!」
トンだ勘違いをアーデリアにされてしまったが、時間も差し迫っているので簡潔に作戦内容を伝える。
――囮…言うなれば、俺達の臭いを消す事が出来ないのなら、あえて追うべき臭いの数を増やしてやればいいんじゃないか?これならまだ可能性はあるだろうし、試す価値はある。
「そ、そうね?普通はそっちよね?…でもそれって私達が服を脱いだ所で私達の身体の臭いが消える訳じゃないから意味はないんじゃないかしら?囮の服を設置したところでその場所から立ち去っていく臭いを追われたら寧ろ設置時間分距離を詰められるわよ?」
「それについては考えがあります……まぁ効果があるかはわからないので一か八かにはなりますけど、やらないで後悔するより、やって後悔した方が気持ちが楽なんで」
「……やって後悔……それもそうよね。わかったわ!――よっ」
そう言うな否や、アーデリアは俺の後ろでいきなり服を…ってちょいちょい!?
「ア、アーデリアさん!?別に【アイテムボックス】の中で脱いで来てから渡してくれれば…」
「なによ?私の事は男だって知ってるでしょ?そんなの気にしてたらあっという間にビッググリズリーのお腹の中よ……んっしょ!」
確かに男だとはわかっているが、見た目はただの美少女。革製の上着を脱ぎ、如何にも女性用のシャツ……これは確かキャミソール?姿になったアーデリアはどこからどう見ても半裸の少女。…思い切りの良さは確かに男前さがにじみ出ているが、せめてもう少し見た目で男らしさを感じさせて欲しかった。
「っちょちょちょッ!?いや、下着は脱がないでいいですから!?流石に全裸はやめましょうって!?さっきまでアレだけ男ってバレるの嫌がってたじゃないですか!?」
「私は女装趣味の変態って思われるのが嫌なだけよ!さっきも言ったけど恋愛対象は女性のままだし、友人とかには『男だ』って伝えてるからね?……なにをそんなに照れてるのよ……私が男だって見破ったのは貴方からの癖に……別に女性扱いしなくていいわよ。それよりもほら、コナーさんも脱がないと意味が無いじゃない。早く脱いで……って馬の手綱を持ってちゃ脱げないかしら?」
「いやいや……俺はスキルのおかげで分かったようなものなんで……え、あぁ…すいません、少しだけ手綱を持っててもらっていいですか?すぐに脱いで…」
「いえ、そのまま貴方は手綱を握ってて。――私が脱がしてあげる」
「―――え”?」
アーデリアに手綱を持ってもらおうと腕を寄せた瞬間、背後から聞こえた不穏なセリフと、脇の下から両手をこちらに回してきたアーデリアの行動に思わず思考が停止する。
「はーい脱がすわよー」
「―――いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?」
……今の瞬間だけ『やって後悔する事』を選んでしまった数秒前の自分を殴り飛ばしたくなったのは秘密だ。
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「くぅ……ビッググリズリーめ……許さないぞ…!」
「そんな恥ずかしがる事じゃないでしょ?同性同士なんだから気にし過ぎよ」
同性の見た目をしてから言ってください……と言うかさっきまで女装がバレた事あれだけ嘆いてたのに何でこの人こんなに堂々としてるんだ?開き直りすぎでしょ…。
結局、俺は馬の手綱から手を放す事が出来ないまま、アーデリアに上着のみならずズボンまで抜き取られ、見事パンツ一丁の姿にまでされた。
いや、俺が考えた作戦だし、元々自分で脱ぐ気だったから問題はないんだけどさ?人に…それも見た目は美少女な人に脱がされるのは話が違うじゃない?なんだったら服を脱がされてる時に『身体細いわね……これならコナーさんも女装…』と変な品定めされた所為で妙な冷や汗までかいてしまった。
ちなみに、アーデリアは上は下着のキャミソール一枚。下はショートパンツのみの姿。(下はタイツを脱いだ後ショートパンツも脱ごうとしてたので、必死に止めた)
つまり、今の俺達の姿はパンツ一丁の男と『部屋着か…?』と思われる程薄着な美少女2人が馬に2人乗りして全力疾走している状況………いやぁ第三者に見られたらまず間違いなく【変態】のレッテルが張られること間違いないだろうな。
……というか、今さらだが【アイテムボックス】の中で待機しているゲルト達に服を提供してもらえばよかっただけなのでは?とうっすらと考えてしまったが、もうすでに脱いでしまった身なので、このまま作戦を決行する事にした。
「ふぅ……アーデリアさん、まずは近くの木に服を一枚一枚ひっかけていきます。ビッググリズリーとの距離も近づいてるので、手早く行きましょう」
「わかったわ」
恐らくビッググリズリーとの距離は500……いや300メートルも無いはずだ。木々が邪魔をしなければすでに俺達の姿を補足され、臭い云々の話が無意味になり、最終手段の【アイテムボックス】への避難しか手は残されてなかっただろう。
「…だからまだ俺達の姿を視認されていない今がチャンス!」
「―――コナーさん!全部別々の場所にひっかけたわよ!」
「よし!それじゃ――ルイ!!出来るだけ沢山お願い!!」
『わ、わかった!!”バブル”ッ!』
時間が足りず、間隔が10メートル間隔でしか服を設置出来なかったが、それで十分。
俺は【アイテムボックス】の≪ゲート≫を小さく出現させ、“おてて魔法”のフォルン手……ではなく、ルイを呼び、ルイの小さい手を外に出して勢いよく昨日使用した無味無臭の液体石鹸をそこら中にばらまいてもらう。
…そう、実はルイの生み出す液体石鹸は匂い付けのされた前世のシャンプーやボディソープの様ないい匂いはしない。
匂いがしないついでに消臭の力もあれば今の状況を簡単に抜け出す事も可能だったかもしれないが、無いものねだりはやめておこう。
だが、無臭であればやりようはある。
「頼むルイ。俺達の臭いの痕跡を出来るだけ覆い隠すように頼む!」
『うん!頑張る!』
臭いを追う。そんなのは鼻の良い獣の特権であり、俺達人間はまず真似できないし、臭いがどのように残っているのかも実体験が無いので想像がつかない。
だが、その臭いが俺達の身体から発生しているのだとすれば、汗や吐息、それに目には見えない皮脂などが地面に落ち、その臭いが空気中に残ってしまっているのだと仮定できる。
ならば、その臭いの元となる物に蓋をしてしまえばいい。それも無味無臭の臭いを通さない蓋で。
「……よし、ありがとうルイ!これだけやれば多分大丈夫!」
『ずっと休んでたから全然大丈夫!いつでも頼って!』
「……地面がテカテカしてるわね…」
服を設置した場所を中心にある程度大きな円を描くように散布された“バブル”は見事に地面を覆いつくし、足の踏み場もない状態だ。
「後は……これでッ!」
―――――ドガァァァァァァァンッッ!!!
「きゃッ!?」
俺は徐に、新たな≪ゲート≫からフォルンの手を取り出し(フォルン本人は当然睡眠中)、地面の液体石鹸を吹き飛ばさないよう少し離れた場所に“火魔法”をぶっ放す。
「けほッけほッ……この爆風で今の瞬間だけ空気中に霧散した臭いが吹き飛んだはず!これでビッググリズリーの鼻が服の方に吸い寄せられれば!」
どの道今の爆発でこの場所がバレたはずなので、すぐさま移動を開始する俺とアーデリア。
臭いの発生源が俺達以外に各所に設置した服の数だけ増えたのであれば、ビッググリズリーも混乱してくれる……はず。
「ここからは一か八かの賭けだね……急いで樹海を抜けるよ!ハッ!!!」
俺はビッググリズリーがこちらに向かってこない事を願って、馬を走らせるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「「「「「カンパーイ!!」」」」」
賭けには勝った。ビッググリズリーは俺達があの場から離れた後、数秒後にバカでかい破壊音と共に服が設置された場所に現れた。
だが、数舜俺達が逃げるタイミングが早かったおかげか俺達が視認される事は無く、ビッググリズリーも臭いを頼りに囮の服が引っかけられた木のある方へ向かって行ったようだ。
おかげで、何とか樹海を抜け出す事の出来た俺達は、未帰還者登録の回避と死亡者を出さずに済んだ事への祝勝会を上げる為、御者のおっさんが贔屓にしている飲み屋で酒を酌み交わしていた。
「んぐッ…んぐッ……ぷはぁぁー!…生き返るぜぇ!」
「……一時はどうなるかと思ったが、生きて帰れた事に感謝だな…」
「まぁ俺達は途中から【アイテムボックス】の中で隠れていただけだがな」
リードディヒ、ポート、ゲルト達3人は酒の煽りながらとてもご機嫌な様子。
「むにゃむにゃ……すぴー…」
「こらフォルン!貴女昨日から寝てばかりなんだからシャキッと起きなさい!ご飯が冷めちゃうでしょ!!」
「ご主人!これめっちゃうまい!王都ってこんなうまい物多いんだな!!」
女性陣……見た目女性陣は平均年齢が低い事もあって、全員酒は飲んでいない為酔いはしていないはずなのだが、何故かゲルト達より賑やかに騒いでいるのは何故だろう…?
ちなみに御者のおっさんは今、店主に話があるのか離席しているだけなので、不参加という訳じゃない。なんだったらこの祝勝会の費用も持ってくれてるめちゃくちゃ太っ腹さんだ。
「しかし、コナー君の【アイテムボックス】には心底驚かされたな……あれがあれば野営も宿探しも何も気にせずに済む」
「……魔物が入ってくる心配がない安全性を考えれば非常に貴重なスキルだな」
「いやぁでも、【時間停止】とか【自動収納】は付いていないので、商人を目指す場合はなんとも微妙な所なんですよね……だから行商と言うより、辻馬車…ガトラーの様な仕事をしようと見学に来た訳ですから」
ゲルト達は俺のスキルが優良だと言ってはくれるが、物を運ぶ為のスキルとして採点すれば100点中40点ぐらいの赤点回避ギリギリのラインだろう。
もちろん、人を運ぶ面に関してはこれ以上ない程優秀なスキルだとは思うが、港町出身で漁師の息子な俺にとっては魚介の鮮度を守る【時間停止】の力ぐらいは欲しかったと思ってしまう。
「コナーさんはいつ頃からガトラー?を始める予定なの?もしかして故郷の街に戻ってから開業するのかしら?」
馬車では無く、【アイテムボックス】の中に客を入れて運ぶ事をガトラーと呼ぶのだろうか?と疑問顔のアーデリアの質問に苦笑いしつつ、王都の滞在期間に開業準備を進めるつもりだと伝える。
「…ただ、まだ所有する馬が居ないので、王都にいる間はガトラーは出来ないと思います」
「…そう…それは残念だわ。あわよくば護衛として雇ってもらって、フォルンの面倒を頼もうかとも思ったけれど」
「あ、あはは……」
アーデリアの疲れた表情を見て『あ、本気だ』と乾いた笑い声が漏れる。
「―――馬か……なら俺が力になろうか?」
「え?おじさん?」
ぽん…といきなり肩に手が乗せられて後ろを振り向けば、離席していた御者のおっさんが俺に向かってそう声を掛けてきた。
ん?力になろうか…?




