逃げる男と……女?
「本当に大丈夫か?別に馬車の移動でも王都に戻れる可能性は全然あるんだし、安全を取って行動してもいいんだぞ?」
「大丈夫ですよゲルトさん。別に1人でも【アイテムボックス】には逃げ入る事が出来るんですから……最悪魔物に不意打ちを食らったとしても致命傷になる前に逃げ込む自身はありますから!」
「……それはそれで安心できる要素が無い気がするが…」
翌日、色々と頭を悩ませる出来事があったが、案外すんなりと眠る事が出来た俺は、昨日のうちからゲルト達と話し合っていた脱出作戦(俺が馬で走り抜ける作戦)を決行する為、ゲルト達の寝泊まりしていた最初の≪ダブル≫の部屋に集まっていた。
「…なら、1人くらいコナー君と一緒に馬に乗って魔物の索敵をする人が居てもいいんじゃないか?馬だって2人ぐらい乗せて走れるだろう?」
「そりゃ……いや、すまねぇ…その馬は元々乗馬用に育ててねぇし歳も結構いった老馬だ。あんま負担を掛けると走れねぇ可能性もあんだよ」
「かぁー!そうだった…基本ガトラーの馬車は老馬が多いんだっけか?」
馬に2人乗れればいいのでは?と言う提案に御者のおっさんが苦い顔で否定の言葉を上げる。
元々ガトラーは大きな商会などで長距離を走れなくなった馬が活躍する場として知られている。もちろん、若い馬を使ってるガトラーが居ないという訳では無いが、かなり少数の部類だろう。
おっさんも例にもれず、かなり歳を取った馬を利用していた為、大人2人を乗せて樹海を走らせるのは不可能と言う話らしい。
「まぁコナーの坊主はまだ成人したてでまだまだ小せぇから……体重の少なそうな嬢ちゃん連中なら一緒に乗っても問題は無さそうだが」
「はい?」
確かに、まだ体が出来上がってない俺とルイ……は危険すぎるので省くとして、フォルンなどが一緒に馬に乗るのであれば馬の負担は少なそうではある。
「えと……フォルンは……」
「……Zzz………」
「まぁ寝てるよね……と言うか昨日の時点で寝てるって公言してたしな…」
となると、必然的に残るは…。
「私?私は別に構わないけれど……」
「ふむ、アーデリアなら魔物の索敵も慣れているだろうし、ちょうどいいんじゃないか?コナー君が1人で行くよりは俺達も安心出来るしな」
残った体重の軽い女性陣はアーデリアのみ。ゲルトも俺を1人向かわせるよりはいいと賛成の声を上げ、その作戦で行こうと話を進める。
「私は馬に乗れないから、コナーさんには迷惑を掛けると思うけど……」
「だ、大丈夫ですよ?アーデリアさんは周りの警戒だけをしてくれれば問題ないんで……」
「そう…?」
うぅーん……これで男……ハッ!いや、今はそんな事考えてる場合じゃない!今は樹海を脱出する為に全力を注がなければ!
いかに、目の前の美少女が上目遣いで申し訳なさそうにこちらを見つめようと、シーフ職用の服装でショートパンツを履いて太ももを露出してようと、俺はそれを気にせず、自分のすべき事をするだけなのだ。
「大丈夫?なにか考え込んでるようだけど…?」
「アッ、いえ……何でもないです…」
……いや、どうやっても気にはなってしまうけども…。
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――――――――
――――――
「外には魔物の気配なし……よし行けッ」
「――はッ!!」
―――ヒヒィーンッ!!
時刻はまだ朝日が昇り切る前の早朝、俺とアーデリアは馬に騎乗しながら【アイテムボックス】の中から魔物達が蔓延る樹海へ駆け出す。
「……ビッググリズリーは……近くにはいない!一直線に樹海を出るルートを走ろう!」
「ええ!一応茂みに魔物が居ないか気を付けるけど、発見が遅れたらごめんなさい!」
「了解!」
朝日がまだ昇り切っていない影響で樹海の中がまだほんのりと薄暗い状況の中、馬を走らせる俺と、その俺の腰に捕まりながら周りを警戒するアーデリア。
どうやら魔物達も朝方は眠っている方が多いらしく、馬を走らせ始めて暫くは魔物の姿形は一切見つからない。
……いや、もしかすれば、昨日のビッググリズリーの影響で弱い魔物達はこのあたりにはいないのかも知れないが…。
「……ねぇ、少し聞いてもいいかしら?」
「は、はい?どうしました?」
辺りを警戒しつつ馬を走らせていると、背後から何か気になった事でもあったのかアーデリアが声を掛けてくる。
アーデリアとはそこまで長い付き合いではないが、根が真面目なのはこの2日間でよくわかっているだけに、このいつ魔物達に襲われるかわからないという状況で世間話を始めるようなタイプには見えない。
俺は『どうしたんだろう?』と若干の違和感を感じ、チラリと後ろを確認すれば、アーデリアはこちらを見ておらず、辺りを警戒したまま自然な表情で口を開いていた。
「……コナーさん……なんか朝から微妙に距離を感じるのだけれど…何かあったのかしら?さっき私が馬に同乗すると決まった時は妙な視線を感じたけれど」
「うぇッ!?」
あッ!?、しまった…もしかして自分でも気が付かない内に態度に出てたか?
昨日の夜に知ってしまった驚くべき情報に脳で整理が追い付かず、何となく朝からアーデリアの事を気にしていたのは否定できないが、自分的には思考がバレない様に普通に接したつもりだったので、そこを突っ込まれるとは思わなかった。
「私の勘違いだったらごめんなさい。でも気になってしまって」
「あぁー…いや、これは俺が悪いんで逆に申し訳ない……別に隠すような事じゃないですし、今は2人なのできちんと伝えた方がいいですね…実は―――」
俺のスキルで不可抗力的にアーデリアの秘密を知ってしまったのは申し訳ないが、別に周りの人に吹聴する気はないし、アーデリア本人も別に絶対に隠しきりたい秘密とは思っていない可能性もある。
折角、今はアーデリアと二人きりなのだし、確認と知ってしまった事の謝罪を含めて俺は昨日の出来事をアーデリアに全て開示する。
「―――って感じで勝手にアーデリアさんが男性だって知っちゃったから驚いてたんだ。すいません」
「そうなの…通りで様子が可笑しいと思ったわ」
後ろから聞こえてくるアーデリア声は淡々としていて、男性だと知られた事によるショックなどは感じられない。やはりアーデリアも特別隠していた訳でもなかったようだ。
「それならそうと早く言ってくれればいいのに、変に考えてしまったわ……他の誰にも伝えては無いのでしょう?」
「アハハ…一応他の人に聞かれちゃダメな話題かな?って……そうですね、誰にも言ってないですよ」
すべて話して胸につっかえていた物が取れたような気分の俺は、自然な笑顔を浮かべながらそう返す。
……さっきまで辺りの警戒の為にこちらを見ていなかったアーデリアの遠くから聞こえるような声が、何故か今は耳元で喋りかけられている程声が近かった事に気が付かずに…。
「うふふ……そう…―――ならコナーさんを殺せば永遠にバレる事はないのね?」
「え…」
アーデリアの発言で何かおかしいぞ?と気が付いた俺は、後ろを振り向けば目のハイライトが消え、こちらを真っ直ぐと見つめ、全く男には見えない微笑みを浮かべて両手をこちらに伸ばしてくる。
「貴方はッ!!魔物に殺された事にするわ!安心しなさぁぁぁぁぁーーいッ!!!!」
「あ、ちょッ!?ぐふッ!?絞まってる!!じまって…るッ!?」
後ろから首を思いっきり締め上げられ、自暴自棄になったアーデリアは今ここが樹海という事を忘れたのか忘れていないのかわからない程大声をあげ、馬の上で暴れまわる。
「ごふ……ご、ごめんアーデリア…さん!ちゃんと…秘密にするからぁーッ!」
「アハハハハッ!!秘密にするって何をですか!?私が変態女装野郎の腐れ外道だってことですかあ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁ!!」
いや、そこまで言ってないし、思ってない…。
俺は何とか泣き喚くアーデリアを落ち着かせようと声を掛けるが、あまり効果は無さそうだ。
「あふ……ど、どうしよう…?…ッ!?」
――――ガァァァァァァッ!!!!
「…ッ!?今のは……」
どうしようか…と首が絞まっている影響で落ち着いて考え事をしていると、流石に騒ぎ過ぎたのか、森の奥から魔物……いや、奴の咆哮が俺の耳に届く。
「アーデリアさん……うッ…く…アーデリアさん!!ビッググリズリーが来るッ!」
「今までバレなかったのにぃぃ………うぇ??ビッググリ……ハッ!!」
進行方向とは逆、恐らく先程まで俺達が通って来た道にビッググリズリーが来ていたのか、後方からビッググリズリーと思わしく咆哮と木々を薙ぎ倒すような音が迫ってくるのを聞いて、流石のアーデリアも緊急事態と瞬時に理解したのかすぐさま目に浮かんだ涙を拭い冷静さを取り戻す。
……って、ガチ泣きしてたんかこの人…。
「ご、ごめんなさい……私の所為で…」
「いえ、俺も今話す事じゃなかったと思うので……ハッ!!」
ともかく、今は一秒でも早くビッググリズリーから距離を取るのが先決だと判断した俺は、馬の横腹を蹴り、速度を上げつつ後ろの様子を確認する。
「……まだ遠い…けど、スピードは向こうの方が上だろうし、後数分もすれば追い付かれるね…」
「樹海の出口まではもう少しなのに……【アイテムボックス】に隠れる?」
「……安全を取るならそうするしかないけど、出来るなら今日中には王都に戻っておきたいかな…ゲルトさん達の言ってた未帰還者登録の件もあるけど、俺だって何も言わずに外泊してるようなものだから早めに戻りたいしね」
まぁメルメス達は俺が【アイテムボックス】を持っている事は知っているのでそこまで心配はしないだろうが、何も連絡せずに外泊し続けるのは普通に失礼な事に変わらないので、出来る事なら俺も早く王都に戻りたい。
ならばこの現状を出来るだけ【アイテムボックス】に頼らず切り抜ける方法を模索しなければならないのだが……ぶっちゃけ何も思いつかない。
「フォルンのおてて魔法……【火魔法】を使って遊撃…もしくはビッググリズリーの進行方向を炎の海化?いや、フォルンの魔法はどちらかと言えば延焼より爆発がメインの魔法っぽいし、折角の障害物になってくれてる木々を消し飛ばすぐらいなら使わない方がいい……ぐぬぬ…どうにかビッググリズリーの足を遅らせる方法はないのかぁ…?」
今は出来るだけビッググリズリーの巨体が通り辛そうな木々が生い茂っているルートを進み、ビッググリズリーの足を出来るだけ遅らせようとしているが、後方から聞こえる木々の薙ぎ倒される音を聞くに、あまり役には立っていないっぽい。
他には何も無いのか…?と脳裏に【アイテムボックス】への避難が過ぎった時、後ろで静かに辺りを見渡して何かを観察していたアーデリアが声を上げる。
「…臭いです!恐らくビッググリズリーは私達の匂いを追って来てます!」
「え、に、臭い?」
臭いを追っている……その言葉は何となく理解出来るが、アーデリアが何を言いたいのかはさっぱりと分からない。
「今私達を追いかけているビッググリズリーは私達のいる場所に向かって真っすぐ進んでない、私達の通ったルートをなぞる様に追いかけて来てる。多分最初に私の大声を聞いた以外はその匂いを目印に追って来てるみたい……昨日の≪ゲート≫の前で居座っていたのも臭いが途切れた場所を正確に認識していたと仮定すれば、あれだけ長時間居座ったのにも説明がつくわ」
…確かに、昨日のビッググリズリーの行動には妙に引っ掛かる部分はある。数時間も同じ場所をぐるぐると歩きながら、正確に≪ゲート≫の出現場所へと戻って来ていた。
俺はてっきり強い魔物なのだし、俺達が消えた時の場所を視認でしっかりと記憶し、ずっと消えた場所を覚えていたのだと思ったが……言われてみれば魔物とはいえ動物。嗅覚が優れていると考える方が自然。
だとすれば、今俺達を追って来ているビッググリズリーも“嗅覚”を頼りにまだ視認できていない俺達を追って来ているのだろう。
「……って事は、臭いをどうにかすればアイツを撒ける?…って、どうやってアーデリアさんはまだ見えていないビッググリズリーの通ってるルートがわかるの??」
「スキルの応用よ。詳細に関しては今話す事じゃないし、またの機会にね……それよりも」
――――ベキベキベキィィィッ!!!
『ぐあぁぁぁぁぁぁッ!!!』
「そろそろ追い付かれる……早く対策しなきゃ昨日と同じく野営になるわね」
先程よりも距離が縮まったのか、後方からかなり大きく聞こえた木々の折れる音と魔物の咆哮にアーデリアは真剣な表情になりつつ、そう言葉を発した。
確かに、もし仮に臭いで俺達を追って来ているのだとすれば、今ビッググリズリーに視認されていない状況で【アイテムボックス】に逃げ込もうが、臭いの途切れた≪ゲート≫の出現場所はバレてしまう。
そうなれば昨日と同様に丸一日外に出られない状況になってしまう。
ならば今ここで取れる選択肢は3つ。
1・敵と真正面から対峙し、討伐する。…もちろん却下だな。
2・【アイテムボックス】に逃げ込み、明日安全に逃げる。これは保留案。
3・臭いをどうにかし、魔物の追跡を振り切る。…願望ではこれがベスト。
「臭いとかどうすれば……あ」
そこで俺は、根本的に考える方向性が間違っている事に気が付き、ある作戦を思いつく。
「アーデリアさん!」
「な、なに!?何か思いついたの!?」
「服を脱いでくれませんかッ!?」
「…………………えッ!?………」




