魔物の出る“樹海”
「ふぁあぁぁぁ~~………ねむ……ん?誰?」
「……おはよう……えっと、俺はただの同乗者のコナーだけど」
「同乗者……あぁ、そっか。この馬車外行きガトラー…だっけ?」
王都を出発して約1時間、魔物が生息する樹海にもうすぐ到着するぞと言うタイミングでようやくご起床の魔女っ娘フォルン。
俺が自己紹介する前に寝ていたので、名前を知らないのは理解出来るがもしやこの子、自分が何でこのガトラーに乗車しているのかまで忘れていたのだろうか?
「…あ!ようやく起きたのね?起きたのならまずそのコナーさんにきちんと謝りなさいよ?ずっと肩を借りてた上に服まで汚したんだから」
「ん?……あぁごめん」
アーデリアの注意に疑問符を浮かべていたフォルンだったが、今の今まで枕にしていた俺の肩を見れば、如何にも涎の後と思わしき染みが服についており、自分の仕業なのだと理解したフォルンが素直に謝罪し、申し訳程度に涎を拭おうと腕でグイグイと拭いてくる。
「あはは、いいですよ。別に怒ってないですし……寝不足ですか?」
「…敬語じゃなくていい…歳はそんなに変わらないはず。寝不足というか、私は出来るだけ寝ていた方がいいの」
「そう?ならため口で喋らせてもらうけど……寝ていた方がいいってどういう意味?」
事前に、これまでの道中でアーデリアは17歳でフォルンは16歳と比較的年齢は近い事は知っていたので、フォルンの言葉を受け入れため口で話させてもらうが、その後に続いた言葉に疑問が浮かぶ。
寝ていた方がいい?それも“出来るだけ”という事は何か事情があるのだろうか?
「私のスキルは【火魔法】…そして、そのスキルの特性で魔力の回復条件が私の場合“睡眠”が効果的……つまり、私は眠れば眠る程魔力が回復する体質」
「あぁ…なるほど。だから出来るだけ寝ていた方がいいって言い方を」
実家で家業の漁師を手伝う一番上の兄であるベルフも【風魔法】も時間経過で魔力を回復し、睡眠時は気持ち回復速度が上がると言っていたのを覚えている。
恐らくフォルンはその睡眠で回復する魔力の値が大きいタイプの人間なのだろうと納得する。
「……コナーさん、そのバカ娘の言う事は真に受けないでください。回復が“早い”体質なのはその通りですが、そもそもまだ魔法の一つも使っていない状況で寝る意味なんて一切ありませんから。そのバカ娘はただ単純に魔力回復を睡眠の免罪符にしてるだけですよ」
「……えへへ」
……一切に否定を入れない所を見るに、フォルンも寝る為の理由付けで話をしていた確信犯らしく、おどける様に舌を出して『バラされちゃった♪』みたいな表情を浮かべる。
「たくっ……ほら!もう樹海は目の前なんだからあんたも準備しなさい!私達は冒険者パーティーとして乗せてもらってるんだから!」
「へぇぇい……」
そう言ってアーデリアは未だ眠気眼のフォルンを引きずって馬車の後ろ側に連れて行き、防具やら武器やらの準備に離れる。
俺は特にする事は無いが、念の為すぐに【アイテムボックス】へ逃げ隠れれるように心の準備だけしておくのだった。
……ついでに皆が見ていない内に肩が涎まみれの服を着替えておこう…。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ゴブリンはこっちで片付けるッ!リードとアーデリアは周囲の警戒を頼む!」
「左からビックビーが来てます!フォルン!」
「ふあぁぁ~……“ファイアぁボール~”」
魔物が出る樹海と言われてる森に入って大体30分程、森を抜けるには大体1時間ぐらいいつも掛かると事前に御者のおっさんに聞いていたので、ちょうど中間ぐらいの地点であろうか?
魔物は多く、1,2分馬車を進めればまず間違いなく何かしらの魔物とエンカウントするような場所で、今もゴブリンの小さい群れと戦闘中に、体長がおよそ30センチはありそうなデカい蜂の魔物が馬車の左方向から数匹襲撃してくる。
――――ボォォォンッッ!!!
「よし。ビックビーは殲滅!おじさん!今のうちに進めて!」
「任せな!ハッ!」
そして、意外な事に魔物が集団で襲ってきた時に一番活躍しているのが先程まで俺の肩を涎で濡らしていたフォルンなのだ。
どうやらフォルンの【火魔法】は比較的広範囲に火の爆発を起こす“ファイアボール”が武器のようで、先程から魔物の群れに囲まれそうになる度にフォルンの腑抜けた掛け声と共に思わず耳を押さえたくなる程の爆発音が辺りに響き渡るのだ。
当の本人は眠たげに『もう寝ていい…?』と欠伸をしながら馬車の上で愚痴を漏らしているが、保護者のアーデリアが馬車の外から『黙って働きなさいこのバカ!』とシャットアウトされ、渋々と魔法発動のの為、馬車の外へ手を伸ばしていたのは少し笑った。
「……前方にトレントが居やがるな…おやっさん、もう少し左側に進路を変えれないか?」
「そっちは森の奥だ。今も魔物を迂回する為に若干森に入りすぎてる……これ以上奥に行けば強力な魔物が出てきちまうぞ」
「う、それはそうか……だが大木が少なく馬車も通れそうな迂回路はそっちだけ……トレントか未知の強力な魔物の2択ならトレントだな…」
今さらだが、今俺達が通ってる樹海の名前は特についておらず、ただ単に魔物が出る樹海として【魔物の出る樹海】として呼ばれている。
個人的に【魔の森】や【魔樹海】的な名前を付けないのかと思ったが、実は【魔の森】という場所はすでに存在しているらしく、そこに比べればこの樹海などただの森と変わらない為、名前など付けられすらしていないのだとか。
ちなみに御者のおっさんが言うにはここからはるか遠くの場所には【魔の森】以上に危険な場所として【魔界】なる場所もあるにはあるらしいのだが、まず人が入れないし、寧ろ入った事もないので、実際にその【魔界】があるのかすら不明だとか?
……なら何故そんな噂があるのだろうか?と疑問が浮かんだが、大昔に【魔眼】のスキルを授かった人間が“千里眼”の能力でそこを見つけたらしい……が、そのままその【魔眼】持ちは塵となって死亡したのだという。
確証はないが、その【魔界】には見ただけで人を死なせる恐ろしい魔物が生息しているという事なのだろうと当時の人達は結論付け、人が入り込めぬ世界として【魔界】と名付けたという。
閑話休題
何が言いたいかと言えば、その【魔の森】然り、今俺達の居る魔物の出る樹海も魔物達が生活するいわば縄張り。
となれば魔物達の生態系の法則として、強い生き物から“いい縄張り”を持つのが道理。
つまり“樹海の中心に行けば行くほど魔物が強くなる”という事他ならない。
今俺達が通ってる魔物の出る樹海もより奥地に行けば強力な魔物が巣食っており、ゲルト達はその魔物達を刺激し、こちらで対処出来ない魔物に襲われるのを嫌っているという訳だ。
「トレントに物理攻撃は有効打にならない。出来ればフォルンの【火魔法】で一網打尽にしたいが…」
「すぴぃー……すぴー……」
「隙を見て寝るなッ!!」
―――ゴスッ!!
いつの間にか馬車の上で静かに寝息を立てていたフォルンの頭にアーデリアの鉄拳が鈍い音を立て炸裂する。
先程までは眠そうにはしていたが、きちんと目を開いて周囲の警戒をしていたはずなのに……どんだけ寝たがり何だこの子は…。
「ほら!さっさとあそこにいるトレントの群れをやっつけなさい!」
「…いたたた……うぅぅ…痛みと眠気で目が開けない……どっちー?」
涙目を浮かべ、碌に瞼を開かずにあっちへこっちへと見当違いの方向に手のひらを向け、適当な方向に魔法を放とうとする。
「ちょちょ!?そっちは逆……ほらこっちだよ」
「おぉ~ありがとー……“ファイアボール”」
「いえい…え?あ、ちょ!?――」
一瞬、馬車を引く馬に向けて魔法を放ちそうになるのを見て、ついフォルンの手を取って無理矢理魔物のいる方向に強制させる。
フォルンも目を開けずに俺にお礼を告げ、そのまま魔法を発動させる。
………そのまま目を開かずに。
――――ボォォォンッッ!!!
『『『『ピキャァァァァァァッ』』』』
トレントの群れへとまっすぐと飛んで行った火球は、数多くのトレント達を焼き飛ばす事に成功したようで、トレントの叫びらしき甲高い悲鳴が森に響き渡る。
一応、俺としてもトレント達が居る場所に向けてフォルンの手を向けさせはしたが、まさか自分の目で確認もせずに魔法を発動するとは思わず、かなり肝を冷やした。
もし、俺がズラした射線上に誰かいたとしたらかなりの大惨事だった可能性もあるので、うまい具合にトレントにしか当たらない軌道で良かったと安堵のため息を漏らす。
「この……アホボケ娘ぇぇぇぇぇぇッ!!!」
だが当然ではあるが、そんないきなりの暴挙を保護者役のアーデリアが見逃すわけも無く、フォルンの頭には綺麗なたんこぶが2つも出来上がったのは言うまでも無いだろう。
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フォルンのお説教もそこそこに、馬車を進めるガトラー一行は、順調に樹海を進んでいき、後10分ほどで森を抜けられる場所まで進んでいた。
冒険者達は流石に疲労の色が濃くなって来ており、集中力が無くなってきているらしく、防具のあちこちに魔物の攻撃が掠ったような傷が目立つ。
「ふぁぁ~……はふぅ……“ファイアぁ…ふぉ~ル”」
……訂正、若干一名は元々集中力が欠如していながら、後方からの魔法攻撃主体故に傷一つ無い人物がいたが、そちらは例外として数えよう。(寧ろ、魔物から受けた傷より、魔法の爆風によって煤こけた痕の方が多い気が…?)
「よし、そろそろ樹海を出るぞ。そこまでの辛抱だ」
「あぁつっかれたぁ…早く汗流したいぜ」
「……返り血がすごいな…盾と防具のメンテナンスをしなければな」
「……はぁ…全く、これだからあの子は……ブツブツブツ」
皆の話す内容に違いはあれど、皆一様に願うのは“一刻も早く樹海を出たい”その一点。
心なしか御者のおっさんも疲れた顔をしているので、慣れていると言ってもやはり魔物達との戦闘は見ていて落ち着くものではないという事だろう。
『――――――』
「……ッ!?…後ろから魔物の群れッ!」
―――そんな俺達一行の空気が『あと少しだ』とわずかに気が緩み、足取りが軽くなった時。馬車の後方……つまりは今まで俺達が通って来た方向から魔物の足音が多数近づいてくるのをシーフのアーデリアが察知した。
「後ろだと……おやっさん!急いで!」
「あいよッ!ハッ!!」
前方から魔物が襲ってくるのであれば回避なり反撃などをするが、後方から俺達を追うように魔物が向かってきているのならただ逃げればいい。
御者のおっさんもそれがわかっているので、すぐさま馬車のスピードをあげるが、後方に警戒していたアーデリアが再び声を上げる。
「駄目です!魔物はウルフ系で馬車に追い付かれます!他にもいるみたいですが……すいません、ここからじゃなんとも…」
「くそ、面倒なタイミングで来たもんだ……おやっさん!あの開けた場所で馬車を停めてくれ!俺達が出迎える!」
些か気が緩んでいたタイミングで後方からの襲撃になんとも嫌な空気を感じる一行だったが、やる事は変わらないと、魔物達を出迎える為に馬車が止まったタイミングで皆が馬車から飛び降りる。
「ウルフ系の魔物は早さと連携が面倒だ!リードと俺は各個撃破狙いでアーデリアとポートは馬車に魔物を近づけさせない様にしながら辺りの警戒、フォルンは別の魔物が来た時にポート達と一緒に魔法でアタッカー役をしてくれ!」
「「「「了解ッ」」」」
流石年長のゲルト。落ち着いて周りに指示を出す姿に何ともいえぬ貫禄の様な物を感じる。
俺は念の為すぐにでも【アイテムボックス】を開ける様に心の準備をしながら、魔物の群れを迎え撃ちに行くゲルト達を応援するのだった。
…ちなみにこの時、返事の数が足りてなかった事や馬車の上で『すぴー…すぴー…』と小さな寝息を立てている事に気が付いていれば、後の混乱を避けれたのかもしれないが……元々返事を返すようなタイプでも無かったので、華麗にスルーされていたのはご愛敬。




