第37話 船旅は大変
そのまましばらく甲板で話を続けていたところ、なんとアリーシャがダウンした。
どうやら初めての船で酔ったらしい。
まぁそこまで酷くは無いし、一旦部屋に戻って様子を見るとしよう。
なんか久しぶりに情けない所を見たな。
そういえばコイツはポンコツだった。
「船なんてこれから先どれだけ乗るかも分かんないぞ。さっさと慣れろ」
「うぅ……頑張る……」
全く。これはちゃんと真面目な話だぞ。
もし万が一があった時、酔ってて戦えません動けませんじゃ大変だ。
不規則で大きな揺れだから仕方ない気もするけど、早急に慣れてもらわなきゃ困る。
「お前は全然平気そうだな。船の経験は?」
「無い。俺も初めてだ」
流れで付いてきたルークはピンピンしている。
酔ってグダグダになるならコイツの方かと思ったんだけどな。
ちょっと予想外だ。鈍感なのかもしれない。
「ていうか、そもそも何処の生まれなんだ?」
ついでだから聞いてみよう。
船が初めてならセルフィアスかその隣の――
「ファルエスだよ。南のライラって街」
「あそこか……なるほどね」
ファルエス共和国――セルフィアスの西にある国、地続きのお隣さんだな。
特に後ろ暗い事も無く関係は良好だろう。実際交流も多い。
各街の代表達が集まって国の運営をしていて、その中心となる街はそのまま中央と呼ばれている。
けどまぁ、詳しい話はいいか。行先と反対方向の国の話を今したって仕方ない。
しかしライラか……ならあの時の子供だったんだな。
出身を聞いてようやく思い出せた。
「知ってんのかよ」
「あぁ、まぁ……色々聞いてるからね。弟君は元気?」
「マジで知ってんのかよっ!?」
「今思い出した」
魔物の群れが街に向かってきて、門周辺に居た人達が大騒ぎで避難した。
しかし避難出来ずに隠れていた子供が2人襲われてしまった。
そんな事件だったな。
親とはぐれたのかは知らんけど、避難する人の波から外れた上に転んだのか弟が足を怪我していた。
動けないし戦闘が始まりそうだから、体を晒している方が危ない……とか考えたんだろうな。
目に付く所に居れば早々に助けられただろうに、下手に隠れてしまったから襲われるまで誰も気付かなかった。
だけどその判断は責められない。
なんせあれは15年くらい前の話だ。なら当時のルークは精々が5歳程度、弟は更に幼かったのだから。
そういえば、震えながらも必死に弟を背に庇っていたな。
中々に気丈な子供だなと感心したものだ。
うん。聞いてようやくとは言え、これだけ思い出せたなら上等だろう。
「さいですか。まぁ、弟は元気だよ。俺の代わりに家を継ごうと頑張ってる。いやー、あの時は本当に――」
「それ以上は別に語らなくて良い。聞くなんて言ってないぞ」
「さいですか……」
何故か語り始めたから止めた。
門に居た理由とか、巻き込まれた事情に興味が無い訳じゃない。
でも今は要らない。
「うぅ……おぇっ」
「ほら、アリーシャもお前の話より吐く方が大事そうだ」
「それは違うと思う」
話が途切れると同時、呻いていたアリーシャが口を押さえて嘔吐いた。
短時間で酷くなったな。ダメだこりゃ。
「おいアリーシャ、吐くならトイレか窓の外にしろ。こんな狭い部屋で吐くなよ?」
とりあえず、ここで吐くのは絶対に阻止せねば。
耐えられてる内にどっか行けと言いたいけど、それは流石に可哀想だ。
「お前本当にヒデェな。心配くらいしてやれよ」
「してるとも。けどまぁ、そうだな……薬くらい飲ませてやるか」
「あるのかよ……なんで出し惜しみしてんだ」
だって飲まなくて良いならそれに越した事は無いじゃないか。
と言う訳でバッグを漁る。
薬――魔法薬とは様々な効果を齎す奥深い物。
酔い覚ましから解毒、治療、果ては人体を変質させる不思議な効果までとにかく色々だ。
医者とはまた別に薬師が調合するんだけど、かなり複雑で私にはさっぱり分からない。
なんせそこらの薬草どころか魔法生物も素材にする。
最早どれ程の数の素材を扱うのかさえ分からない程膨大だ。
それらをこれまた様々な工程を経て組み合わせるのだから、専門に学ばなければ理解出来る訳が無い。
「えーっと……どれだ。これじゃない……これでもない……」
「いや多いな。どんだけ薬持ってんだ」
「一々うるさい奴だな。黙って眺めてろ」
「へいへい……」
次々に瓶を出して確認していく。
私は一般的に考えられる様々な状況を想定して、薬を多めに持っているのだ。
魔法薬の容器は掌サイズの小さな瓶だけど、それでも数があるとかなり嵩張る。
これも自分の荷物が少ないからこそ持てる訳だな。
それでも同じ物は精々が2つまでだ。割れたら大変だし。
そしてこれらは全てアリーシャの為に用意してある。
心配してないなんてとんでもない。
「あった、これだ。ほらアリーシャ、飲め」
「うぅ……ありがとう……」
ようやく酔い覚ましの薬を発見。
アリーシャが横になっているベッドにポイっと軽く投げてやる。
するとモゾモゾと体を起こして、瓶を開けてグイっといった。
「おぇっ、不味っ……」
「美味い薬があるか」
そして今まで以上に吐きそうな顔をして嘔吐いた。
吐き気を抑えたいから薬を飲むのに、その所為で吐きそうになるとか馬鹿みたいだな。
でもこれは仕方ない。魔法薬は色んな素材を使うから大抵は最悪な味になる。
そもそも味を良くしようと余計な物を入れると効果が変わってしまう……らしい。
だから口に入れて良い物なのか分からない様な薬なんて珍しくもない。
薬なのに体が拒絶するとかいう、本末転倒な物もあるくらいだ。
「薬は本っ当にキツイよな……」
ルークが並んだ瓶を手に取って顔を顰めた。
全くだ。この体になって一番嬉しい事は、クソ不味い薬の殆どが要らなくなった事と言っても過言では無い。
そう、今の私には大抵の薬は必要無いし効果も無い。
そしてどんな毒も同じく効かない。
正確には、ちょっとだけ効くけど放って置けばすぐ治る……って感じだ。
「他にどんな物を持ってるんだ?」
「いや、特に大した物は……って、おい馬鹿やめろ」
「痛っ」
瓶を置いたと思ったら、今度は私のバッグを開けようとしたから手を叩き落とした。
いきなりとんでもない事するな、コイツ。びっくりした。
「そっちは私の下着が入ってるんだぞ、変態」
「げっ……ごめん」
なんでピンポイントでそこに手を伸ばしちゃうのかね。
他なら別に構わないと言いたい所だけど、ここはちゃんと怒っておこうか。
「女の子の荷物を勝手に漁るな。だから童貞なんだお前は」
「本当にごめんだけどそれは関係無いだろっ!? ていうか何回も言うな!」
あるだろ。全く、私だからまだ良いものの……いや、子供相手だから気にしなかったのかもしれない。
どっちにしろアウトだけどな。
ていうか下品な言葉は控えようとしてたのに、もう言ってしまった。
いや、まぁいい。とりあえず罰を与えなければ。
「よし、罰としてこの薬の中で一番不味い奴を飲ませてやろう」
「勘弁してくれ……」
しない。
さーて、あの薬はどれだったかな……




