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とある竜の恋の詩  作者: 桜寝子
第3章
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第36話 出航

 海。陸地でさえ人の手は全く届き切っていないのだから、それ以上に広い海なんて未知だらけだ。

 つまり簡単に言えば危険だと言う事。海自体もそうだけど、なによりも水棲の魔物や魔法生物が居る。

 船旅なんてハッキリ言って死と隣り合わせだ。


 もしなんの準備も無しに海に落ちたなら、どんな実力者でもただでは済まない。

 人間が水中で戦うなんて普通は出来ないし、装備の重さで沈まない様にどうにか頑張るだけで精一杯だろう。

 どれだけ身体能力を上げたとて、水棲生物と比べたら高が知れてる。


 それでも水中で活動出来る様にする手段はあるにはあるけど、アレは使い勝手が悪過ぎる。

 だから準備が出来てる場面なんてまず無いと言っていい。

 


 とは言え、当たり前だけど安全が確認されている航路しか使わない。

 そこら中に敵がひしめき合っている訳が無いのだから、安全な海域だってある。

 相当な異常事態が無ければ問題は無いだろう。


 いや、フリじゃないぞ。

 今回は半日程の時間が掛かるが、本当に問題は無い。

 国と国を行き来する航路でそう簡単に問題が起きて堪るか。





「はぁ~、やっと乗れたね」


「あぁ。予想はしてたけど、運が悪かったな」


 王都を出て街道を進み、多少の戦闘を挟みつつ港へ到着したのが2日前の事。

 しかし肝心の船はその日の朝に出航したばかりで、次の予定まで待つ必要があった。


 何故なら、旅人や商団向けの大型の船に乗らなきゃならないからだ。

 船に乗る度に馬とさようならはしていられないしな。

 まぁ大抵の商団は海を渡らずに港で仕入れて運ぶんだけど……


 ともかく、その船は常に行き交っている訳じゃない。むしろ少ない方だ。

 こうなる事が有り得るからこそ、王都をさっさと出た訳だな。


 まぁ2日程度なら予想の範疇だから構わない。

 その為の路銀だし、そんな事情から多少宿代も気を利かせてくれたしな。




「そろそろ出航だ。部屋に籠ってたって面白く無いし、せっかくだから甲板に出ようか」


「あ、うん。そうだね」


 ひとまず荷物は部屋に置いたし、適当に歩いてみよう。

 アリーシャは初めての船で新鮮だろうからな。


 そうして一旦甲板に出てみると――


「「あっ……」」


 なんだか見覚えのある赤い頭の男と鉢合わせた。

 本当に追い掛けて来たのかコイツ。


「なんでこの船に……とっくに出発してたんじゃ?」


 なんではこっちのセリフだ。

 追い掛けると宣言してはいたけど、もう居るとはね。


 そもそも何処で私達の出発を……そういえば騎士団本部に居た気がするな。

 何をしていたのかは知らんけど、レイナードから聞いたのかもしれない。


「出航まで2日も待ったんだよ。もしかして着いたばかりか?」


「ああ。ついさっき来て、丁度船が出る所だって言うから急いで乗った」


 なるほど。私達が宿に泊まってる間に追い付かれたか。


「チッ……運の良い奴だな」


「なんで舌打ちされなきゃならないんだ……」


 そりゃあ、ムカつきもするって。

 片や急いで出発したのに2日待った、片やのんびり出発して偶然ピッタリ乗れた。

 舌打ちだけで済ませたんだから良いだろう。


「まぁまぁ……そういえば、改めて自己紹介した方が良いのかな? ちゃんと挨拶ってしてないよね?」


「言われてみれば……そうだな。じゃあ今更だけど一応してやるか」


 後ろから来たアリーシャに宥められた。

 確かにお互い知ってはいても、まともな挨拶はしてないな。

 正直どうでもいいけど、アリーシャが言うなら自己紹介をしてやろう。


「エルヴァーナ=ローグラントだ。長いしエルで良いぞ」


「私はアリーシャ=マーガレット。アリーシャで」


「呼び捨てもムカつくけど、ちゃん付けよりはマシだな。それくらいは許可してやる」


「……ルーク=ヴィオールだ。色々言いたいけど、まぁ、許可してくれてありがとう」


 と、本当に今更で簡単な自己紹介。

 仕方ないからアリーシャを呼び捨てにする事を許そう。


「何を不満そうにしてるんだ? 初対面でお前がアリーシャに何したか思い出せ」


「嘘でナンパしてました……」


「そこに好感を持てる要素は?」


「ありません……」


 だろう?


 私が問い詰めていくと、ルークはバツの悪そうな顔をして目を背けた。

 まぁこれもまた今更な話。しかも私が止めたから未遂だし、真面目に責めるつもりは無い。


「で、一体何人を毒牙に掛けたんだ?」


 だから次はちょっと揶揄う程度に話題を変えた。

 あの時あの瞬間しか見てないけど、アレが初めてとは思えない。

 英雄の子を騙ってどれだけやらかしたのやら。


「ちょっ、そんな事してねーよ! 女性に慣れる為に色々話をしてただけで……」


「なんだそりゃ」


 しかし思ったより控えめな奴だったらしい。

 女性に慣れる為に話をしてた……? 結構慣れてる様に見えたけどな。


「何処かの英雄みたいに、手当たり次第に手を出す人じゃないみたいだね?」


「やめろやめろ! 引き合いに出すな!」


 横からニヤニヤとアリーシャが口を挟んできた。

 終わったネタで私を揶揄うな……ていうか別に手当たり次第になんてやってない!


「え、エルヴァンって女好きだったのか。まぁあれだけ有名なら、そりゃやっぱりいくらでも――ぐふぇっ」


「やめろっての!」


 何がやっぱりだコラ。

 とりあえず腹に一発入れて黙らせてやった。引っ張るんじゃない。


 こういう雑な扱いが出来るのは良いな、コイツ。



「でも慣れる為ってどういう……充分慣れてそうだったけど」


 最早反応も見せずにアリーシャが会話を続ける。

 まぁ……うん、ナンパされてた本人が気にしてないなら良いか。


「いや……アレは精一杯の虚勢というか……」


「随分と腑抜けなんだな」


 そんなアリーシャの疑問に、ルークは腹を抑えながら答えた。

 とりあえずで貶したけど、あれが虚勢か。かなり自然に見えたから演技の才能があるのかもしれない。

 いやそれがどうしたって話だけど。


「仕方無いじゃないか……子供の頃から修行ばっかりだったから、縁も無くてさ。流石に慣れていかなきゃ……ちょっと」


 ほーん。くだらない話ではあるけど、それだけ幼い頃から直向きに鍛錬してたってのは好感が持てる。

 本当にくだらないけど。


「はっ、童貞か」


「どっ、ちがっ、はぁっ!?」


 コイツを揶揄うのってなんでこんなに楽しいんだろう。


「違うのか?」


「…………」


 沈黙が答えか。まぁそうだろうな。


「馬鹿だな。ナンパが成功してたんなら、そのまま別の意味でせいこ――」


「何を口走ってんだ!?」


 確かに何を言ってるんだ私は。

 駄目だな、コイツと話す時はどうも男同士という意識が強い。

 そこに子供っぽくなったのも合わせて、まるで思春期男子みたいになってる気がするぞ。

 こんな会話、生前もした事無いってのに。


「おバカっ」


「あいてっ」


 アリーシャに頭を軽く小突かれた。

 まぁ怒られるわな。


 考えてみれば、この姿になってからまともに接した男って子供かおっさんかだ。

 しかもなんだかんだ相手に精神年齢を合わせてきたと言ってもいい。

 その結果がこれか?


 まぁ悪い気はしないんだけど、変な事を口走らない様に気を付けなきゃな。

 流石にこの見た目で下品な事ばかり言うのはよろしくない。



「あ……」


「おっと、こんなバカな話をしてる間に出航だ」


 話が一段落着いた所で、丁度良く出航の合図である鐘の音が響いた。


「なんで何事も無かったかの様に切り替えられるんだ、お前」


 良いだろ別に。むしろ頼むから蒸し返すな。

 下ネタで失言って結構恥ずかしいんだぞ。


 て、そんな事は本当にどうでもいいんだよ。


 ようやく……待ちに待った出航だ。

 これから約半日程の移動になるけど、アリーシャだけじゃなくルークも居るなら退屈はしなさそうだな。

 いや、コイツと居るのは不本意だけども。居るなら居るで楽しませてくれ。

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