第35話 純黒の竜
ここは王都の中心よりやや北――王家が住まう城、その地下。
最低限の灯り以外は何も無い、ただ広いだけの場に俺は居る。
限られた者しか入る事を許されない空間故に、窮屈な人の姿を取る必要も無い。
ここが俺の居場所だ。
「行ったか……素直な奴だな」
彼……いや彼女の魔力が王都を出ていったのを感じた。
脅しはしたが、それでもこんなに早く出発するとはな。
なら言われた通りそのまま国を出ると見ていいか。
恐らくクローゼ港からウィンダムに渡るんだろう。
面白い……あの国にも同類が居る。どんな出逢いになるのか、どんな変化が起きるのか……楽しみだ。
「行った……とは?」
「こっちの話だ、気にするな」
俺の前に跪く、立派な服を纏った初老の男が困惑している。
つい独り言が漏れてしまっただけだ。一々聞くな。
「そんな事より、次代の候補は上がったか?」
「はっ。既に2人まで絞っております」
「良し……なら後日、人の姿で会おう。そこで直接確認する」
次代――つまり世代交代だ。
この男もそろそろ替え時だからな。
選ぶ条件はたったの3つ。
俺の指示を理解し、目や手足として行動出来る事。
責任感はあれど、率先して自我を押し出さない事。
そして、俺に畏怖し屈する程度の精神力である事。
それだけだ。どちらがより相応しいか、観察させてもらおう。
これで一体何人目になるんだったか……目の前の男より以前の者は既に忘れた。
近い内にコイツの名前も忘れるだろう。
「くくっ……国の頂点に立つ者がただの傀儡だなんて、誰も想像しないだろうな」
王家は当然国を纏め率いていく者達だ。
そして最終的な決定と指示は国王がする。
その国王は世襲ではなく、王家の中から相応しい者を選ぶ。
何故ならそれは俺の隠れ蓑であり、俺の代わりに表に立つだけの存在だからだ。
真実を知るのは俺と歴代の王だけで、他の一切には情報を秘匿させている。
そうやって建国から続けてきた。
それが俺の国――セルフィアスだ。
「お前はどう思う? 支配される傀儡の王としてしばらく立った感想はどうだ?」
次の王が決まればコイツの役目は終わる。
だから気まぐれに聞いてみた。
「……そうして平和が続くなら……それで構いません。真実を知らぬ民にとっては、傀儡であろうと王は王。仮初であろうと平和は平和。それで良いのです」
「ふん……なんの面白みも無い答えだ」
わざと愚弄してやったのに怒りさえ見せないとは。全く持って面白くない。
ただ支配を受け入れるだけで、変化も進化も無い。
分かった風な事を言ってるだけなんじゃないのか?
とは言え、そういう奴だからこそ傀儡に仕立て上げたのだ。仕方無い話でもあるか。
「まぁいい。ここ数日の王家の動きはどうなってる?」
血なんてくだらないが、制御しやすいから王家という形を取っている。
しかし全てを把握して制御するのは無理だ。
特に最近はあの2人を観察していて、王家の方は見れていなかった。
だがそういう時こそ、俺の目となる傀儡の出番と言う訳だ。
「エルヴァンの娘が現れた事で、一部の者が囲い込もうと画策しているようです」
「ほう」
ここでもあいつの話か。
随分と人気者だな。
「それに彼女の連れもまた相当な力を持っている様子。合わせてまだ若い少女という事で、エルヴァンの時よりも強引に行くかもしれません」
「くくっ……手籠めにでもするつもりか。なるほど確かに、見た目は良いからな。色んな意味で欲しがるか」
その少女がエルヴァンなんだがな。
正体を知っていると笑える話だ。お前達、おっさんを手籠めにしようとしてるぞ。
「考えていないとは言い切れませんが……無理なのでしょう?」
「あぁそうだな。何をどうしたって無理だ」
中身にしても性格にしても、抱える事情にしても。
あらゆる意味で無理だろうよ。
強引にいった所で、それ以上に強引に逃げる筈だ。
エルヴァンの時だってそうだった。
そもそも今王都を出たのだから、囲い込むにはもう遅いだろう。
まぁ手籠め云々はともかく、もし万が一にでもそんな事になる様なら俺が潰す。
縛られた英雄なんざ、見てたって何も面白くない。
どっちを潰すかは……気分次第だな。
「彼女達は……いえ、エルヴァンもそうですが、一体何者なのでしょうか? 明らかに他とは一線を画す力……才能という言葉で片付けられるものでは……」
「俺の様な存在が居るんだ、頭抜けた人間だって居るさ」
仮にも王として広く物事を見てきただけあって、そこらの人間よりは多少理解しているらしい。
だが知る必要も教える理由も無い。
適当に濁して答えると、男は口を噤んで俯いた。
それでいい。どうせお前が知った所で何にもなりはしないのだ。
「それはともかく、エルヴァンの時同様に彼女達の情報も追って集めろ。優秀な奴を1人だ」
そんな事はどうでもいいが、この指示は忘れずにしておかなければ。
他国に行かれたら俺でも把握は難しいからな。
出来れば近くで様子を伺って欲しいが、それでは気付かれるだろう。
そして大人数では身動きも取りづらい。
だから追跡と情報収集の面で優秀な奴を1人送るだけでいい。
一人旅を強制される不運な奴が誰になるかは……俺の知った事では無い。
「は……彼女達も、ですか? 何故……」
「態々教えるとでも? 分かったなら早く動け。彼女達は既に王都を出たのだぞ」
「……はっ」
一切答える気を見せずにそう急かすと、男は慌てて出て行った。
他国まで追うともなれば、人を選び準備を終えるまで数日は掛かるだろう。
ならさっさと動くに越した事は無い。
なにより、俺自身これ以上の会話を続ける気が失せた。
静かになった薄暗い部屋で、俺は伏せていた体を丸めた。
そして目を瞑り、考える。
「何故……か」
そんなのは誰にも言えやしない事だ。
どう生きるのか見てみたいという、言ってしまえば娯楽の様なもの。
しかしそう思う理由は複雑だ。
何故あいつは生まれ変わって尚、あんなにも輝けるんだろうか。
恐らくはあの少女――アリーシャとか言う、俺達と同類になるだろう少女のお陰なんだろうが。
そんな存在と出逢えたなんて、本当に羨ましい。妬ましい。
「何故……俺達はそうなれなかったんだ」
袂を分かった友を想う。
殺し合い、生まれ変わり、理解し合えたと思ったのに。
そうして同じ志の元、共に人類を壊滅させて腐った世界をやり直したのに。
そこまでやっても、結局お互いに理解なんて出来ていなかった。
人を支配しようとして諦めたアイツと、足掻いて人を支配し始めた俺。
今更何を考えた所でもう遅い。それは分かってる。
お互い、もう変わる事は無いのだろう。
けれど……想わずにはいられない。
だから見たい。
俺達が出来なかった生き方をする彼女達を。
そして眺めるなら波乱があった方が面白い。
そうすればより輝いてみせる筈だ。
壊したい程に妬ましいが、それでも……
「見せてくれ。その為の舞台はいくらでも作ってやろう」
最低限だった灯りを消し、部屋が暗闇に染まる。
俺の心の色を移した様な真っ黒な体は、その闇の中に紛れた。
俺達が何故寝てばかりなのか。
夢を見たいからだ。
せめて夢くらいは、望むままに幸福でありたい。
そう逃げる為の眠りだ。
だから俺は、今日も眠る。
すぐに覚める浅い眠りだったとしても――




