第32話 忍ぶ影 2
「世界を護ったんじゃないのか……?」
聞き間違い……じゃなかったよな。
「護る? なんで?」
――クソが。
そういう事かよ。
顔が見えなくても分かる。
なんの悪びれも無く、キョトンとしてやがる。
「ああ、でも護ったと言えば護ったのか。俺達は世界を滅ぼしたかった訳じゃなくて、人類を壊滅させて新しく始めたかっただけだ」
ふざけやがって……なんだそれは。
「理性さえ失くした奴らと一緒になって暴れて、その後で邪魔だから殺したってのか」
「そうだよ。言った通り、世界を滅ぼしたい訳じゃないんだから。殺さないといけないんだ」
とりあえず確認してみれば、あっけなく認めた。
「――っ、はは……」
笑えてしまう。笑うしかない。
何を勘違いしてたんだ。不安定どころじゃない、コイツはとっくに壊れてた。
「ふっ……まだ生まれたての子からすれば、怖いかな?」
「ふざけろ。必要と有らば私は戦えるぞ」
人類を壊滅させ、文明を……歴史を消し去った奴が目の前に居る。
流石の私も震えてしまう。けどこんな奴にビビって堪るか。
これでも私は英雄だったんだ。怖気づく英雄が居る訳無いだろ。
「だろうね、君ならそうする」
お前が私の何を……いや、エルヴァンと知っていたんだったか。
どんなつもりだったのかは知らんが、生前から見られていたんだろう。
「随分と私を知ってるみたいだな。昔から覗き趣味だったのか?」
「知ってるとも。同類に至る存在が近くに居て、気にしない訳が無いだろ」
強がって嫌味を言うが流された。
クソ、コイツのペースに呑まれるな。冷静になれ。
そうだ、私がアリーシャを気に掛けてる様に、コイツもエルヴァンを気に掛けてた。それだけの話だ。
それでどうしたかったのか、とか。昔から近くに居たって所は気になるが……
今は思考に意識を持っていかれたら駄目だ。
「君がどんな人生を経て生まれ変わるのか見たくてさ。でも物語には波乱が必要だから、ちょっと手を貸してあげたんだよ」
何を言ってる……いや、考えるな。
どうせ大した意味の無い言葉だ。
「俺達からすればそこらのドラゴンなんて下等生物……ましてやそれ以下の奴なんて、追い詰めて暴れさせるくらい簡単だ。良い舞台が出来たと思うんだよね」
「なん……だと……?」
待て……それは……まさか。
「実際大活躍だったし、お陰で英雄が誕生した訳だし。大成功だった訳だ」
「――っ」
そんな事の為にっ……あの戦いでどれだけの命が散ったと思ってるんだっ!?
そう叫びたかったのに、言葉が出てこなかった。
あの異常事態が重なった戦場は、コイツが作り出した。ただの舞台として。
なんで楽し気に語れるんだ。コイツは一体なんなんだ。
こんな正真正銘の化け物と同類だなんて思いたくない。
「なのにフラッと何処かに行っちゃってさ。時折君の活躍が届いてたから、とりあえず一旦放置で良いかなって思ってたら……気付いた時には消息不明だ」
「今はこうして戻ってきたけど……ちょっと予想外だったな」
「まさかあんな女の子が居て、楽しそうに旅してるだなんて。生まれ変わって更に輝いてるなんて思わなかった」
呆ける私を置いて、ひたすら喋りつづける。
ただ吐き出したいだけで、私が聞いてるかどうかなんて関係無いんだ。
「ホント……ズルイよなぁ」
どす黒い感情を叩きつけられて嫌な汗が溢れてくる。なんだこれは。
嫉妬なんて感情は今まで散々向けられてきた。
でもこれはそんな生易しいモノじゃない。
「君達を見てるとムカついて仕方ない。なんでそんな風になれた。なんで俺達はなれなかった」
自分の意思で見ておいて、自分の意思で近づいておいて、何を言ってる。
何も理解出来ない。むしろ理解していいモノなのか。
「あの子も使ったら何か分かるか?」
「ってめぇ!! アリーシャに手を出してみろ、ぶっ――」
「殺してくれるのか? でもそれはまだ嫌だな。まだ死にたくないんだ。本気でやり合えば俺も勝てるか怪しい」
それだけは聞き捨てならない。それだけは絶対に許さない。
ましてや私を狙った事で巻き込むなんて……
いくらアリーシャが強くたって、コイツとは次元が違う。
エルヴァンの様にいとも簡単に死ぬだろう。
例え彼女に『いつか生まれ変わる先』があったとしても……むざむざ殺させてやるものか。
勝てるか怪しいのはこっちも同じ。そもそも不死に近い存在を殺す方法が分からない。
それでも全身全霊でもって、死ぬまで殺してやる。
「あぁ、ダメだな。せっかくだから挨拶だけでもと思ってたのに、やっぱりムカついて壊したくなる。なのにもっと君達を見ていたいとも思う。腹立たしいなぁ」
私も同じだよ。お前程腹立たしいと思った奴は居ない。
「早めに街から……いや、この国から出た方が良いぞ。今あの子を失いたくは無いだろ?」
「チッ……脅しか。それこそ何の目的で……」
「言ったじゃないか。壊したいけど見ていたい。だから何処かへ行ってくれ……俺の国の外へ。俺の手が届かない所へ」
本当にふざけてる。なんだそれは。
自分がどれだけ滅茶苦茶な事を言ってるのか自覚した上で、それでも押し通す気か。
「最後にヒントをやろう。君を殺した赤いドラゴン……彼の名は、グリード=グランドルだ」
「待てっ! 好き放題言うだけ言って何処に行くつもりだっ!?」
そう言いながら踵を返し、歩き出す。
堪らず私はその背中に叫んだ。あまりにも勝手過ぎる。
「俺の居場所へ。じゃあね……これからの君達の活躍を楽しみにしてるよ」
しかし私の声なんて意に介さず、淡々と歩いて通りに出て行ってしまった。
今までは人の目の無い路地だったから良いが、流石に通りに出て騒ぐのは避けたい。
クソッ……なんなんだ……さっきからこれしか言ってない。
口を開く度に雰囲気が変わる様な、気色悪い奴だった。何もかも滅茶苦茶だ。
しかも最後の最後にとんでもない事を言い残して行きやがって。
アイツの名前がグリードだと?
それは千年前の御伽噺の更に前……旧時代の、もう1つの御伽噺。
世界を滅ぼそうとした魔王と、それを止めた勇者の物語――その魔王の名じゃないか。
物語の最後は、勇者と魔王の相打ちで終わる。
なら共に生まれ変わったと言うあの男は……勇者、エリウス=アールノルト。
そういう事になる。
まさか実在したとは。
様々な題材にされるだけの、よくある物語なんかじゃなかった。
けど考えてみればそうだよな。
旧時代の物なんてまともに残って無いのに、御伽噺だけはしっかり残ってるなんておかしな話だ。
宗教だとかの思想まで跡形も無く消されているのに……
あえて残したんだ。アイツらが。
自分達の痕跡を、名前まで正確に記して……
何の為に……一体何がしたい……
全く分からない。考えるだけ無駄かもしれないな。
ともかくアイツは危険だ。あまりに危険過ぎる。
言われた通りにするのは癪だけど仕方ない。
何をするか予想出来ないなら、一時的にでも離れるしかないだろう。
幸いにもアイツはこの街、この国に何か執着があるらしい。俺の国と言っていたしな。
いつから……そういえばこの国は、戦争の尽きない時代において世界の頂点に立ったんだったな。
それこそ建国当初から異常なくらいに圧倒的だった、と。
それを率いていたのは勿論、王家。
まさかとは思うが、建国の時から王家の1人として……もしくはその影に隠れて……
態々あの短剣を使ったのもヒントのつもりだったのか?
まぁいい。どうせ数日中には出発するんだ。少し予定を変えて国を離れよう。
少なくとも今はまだ、アイツと関わるべきじゃない。
なにより、まずは冷静になろう。
何かを考えるのはそれからだ。こんな状態で考えたって、取り留めのない事しか出てこない。
全く……アリーシャの買い物が長くて助かったな。
こんな所を見られたらどうなっていた事か。




