第31話 忍ぶ影 1
女は買い物が長い。そんな言葉は私も聞いた事がある。
実際長い。アリーシャも例に漏れず長い。
彼女はまだ色々と服を眺めている。今度は私じゃなく自分の、だそうだ。
買うのかどうかはともかく、それが楽しいらしい。
散々着せ替え人形にされて辟易した私は、申し訳無いけど店の外で待たせて貰う事にした。
流石王都と言うべきか、品揃えが良い。その分とんでもない数を試着させられて本当に疲れた。
楽しかったけども、それはそれ。
というか店からしたらかなり迷惑なんじゃなかろうか。良いのか?
何も言われなかったし、なんなら笑顔の店員に遠くから見守られていたけど。仕事しろ。
「――っ、なんだ……?」
店先でボケーっと草臥れていると、嫌な感覚が身体を襲った。
チリチリと焼ける様な……そして粘着く様な殺気。
これだけ目立てば、そういう意味で狙う奴も現れるか。昔も散々居たしな。
そう考えて、気配の元である傍の路地へ向かう。
あからさまだから誘われてるんだろう。
けどいくらでも対処出来るから構わない。
むしろアリーシャの目が無い今の内に始末しておける……いや、流石にこんな所でそれは後が面倒か。
手間だけど一旦捕らえて、情報を吐かせて、夜にでも街の外で――
「……居ない」
そんな事を考えながら路地に入ったが、さっきまでの気配が嘘の様だ。
誘い出して隠れて、私が焦れて戻ろうとした所を不意打ち……か?
残念だけどそんなのは通用しない。
私なら人外の感知能力で魔力を――
「随分と楽しそうだったじゃないか。エルヴァン」
「――っ!?」
瞬間、背後から短剣が襲い来る。
咄嗟に振り向き手で掴むが、掌に深く食い込み血が飛んだ。
痛い。久方振りの痛みだ。
魔力を感知する直前だったとは言え、それでも私が気付けなかった。
更には、警戒して障壁を張っていたのに突破された。
この魔力、この気配……間違いない。
全身がゾワリと粟立つ。
まさかこんな早く、しかも街中で同類と出逢えるとはな。
いや、向こうから来てくれただけだが。
しかし武器が無いのはマズイか……?
そもそもこんな奴と街中で戦う事自体がマズイ。どうする……?
「誰だ」
「名乗る気は無いかな。いくら貴重な同類と言っても、秘密にしたい事はある」
短剣を放さない様に力を籠めつつ訊ねる。
真っ黒な外套を纏っていて顔も姿も分からないが、伸ばされた腕と背恰好、声からして若い男だ。
私をエルヴァンと呼んだ事から、色々と知っていると見ていいだろう。
けど楽しそうってなんだ。まさかずっと見てたのか?
「なら目的は」
「ただの挨拶さ。中々可愛らしい姿になったんだな、驚いたよ。ドレスも似合ってた」
本当に見てたらしい。
なんか違う意味で、もう一度全身が粟立った。
「なんだ変態か。女の子の着替えを覗くとはね……」
「待て。そこまで覗いてない、違うぞ。お前みたいなちんちくりんに興味なんて無い」
「それはそれで失礼な奴だな。本気で殴るぞ」
どうしてくれようかと睨みつけると、男は若干慌てた様に口を開いた。
ちんちくりんってなんだコラ。事実だけどムカつくから殴らせろ。
「それは受けたくないなぁ。殴られた所が弾け飛びそうだ」
すると短剣から手を放してお道化た。
私に傷を負わせるだけの力があって、一体何を言ってるんだか。
ていうか武器を手放すのかよ。
さっきの一瞬だけで、今はもう全く敵意が無い。なんなんだ。
「チッ……調子が狂うな」
その癖、返してくれとばかりに手を差し出していたから軽く投げ返した。
あの短剣……近衛の装備の1つだな。柄に王家の紋章があったし間違いないだろう。
王家の紋章を刻んだ武器は近衛にしか持つ事を許されていないし、そこらに流通する物じゃない。
何故そんな物を……普段は兵に紛れてるのか、はたまた――
まぁ今はいいか。とにかくコイツが何をしたいのか、だ。
「で、迷惑な挨拶が済んだら次は何だ?」
「そりゃあ、世間話だろう。いやー……消息不明だったとは言え、まさか君が早々に生まれ変わってるとはね。何があった?」
普通に会話を続けてきた。掴み所の無い奴だな。
多分わざとそう振舞ってるんだろうけど、やりづらい。
「寝ぼけた先輩に焼き殺されたよ」
「酷い先輩も居たもんだな」
笑い事じゃない。いや笑うしかないけどさ。
「あぁ、そうだ……そいつが変身を教えてくれたんだけど、他は名前さえ教えてくれなくてな。知ってるか? 千年くらい生きてるらしい、赤くてデカいドラゴンなんだけど……」
「――へぇ。なんだアイツだったのか、珍しい」
言われた通りに世間話をしてやったが……なんだ、この反応。
一瞬やたらと鋭い目になった。
「知ってるどころか、何か深い関わりがありそうだな」
「あるさ。同じ時代に生きて共に生まれ変わった仲だよ。大体1300年前ってとこかな」
「なんだと?」
聞いてみればアッサリ答えてくれた。
「ついでに言うなら、君も使ってる変身……その魔法を作り上げたのは俺と彼だ」
「……待て待て、一気にデカい情報を言うな」
しかも追加された。
中々に衝撃的な事をポンポン言われても困る。
「まぁ詳しくはあんまり語ってあげないけどね。で、彼は元気だったかい?」
勝手に話を進めていく。クソ、思考が追い付かない。
とりあえず会話を続けるしかないか。
「元気……は元気だろうけど。無気力で寝てばかりだったぞ。5年も傍に居たのに、私になんて碌に興味も示さなかった」
「そうか……」
私が見た限りの印象は、簡単に言えばそれだけだ。
それを聞いた男は心配そうな声を洩らした。
共に生まれ変わった、って……結局どんな関係なんだ?
「出来ればアイツは殺したくないんだけどな……」
しかし一転、今度は残念そうにそんな物騒な事を呟いた。
駄目だ、コイツはなんだか不安定でよく分からない。
そもそも殺せるのか?
「私達って不死に近いんじゃ……」
「近いだけだ。生きてりゃいつか死ぬし、殺す方法だってあるさ」
そんな私の疑問はサラリと答えられた。
薄く笑ってこちらを見てくる目が酷く恐ろしい。
首を刎ねても再生するくらいに死ねない、とアイツは言ってたが……それでも殺せる方法か。
私にはすぐには思いつかない。
「早くに死ねて良かったな、エルヴァン。もし長く生きて、絶望して自害とかで生まれ変わってたら俺が殺してたかもよ?」
さっきからどんどん話が進んでいくな。
語りたくて仕方ないのか? お前も話下手か? そっちの意味でも同類だったのか。
というかそれ、なんか同じ様な事を言われたぞ。
「お前が殺したのはつまりそういう奴らだった、って事か?」
「その通り。壊れたまま生まれ変わったり、ただ時間が経ったりして、理性も無く暴れるだけになった獣だ。そんなの何体も居たら世界が滅びかねない」
なるほどね……じゃあアイツもそういう意味で言ってたのかもしれないな。
世界が滅ぶ。凄い話だけど、確かに有り得る。伝わってる御伽噺がそうだしな。
そもそもコイツはその御伽噺の当事者だろう。
大体1300年とか言ってたから、確実に旧時代から生きてる。
ていうかアイツは適当言い過ぎだろ。300年が誤差か。
「じゃあ、千年前の御伽噺のドラゴン達ってのはお前達が始末したのか」
「……あー、まぁそうだね。酷い戦いだった……いや、戦いとも呼べなかったかも。彼も一緒だった」
聞けば話してくれるかも、と思って聞いてみると、やっぱり答えてくれた。
アイツもコイツも、影で世界を護ってたのか。
で、そんなアイツも壊れかけ……と。
なんとも言えない。辛いとか悲しいとか、簡単に言える話じゃない。
「まぁでも、その前に人類を壊滅させる方が大変だったな。全てを壊すなんて俺達でも簡単じゃないんだよ」
「……は?」
今なんて言った?




