第30話 ニート少女
仕事辞めた。3日で。もう働きたくない。
いや……そう言うとなんか情けなく聞こえるけど、違うんだ。
客が集まるのは良いとしても、それがずっと続くのは正直よろしくない。
誰も休めないままひたすら忙しいってのはちょっとな。
その原因が私なのだから、正直申し訳無いなと思ってたんだ。
それを宿側に伝えると、『惜しいけど仕方ないね』でアッサリだった。
何故か客は嫌がってたけど知らん。とにかく辞めた。
それでも当初の予定を大幅に越える報酬が貰えてしまった。
それだけじゃなく、宿泊代も半額でいいとまで言われたくらいだ。
どうやら売上がとんでもない事になってるらしく、それ程の集客をしてくれたお礼だとか。
良くも悪くも私の影響は大きかった、という事だな。
そうして充分なお金を得た事で、ようやく気軽に楽しめる様になった。
昨日今日と遊び歩いて、明日は剣の受け取りと支払いになる。
元々持っていた分と、賞金と、追加で稼いだ分、そして浮いた分。
賞金は消えるが、これだけあれば困る事は無いだろう。一安心だな。
「あ、服! 服買おう!」
気ままにフラフラと街を歩いていると、アリーシャがそう言って店を指差した。
「えー……必要ないじゃん。荷物が増えちゃうよ」
今の所、アリーシャの服は新調した旅用の物が1着、それよりは簡素な物を予備で1着。
そしてこの間着ていた普段着が1着。正直これ以上はただ荷物が増えるだけだ。
「増えるって言ったって、エルちゃんの服それともう1枚しかないじゃん」
「え、私の服を買うの……?」
「うん」
どうやら私の服の話だったらしい。そうか……私のか。
私はお馴染みの服と、似た様な物を予備で1着持っている。
変身すればいくらでも作り直せるからな。人の目があるとか、それが出来ない状況だった場合を考えての本当に念の為の用意だ。
勿論、旅をするなら外套も着るけどそれはまた別。
当たり前過ぎて服として数えない。
ともかく、私こそこれ以上は必要無いんだけど……これはまた着せ替え人形にされる流れだな。
多分そっちが目的なんじゃなかろうか。
とにかく色んな服を試着させようと、何故かやたらと張り切った事があった。
そのお陰で着飾る楽しさを知ったから、別に嫌という訳では無いんだけど……疲れるんだよなぁ。
ちなみに昨日今日と私は少しだけ言動を変えている。
普段とは違う私を見たいというアリーシャの我儘に答えたものだ。
例の演技はどうしても笑われてしまうから止めた。何がそんなにおかしいと言うのか。
「はい次、これね」
「おー……」
これで何着目だ……?
もう返事するのも疲れてきた。
よくもまぁ、次から次へとこんなに持ってこれるな。
どれも少しずつ系統が違うから、一応考えて選んでるっぽいけど。
むしろサイズの合う物を全部持ってくるつもりじゃないだろうな……?
「えぇ……これは流石に……」
今度はなんとドレス。私は何処に行くんだ?
真っ白な生地を細身に絞り、綺麗な青で装飾をいれた中々の物。
おとなしめではあるけど、少なくともそこらで着る物じゃないな。
「あれ……? なんか悪くないな」
おかしい、着てみたら割と良いと感じてしまった。
アリーシャが選んできただけあって、自分でも似合ってると思える。
これ着て優雅に旅して戦うのも楽しそうだ。
普通じゃないというか、現実味が無いのが面白いと思う。
どっちにしろ邪魔になるから要らないけど。
「じゃーん、どうだ?」
「うわ、凄い綺麗……もう人形でしょ。しかもすっごい高級な奴」
とりあえず着替えたから、試着室を出て自信たっぷりに胸を張って見せつける。
はははっ、存分に見惚れるが良い。
うん、我ながらこの手の平の返しっぷりはどうかと思う。
「確かに……この整い過ぎた見た目のお陰で、綺麗な服を着ると本当に人形みたいだな」
「なんかムカつく。自分で言っても許されるくらい実際凄いから尚更ムカつく」
お前が選んで着せた服で勝手に腹を立てるな。
嫉妬する必要が無いくらいお前も充分整ってる方だろうが。
そんな事は恥ずかしくて言えないから、返す言葉に悩んだ結果会話が途切れた。
いつまでも話が下手ですみませんね……これはちょっと違う話か? まぁいいか。
「しかしまぁ、こうして違う姿に変わっていく自分を見るのはやっぱり面白いな」
それでも何か喋りたいと思うのは何故なんだろうな。
昔は他人との会話とかどうでもよかったのに。
という訳でとりあえず感じた事をそのまま口に出してみる。
着飾る事もそうだけど、色んな服の構造やデザインを知るのも面白い。
何より、こうして知る事で変身する時に違う物を作れるからな。参考になる。
普段着ている服もそうやって知ったお陰で作れた訳だし。
「エルちゃんって凄いよね。姿が大きく変わっちゃったのに、それでも受け入れて楽しんじゃうんだもん」
「どうした急に」
しかし返ってきたのは、なんだか湿っぽい声。
「ううん、ふと思っただけ」
何か悩み事でもあるのかね……まぁ、まずは会話を続けてみるか。
それで実際に悩み事だったら考えよう。
「新しい人生と割り切ってるだけだよ。変わってしまった物はどうしようも無いんだから……」
まさか自分がこんな女の子になるとは思いもしなかった。
けどどう足掻いてもそれは変わらない。
受け入れたというか、そうしなきゃ始まらないってだけだ。
変わったと言うのなら、その最たるはこの性格だろう。
どうせなら楽しもう、なんて。生前ならそんな事は考えなかった筈だ。
性格は死ぬまで変わらないなんて言うけど、死んだから変わったな。
「それが凄いんだけどなぁ――私は、割り切れるのかな……」
あぁ、そういう事か。
あの試合を経て、世間の目が大きく変わって、善悪関係無く様々な感情を向けられて……これからどうなるかを考えてしまったんだな。
自分が自分のまま生きていけるのか、不安になったか。
一歩踏み出して、そうして見えた景色に怖気づいたか。
全く、何を考えているのやら。
「なんだ、そんな簡単に揺らぐ程度の決意だったのか?」
「そんな事っ……無い。無いけど……でも、体感してやっと理解出来る事が、こんなに大きいんだなって……」
あの燃え盛る太陽の様な姿はなんだったんだ、しょんぼりするな。
そう思ってわざと煽り焚き付けた。
決して甘く考えてた訳じゃなく、考えに考えて選んだ。
それでも予想以上だった……て感じだろうな。
で……それがどうした。
「全部が全部そうとは言わないけど、そんなもんだろ……人生なんてのは。予想外の連続だ」
少なくとも、波乱に満ちた道を往くならそうなる。
昔から私はそうだったし、今はそれを楽しむ様になった。
そうなれたのは……アリーシャのお陰だ。
「何処かで見た言葉だけど……服と同じで、着てみてようやく分かる事がある。それが着せられた物か、悩んで選んだ物かはともかく、結局それを着て歩くのは自分だ」
これは長く生きて、ようやく悟った事だ。
今更……2度目の人生になってやっと気付けた事。
「芯を持て。自信を持て。気に入らなければ着替えてしまえ。これが自分なんだと見せつけてやれ。それが難しいなら支え合う……その為に2人で往くんだろ」
見て呉れなんていくらでも着飾れる。
それが例え虚飾だろうと胸を張れ。
そして邪魔なら脱いでしまえ。
流石に、私の様にそれさえ楽しめとまでは言わないけどな。
まぁ、芯さえあれば支え合うのは容易だろう。
「……うん」
アリーシャは目をパチクリとさせた後、苦笑した。
伝わってくれただろうか。
「ふふっ……なんか、上手い事言おうとしてるだけじゃない?」
「……うん。言いながら、ちょっとズレてるかなとは思った」
口下手が何処かで見た言葉を使うとこうなるんだな。
彼女の悩みに応える言葉だっただろうか。ちゃんと意味が通ってるのか不安だ。
「とにかく少しでも伝わってくれたなら良いさ。……伝わった、よな?」
「大丈夫、ちゃんと伝わってるよ」
良かった。『何言ってんの?』とか言われたら恥ずかしくて消えたくなってたよ。
「まぁ、あれだ。遠くまで見ようとするから余計な物を見てしまうんだ。人間なんて目の前の事だけで精一杯さ。進むと決めたなら、一歩一歩ゆっくり踏み締めて行け」
今すぐどうにかする必要は無いし、急いだって碌な事は無い。
不安なら、変化に付いていけないなら、その分ゆっくり歩けばいい。
これだけは誰かの言葉を借りずとも、確かに言える事だ。
「うん……そうだね」
そう伝えるとアリーシャは朗らかに笑ってくれた。
こんな言葉だけで解決とはいかないだろうけど、そのうち彼女の中で答えが見つかる筈だ。
人生行き当たりばったり、なるようになれ。
別にそんな軽い思想を押し付ける気はないけど、重く捉えるよりはずっと良い。
私はそう思ってる。
「んじゃあ、そういう訳で私も着替えようか。――いつもの私の服に」
よーし、良い感じに纏められた。
さぁ、次は何処に行こうか――
「え? まだ試着終わってないけど」
逃げらんねぇ……




