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とある竜の恋の詩  作者: 桜寝子
第2章
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第29話 バイト少女

 剣を注文してから早一週間。

 受け取りの日が近づいている中、私達が何をしているのかと言うと……働いていた。


 賞金の殆どを支払いに使う以上、念の為に多少は稼いでおいた方が良いのでは、と話し合って決めたからだ。


 最初は普通に常識的な範囲で楽しく過ごそうとはした。

 けれど、もし足りなかったら? 足りたとして、もし路銀が心許ないまま出発する事になったら?

 そんな事が頭の中をチラチラと出たり消えたりを繰り返す。

 多少の金額だろうと、使えば使うだけ気になって仕方がない。


 私もそうだが、特にアリーシャはその所為で気軽に楽しめなくなっていた。

 だったら稼げばいいじゃないか、という至極当然の答えだ。



 で、じゃあどんな仕事を請けたのか……なんだけど。

 宿の食堂で忙しなく走り回っている。そりゃもう必死に。


 朝食を食べながら話していたから、丁度良いやとその場で従業員に聞いてみたのだ。

 そしたらトントン拍子で話が進んでこれである。ちなみに今日で3日目だ。


 勿論やるならやるで真面目に働いた。全く経験が無いがこれも楽しんでしまえと前向きだったのだ。


 そう、過去形だ。今は若干後悔してる。

 まさかこんな事になるとはな……



「エルちゃーん! 8番にラオ牛ステーキ、12番に特製シチュー! それから――」

「3番空きましたー! 5番に2名様ご案内、それで7番お会計! これで待ちが――」

「オルグ貝は売り切れー! これが最後です! クルル海老もあと少しで――」

「エルちゃーん、注文良いかー?」

「嬢ちゃん、フレアサーモンのムニエルってまだか?」

「こっちも串焼きが来てないぞ」

「エルちゃんこれ4番にお願い、その後1番と2番の食器下げて――」

「ようエルちゃん、今日も来たぞ。頑張れよー」

「エルちゃーん、こっち見てー」

「エルちゃーん」

「エルちゃ――」



 なんっっなんだこの忙しさはっ!?

 ギャーギャーうるせぇ!

 どいつもこいつも勝手に気安くエルちゃんとか呼びやがって! しかも殆ど男じゃないか!

 そもそもなんで昼間っからおっさん連中が集まってんだ、仕事しろ!


 なんて事は頑張って内心に押し込めて、どうにか笑顔を振り撒いて可愛らしく接客中だ。

 今日で3日と言ったが、日に日に客が増えてる。どうすんだこれ。



 流石にこの大盛況は予想外だったのか、宿としてはてんてこ舞いの大騒ぎ。

 嬉しい悲鳴って奴かね。嬉しそうなのは初日だけで、今は本当に悲鳴を上げてる気がするけど。


 どうにか大急ぎで仕入れを増やして、私とアリーシャが入ってなんとかギリギリ回って……ないな。

 色々足りなさ過ぎて、最早何をどうすればいいのか素人の私には何も分からない。



 何故ここまで客が一気に増えたのか?

 その理由は勿論、私だ。


 これでも今や王都中で話題に上る美少女であるこの私が、この宿の食堂で働いている。

 その話が一瞬で広まり押し掛けてきたのだ。


 いや、何言ってるんだか分からないけど、実際客がそう言ってるんだからそうなんだろう。


 ちなみにアリーシャは厨房だ。元々料理が上手いからな、アイツ。

 彼女が表に出てこない分、私に注目が集まってる訳だな。


 まぁ、この状況を考えたら調理に専念してた方が良い。

 あっちも手が足りてないし、酔ったおっさん達の鬱陶しい絡みを上手く流せないだろうからな。



 一応言っておくけど、ただ私を見る為だけに来ている訳じゃない。

 この食堂は元から盛況だったし、満足させる味を持ってる。

 私は後押ししているだけだろう。



「エルちゃん、エールくれー! アレもよろしく!」


「チッ――コホンッ……エルちゃんの、エールだぞっ」


 きゅるーんと笑顔でぶりぶりなセリフと共に杯をドカッと置く。

 屈辱だ。なんだこれ。


「なんか舌打ちが聞こえた気が……まぁいいか、ありがとさん――麦茶じゃねぇか!」


 余計な注文をしてくれたおっさんに嫌がらせをするのも何回目だろうか。

 わざと間違えたり、激辛にしてやったり……

 しかし何故か客はそれさえ楽しんでるのが不思議だ。


 可愛い女の子の可愛い悪戯、らしい。本当に屈辱だ。

 内心を一切表に出さない事を褒めて欲しい。舌打ち? 気の所為だ。


「飲んだからそれも計上だね、毎度ありー」


「あー、やられた! まぁ1杯くらい良いけどよ」


 既に酔ってるから気付かないのか、分かってて乗ってるのか。

 それはどっちでも良いけど、とにかく私は可愛がられている。


 紛れも無く子供扱い。その原因もやっぱり私だから誰にも文句が言えない。

 いや、あのセリフだけは文句を言いたいけどな。本当になんなんだ、誰が考えたんだ。



「ほい、ステーキお待たせっ。あとこれ……えっと、なんか貝のアレ。それと……なんだっけ、魚」


 やたらメニューが豊富だから、私にはどれがなんだか分からない。

 食えれば良いで生きてきたのが、美味けりゃ良いになったけど……まだ料理の名前はあんまり、な。


 とにかく名前が覚えきれないから、もう半分わざと適当な言い方で通している。

 それでなんとかなってるのが謎だ。なってないけど許してくれてるだけなのかもしれないが。


「いっぱい食べてくれてありがとー! あ、おにーさん、それ頼むならこっちもオススメ! すっごい美味しいから!」


 既に分かってるだろうけど、今の私は絶賛演技中だ。


 普段の私、つまり素の言動だと接客に向いてない。

 それくらいは私でも分かってるから、最初から演技して始めたのだ。


 場を和ませ、顔と一緒に財布の紐も緩ませる為に。

 子供らしく可愛らしく、精一杯に。


「あ、それからもうすぐ注文は打ち切りだからね! 皆もう食べない? 注文するなら最後だよー!」


 それを見たアリーシャや他の従業員から、こうしろああしろと指示を受けた。

 そうして言われるがまま完璧にやってみせてしまった。

 その結果がこれだ。


 子供に紛れて学んだ演技が役立つのは良いけど、思ってたのとなんか違う。

 こんな使い方をする事になるとはね……

 



 ワンピースの上に着たエプロンをヒラヒラと揺らし、席の合間を駆け回る。

 聞こえてくる話からすると、小さな女の子が元気に可愛くトテトテと働いているのが癒されるらしい。

 この街はロリコンが多いのか……?


 大会であれだけの力を見せたというのに、化け物扱いされるどころか人気者だ。訳が分からない。

 いや、そういう奴は勿論居るんだけど……思ってたよりずっと少ないんだ。


 やっぱり見た目って重要なんだな。おっさんだったらこうはならない。なんだか悲しくなる。


「ほらほら、皆! もう一旦店仕舞いだよ! また後で来てね!」


 注文を打ち切ってしばらくすると、私は客を促していく。


 あまりにも客が来るものだから、昼過ぎで営業を止めて夕食時に再開する事になっている。

 誰も休まる暇が無いのもそうだけど、根本的な話で食材が足りないんだ。


 これから大急ぎで仕入れを頑張る事になる。

 それはそれで休まらない気がするけど、私とアリーシャはそこまでは関わらない。

 遅めの昼食を取りながら、しっかり休ませてもらおう。



「あまー。うまー」


 用意してくれたホットケーキをもぐもぐ。

 体力はなんの問題も無い筈なんだけど、やたら疲れる。

 甘い物は癒されるわー。


「お疲れ様、エルちゃん」


「あぁ……お前もな」


 アリーシャもくたびれながら食事を置き、私の対面に座った。

 ひたすら調理し続けるってのも大変だろう。私には分からない苦労だ。


 ここはやたらとメニューが豊富だからな……しかも全て美味いときた。

 これだけ広く知られたら、私達が居なくなっても安泰だろうな。


「私もそっちで働けたらなぁ……珍しいエルちゃんがいっぱい見れるのに」


「それは厨房が死ぬからやめてやれ」


 そんな残念そうに言う程か? どんだけ見たいんだ。


 でも確かに、ここで働くまでは彼女の前で見せていなかったな。

 素が楽だからと演技なんてしなかったし、その必要も無かったから。


「まぁ、見たいならいくらでも見せてやる。一周回ってなんだか楽しくなってきた」


 恥ずかしいとは思うけど、今更彼女相手に気にする事じゃない。

 望むなら見せてやろうじゃないか。


「単純……あ、いやなんでもない」


「聞こえてるんだよ……全く」


 そんなの私自身が一番分かってる。自分がここまで単純な奴だとは思ってなかった。

 でも良いだろ? その方が何だって楽しめるんだから。


「まぁ、今はしっかり休んで――夜も頑張ろうねっ、アリーシャお姉ちゃん!」


「ブフッ、ゲホッ……おぇっ」


 咽るな。そんなに変か、失礼な奴だな。

 見たいって言ったのはお前じゃないか……

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