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世界の狭間で、貴女と永遠を。  作者: クレセント
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八章 常世と現世

 朝、見慣れないベッドの上で目が覚めた。ここはどうやら、病院らしい。何とも言えない緊張感と、薬品のにおい、ケミカルに洗浄された大気、骨組みの様子を肌で感じられるベッド。それらすべてが、私の状況を言葉にせずとも教えてくれた。私は何かがあって、入院しているらしい。

 お見舞いに来たお母さんの話によると、通りすがりの人が私が倒れていることに気が付いて救急車を呼んでくれたらしい。あばらが二本ほど折れていたが、命に別状はなかった。あと貧血らしい。私は少しだけがっかりした。そんな私とは裏腹に、お母さんはすごく怒っていた。心配かけてごめんなさい。

 一応のため、薬品の中身は何かわからないけど、点滴が打たれているらしい。私は、管が刺さっている私の腕をじっと見つめた。私の体には彼女と同じ管が一本だけ通っていた。一生このままがいいな。私は管をスーッと指でなぞった。少しだけ針がずれて、腕が痛んだ。

 その日の午前十時ほどに、彼女のお母さんが面会にやってきた。なんだか、禍々しいオーラを放っている。ゆらゆらと陽炎のようにおぼつかない足取りで私の寝ているベッドまで歩み寄ってきた。私はベッドの上に座り、唾を大きな音を立てて飲み込んで、その人が口を開くのをただ待った。

 「まおは、死にました。」

 衝撃という名の稲妻が体に走った。私は心臓が止まるほどの衝撃に甚だ動揺し、点滴を差している左手をプルプル震わせた。口はパクパクと金魚のように動くだけで、その奥に眠る喉は割れるほどからからに乾いた。私の両眼も瞬きを忘れて、カピカピに乾ききった。

 わかっていた。彼女が死ぬという結末は目に見えて、手に取るようにわかっていた。わかってはいたけど、まさか、こんなにも早く終焉が訪れるとは思いもしなかった。

 悲しみが大群となって押し寄せてきた。私の涙腺を守っていた賢明な戦士たちはその大群に押し負け、ついに涙となって外の世界に押し出された。私は顔をぐちゃぐちゃに歪ませて、ただ泣いた。泣くことで悲しみがなくなるわけではないのに。泣いていたら、骸骨は想像もしなかったことを口にした。

 「まおは、自殺です。遺書があるので、よければどうぞ。」

 そう吐き捨てるように言うと、骸骨は自身の足をコツコツと一定のリズムを刻みながら扉まで歩いて行って、私の病室を後にした。ガタン、と音を立てて、扉が閉まった。私は孤独になったことで、さらに涙を流した。涙は、彼女の遺書を避けて、私の膝の上に落ちた。ぽたぽたと、水たまりを作っていく。嗚咽が漏れた。

 ───しばらく泣いた。泣き腫らした両目は、私の右手のほくろを焦点の合わない視界に映した。異常なほどに痛む胸は、きっとあばらの痛みではないのだろう。

 私は震える手で遺書を手に取った。きれいな字で、「遺書」と綴られている。どうやら、遺書は二冊あるらしい。薄っぺらいものと、少しだけ分厚いもの。私は薄っぺらい遺書を先に読むことにした。


 「佐々木みー太先生へ。

 いつも漫画を読んでました。先生の漫画は、ドキドキはらはらして、時に切なく、時に面白い作品です。私、先生のデビュー作の漫画は全巻持ってるんですよ。何度読み返したことか。応援してます。アニメ化待ってます!」


 私は次の遺書を手に取った。


 「みおちゃんへ。

 嘘ついてごめんね。お別れが言えなくてごめんね。迷惑かけてごめんね。悲しませてごめんね。

 実は私、何にも負けたことがなかったんだよ。かけっこだって、テストだって、ゲームだって。なんと、じゃんけんも負けたことがないんだよ!?すごいでしょ。だから、病気に負けたくなかったの。最後の最後に負けるなんて、なんかダサくない?だから、自分で自分を殺すことに決めたの。これって、負けたことにならないよね?(汗)

 私のママと話したかな?嫌な人だよね。家で私、虐待されてたんだ。お母さんには視界にさえ映してもらえなくて。お父さんには強姦されて、見えないところにタバコの痕を残されて、ご飯もらえなくて、洗濯もしてくれなくて。愛されたいって、何回思ったんだろ。だから、クラスのみんなのことがうらやましくって、時に妬ましく思って。もちろん、みおちゃんも例外じゃないよ(笑)。虐待されてたこと、気づいてたかな。気づいてないことを祈ります。

 みおちゃんと会えて、本当に良かった。心からそう思うよ。あの時に話しかけておいてよかった。みー太先生だって知った時はびっくりしたよ。まあ、苗字が一緒だし、名前も若干似てたから新学期になってからちょっとにらんではいたけどね。

 私がいなくても、漫画は描いてね。杏里わかる?私の学校の友達の、ちょっと怖い子。その子とも仲良くしてあげてね。あの子も、みおちゃんの漫画好きだから。打ち切りとか嫌だよ?(笑)

 仲良くしてくれてありがとう。秘密を守ってくれてありがとう。秘密を教えてくれてありがとう。合作してくれてありがとう。お見舞いに来てくれてありがとう。またね。」


 読み終わるころには、既に日は沈んでいて、病室は真っ暗になっていた。涙は枯れたようだ。もう一滴も出てこない。私は大切にその遺書たちを枕元まで移動させた。

 そして、ニュースアプリで彼女の名前を検索した。あっという間に私のスマホの面には彼女の記事でいっぱいになった。どうやら、病室で自殺をしたらしい。

 『午前7:00に、ある病院の集中治療室の一室にて、女性の首吊り死体が発見された。その病院は〇〇病院、女性の名は早乙女まお(17)。病院の院長の林院長は「今後、このようなことが起こらないように、患者のメンタルケアと監視を重点的に行っていきたいと思う。」という意思を表明した。早乙女さんは自身の体に無数についていた点滴の管をロープのように編み、それを天井にかけて首を吊ったらしい。警察は詳しい情報を調査している。』

 この投稿が、一番簡潔に詳しく書かれていた。私はスマホの電源を落とし、ベッドに寝っ転がった。ずっと寝ていたので、少し体が痛い。

 お母さんが私の好きなお菓子を持って、お見舞いにやってきた。暗いわよ、とぼやきながら病室の電気をつけてくれた。私はそのお菓子をつまみながら、お母さんに彼女のことを話した。

 「ああ、あの子ね。自殺なんてやめればいいのに。」

 「え、なんで?」

 「自殺をすると、常世と現世の狭間に永遠と閉じ込められるそうよ。その場所は何もなくて、ただ暗闇が広がるだけなんだって。昔から語り継がれているのよ。」

読んでくれてありがとう。

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