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世界の狭間で、貴女と永遠を。  作者: クレセント
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六章 集中治療室

 彼女が言っていた、「よくなる」という言葉が現実になることを待ち望み、私は毎朝学校に通うたびに彼女の姿を探した。期待をするたびに高揚して頬が赤くなった私は、傍から見れば気持ち悪い人だろうな。今日は来るかも、今日は来るかも、とひたすら待ち続ける私は、まるで捨てられた犬のようだ。

 しかし、私がいくら神に祈ったって、彼女が来ることはなかった。ついに、彼女と最後にあってから一週間が経過した。私は少し不安になり、今日の放課後に彼女を訪ねることにした。

 少し重たい足取りで、彼女の病院に向かう。心なしか、私の乗っているバスまで足が重たそうに感じる。まさか、入院が長引いたとか…。そんなことはないよね。私は自分に言い聞かせるようにそう心の中で連呼した。

 ロビーの受付には前の高圧的な看護師さんはいなく、代わりに優しそうなお姉さんがいた。お姉さんはニコニコ笑いながら接客をした。しかし、その笑顔は張り付いた仮面のようで、私の警戒を解くためのものであった。

 お姉さんに彼女のお見舞いであることを告げると、お姉さんは少しだけ表情を曇らせた。そして、そのままの表情で私に衝撃の事実を伝えた。

 「早乙女さんね、昨日から集中治療室にいるのよ。」

 私は冷や汗が垂れた。喉が渇いていたい。衝撃でぶっ倒れてしまいそう。私はまるで漫画の一部分のように手に持っていたバッグを落とした。絶対に考えたくないことが起こってしまったのだ。私は呆然とし、その場に樹のように佇んだ。

 「あなた、お名前は?」

 お姉さんからそう訊かれ、私は自分の名前をぼそぼそと聞こえずらい声で伝えた。私にとって、私の名前など、今は必要なかったのだ。お姉さんは私の手を取り、私の目をまっすぐ見つめて口を開いた。

 「佐々木さん。本当はICTにご親族の方以外面会は許されていないの。」

 そんなことは知っている。中学時代におじいちゃんが入院した時にその説明は聞いた。私は潤った両目から涙を落とさないように気を付けながら、小さくうなずいた。案に違い、涙は落ちてしまった。

 「でもね、早乙女さんのお願いで、佐々木さんにだけは面会を許してほしいって言われてるの。」

 彼女が集中治療室にいると知った時より、驚いた。私は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をバッと素早く上げた。お姉さんのきれいな顔と比べると私は…いや、比べ物にならないや。

 「うちの病院は患者さんを第一に考えてるからね、本当はダメなんだけど、佐々木さんが来てくれると心が落ち着くっておっしゃられていたから。患者のメンタルケアも重要でしょ?」

 お姉さんは突然饒舌になった。そんなにしゃべってまで、何を庇っているのだろう。私は疑問に思いつつも、彼女と会えることに深く感謝をした。まあ、声には出なかったわけだけど。

 お姉さんにカモの親子のようにのこのこついていくと、一つの分厚い扉の前にやってきた。お姉さんは何かを操作して、その扉を開ける。まるで、ダンジョンに眠っているボスの部屋みたいだ。扉をくぐると、緊張感が張り詰めた空間に入った。なんだか、少しだけ寒いような気がする。二つの足音以外何も聞こえず、私の息の音すらも響き渡るほどであった。

 お姉さんは『5』と書かれたドアの前に立ち、私を手招いた。私はかけあしでお姉さんに近づく。お姉さんは三回ノックをして、ゆっくりとドアを開いた。

 「早乙女さん、佐々木さんが来ましたよ。」

 そう言って、お姉さんは私の背中を押して部屋の中に入れた。お姉さんは「十分だけよ。十分経ったら呼びに来るからね。」と言って、部屋を出てドアを閉めた。

 私は唖然とした。彼女には、いくつもの管と点滴が吸い付いていて、彼女の生気を吸い取っているようだ。彼女の顔色は悪く、いつもの白い肌が余計に白くなっていた。彼女の周りにはたくさんの機械があり、ピピと一定のリズムを刻んでいる。その音が彼女の残りの時間を表しているようで、怖気がした。

 「来てくれてありがとう。」

 小さな声で、彼女はそう言った。私は彼女にゆっくりと近づき、彼女の枕元にあった背もたれのない椅子に腰かけた。彼女はベッドに座って、クマができたいつもの半分くらいしか開いていない目で私を見つめた。私は今にも彼女が消えてしまうのではないかと不安になった。

 「よくなるって言ったのに、約束守れなくてごめんね。」

 彼女はささやくように私にそう言った。私は大きく首を横に振り、彼女を見つめた。彼女は私の右手を取り、彼女の左手と重ねた。

 「手の甲にあるほくろって、芸術の才能があるんだって。」

 彼女は私の手の甲を優しくなでながら、そう呟いた。私はその言葉と私の漫画を重ねた。そして、それに彼女の描いたイラストを重ねた。

 「私の才能も、貴女にあげられたらよかったのに。長く生きられない命が才能を持っていても、意味はないでしょ。」

 彼女は悲しそうにそう言った。その言葉は彼女の心の内から出てきたようで、私の心に深く刺さった。心の二画目が抜け落ちたようだ。私は心の空いた座席を何で埋めるか考えたが、彼女以外の適切なものが思いつかなかった。

 十分というのはものすごく短く、考え事をしているうちにお姉さんがやってきて、私を引っ張り出した。彼女が遠ざかる。私は、もう二度と会えないような気がした。彼女は一瞬私の方を見て、それ以降は目が合わなかった。私はお姉さんに連れ去られ、集中治療室を後にした。


 「最善を尽くすから。」

 私が病院を去る際に、お姉さんからそう言われた。その言葉は、おじいちゃんが死んだときにも聞いた。この言葉を正確に書くなら、「もう無理だろうけど、最善を尽くします。」が正解だと思う。私は抜け落ちた心を探すことすらも忘れ、魂のない体でふらふらと家に帰った。

読んでくれてありがとう。

ラストまで突っ切ります。

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