五章 お見舞い
たまにいる高圧的な看護師とか、先生とかって何なんでしょうね。
彼女の入院している病院に着いた。
大きな駅の前にそびえ立つ、大きな総合病院。前に私と出会った病院よりも、はるかに大きいところだ。大きな本館がど真ん中に胸を張って仁王立ちしている。その隣には別館の入院室が何棟も連なって本館をより大きく見せていた。
私は自動ドアをくぐり、受付の前に猫背で立つ。少し年老いている50代くらいの看護師さんは、少し面倒くさそうに私に近づき、何かディスプレイを操作した。
「本日はどのようなご用件ですか。」
「あ、と、友達の、お見舞いで、す…。」
いつも通り噛みまくりながら用件を伝えた。看護師さんはそんな私の様子を怪訝な顔で見つめ、本館全体に聞こえるほどの大きなため息をついて、
「誰さんのお見舞いですか、お名前をお願いします。」
「え、えっとぉ…。」
彼女の名前を呼んだことがない私は、本当にこの名前で合っているのかわからず、もごもごと言葉がフェードアウトしていった。看護師さんは右手に持った安っぽいペンを机の上で一定のリズムを刻み、気怠そうに頬杖をついた。私はその高圧的な態度に怖気づき、余計に言葉が出なくなった。
「どうしたの?」
後ろから、いつもの声が聞こえた。私はその声に安心して、少し涙が出そうになった。彼女は私の現状を理解したのか、その看護師さんに要点を伝え、私の手を引っ張ってどこかへ駆け足で向かっていった。
向かった場所は、病院に付属している小さなカフェだった。まだお昼近いこともあり、カフェの中はがらんとしていた。そのおかげで、天井から降り注ぐクーラーの涼しい風が良く当たる。とても心地が良い。
「さっきの人、迷惑だよね。私もあの人に対応されたとき、ちょっとイラっとしちゃった。」
彼女はアイスティーを二つ頼んでから、私にそう言った。私は大きく二度頷き、彼女に助けてもらったことのお礼を伝えた。彼女はいつもの気さくな笑顔で「とんでもない。」と口にした。彼女の好きな漫画家が、こんな情けない人で申し訳ないと思う。
アイスティーが届き、彼女と少しの時間沈黙が続いた。私はその沈黙を利用して、彼女に訊きたいことを訊いてみることにした。
「入院って、前言ってた肺がんのことでだよね?」
彼女は顔色一つも替えずに、アイスティーを一口飲んだ。アイスティーを音を立てないように優しく置き、彼女は「そうだよ。」と一言だけ言った。
やっぱり。私もひどく驚くことはなかった。しかし、心の何かが抜け落ちた。きっと、「心」の四画の中の一画が消えたんだ。そんな感じ。
「まあ、点滴を打って少し安静にしてたらよくなるよ。先生が言ってたもん。」
彼女は笑顔を作って、そう告げた。でも、私は分かる。その笑顔が愛想笑いだということは。私も愛想笑い民族だから、人の笑顔の種類なんて、一目で見分けがつく。
そのあとは、いつものように雑談をした。私は学校の先生のこと、クラスメートのこと、当たり障りのないように、でも少しだけ悪口を含め、彼女に伝えた。彼女はうんうん頷き、時に声をあげて笑いながら私の話を聞いてくれた。
彼女はこの病院のことについて話してくれた。病院の先生の優しいこと、あの怒ってる看護師さんのこと、そして、この病院に入院している同い年くらいの女の子のこと。
でも、彼女は自分の病気について何も教えてくれなかった。その病気のことを避けて、話を展開していった。私はそのことがとても気にかかった。でも、彼女は教えたくなかったのかもしれない。そう思って、私は詮索するのをやめた。うれしいのか、それとも少し悲しいのか、わからない時間だった。
「今日はありがとね。」
去り際に彼女にそう言われた。もう日はすっかり沈み、暗い空に生ぬるい風が吹いていた。
この言葉は、前回のカフェの時にも言われた。その時はニコニコいつもの笑顔で送ってくれた。でも、今は違った。彼女の笑顔は少し悲しそうな雰囲気を醸し出しており、今にも泣きそうな笑顔だった。
でも私は、詮索するのをやめたので、先ほどと同様にそのことについて触れないようにした。内心、すごく泣きそうだった。しかし、涙をこらえている顔を見られたくなかったので、私は頷いてすぐに病院から離れた。
またすぐに、会えるよね。
そう思うことで私は、自分の心の傷を癒した。でも、そんなことをしたところで、抜け落ちた心の一画は元に戻ることはなかった。
読んでくれてありがとう。
ついに五章。まだまだ続きます。お楽しみに。