三章 病院
おはようございます。
今回は二人の秘密が明かされます。
雰囲気が展開されるので、楽しんでください。
今日は、八月六日の土曜日。
いつもなら午後まで寝ている予定だけど、今日は午前中の太陽がまだ傾いている時間に起きた。
今日は少しだけ嫌な日。病院に行かなければならないから。
重たい足を引きずりながら、改札を出て病院へ向かった。今日も蒸し暑く、現在の気温を表示してくれている電光掲示板には三十五度と書いてあった。
受付をくぐり、大きなロビーで後ろの方の椅子に座り、つぶやきを投稿できるアプリで私の漫画のレビューを見漁る。うれしいコメントがたくさんあって、思わずにやけてしまった。
「あれ、どうしたの?」
ふと、後ろから声をかけられた。慌ててスマホの電源を切り、その方向へ体ごと向いた。
そこに、あの子がいた。少し露出の多い白いワンピースに、髪の毛がいつもは下ろしているのに、今日は高めのポニーテールだ。そして、いつもと変わらないクリクリの瞳。私は息をするのも忘れて、彼女に夢中になった。
「どうして病院にいるの?」
その子はさっきの言葉をかみ砕いて、私にもう一度尋ねた。私は慌ててその答えを伝えた。
「む、昔に軽く脳梗塞になったので、その通院です…。」
「脳梗塞!?大変だね。」
彼女は驚いて前方に体を傾けた。顔がいきなり近くなったので、私は思わず体を後ろにそらしてしまった。彼女はあ、ごめんとつぶやき、私の隣に座った。その子はバツが悪そうな顔をして、目を伏せながら口を開いた。
「さっき見ちゃったんだけどさ。あなたって、『佐々木みー太』さん?」
それは私のペンネーム。そうか、さっきの私のスマホの画面を見てそう思ったのか。私は自分の不用心さがひどく惨めに思えた。私はその質問に頷くことしかできずに、ただ彼女の次の言葉を待った。しかし、一向に彼女は次の言葉を発さなかったので、私は彼女の瞳を恐る恐る見つめた。
彼女は、子犬のように目をまんまるにさせていた。その瞳はきらきらしていて、まるで長年探していたお宝が見つかったような顔をしていた。
「ほ、ほんとうに?」
彼女の口から、そのような言葉が呟かれた。その言葉はいつもの教室中に響き渡るような芯は入っておらず、わなわなと震える口元から呟かれた。
私は小さくうなずき、私のつま先をじっと見つめた。すると、彼女は私の手を取り、ぶんぶん大きく振り回した。
「すごい!すごい!」
子犬のような無邪気な顔でそう騒ぎ立てた。病院にいるおじいさんやお姉さんなど全員が、彼女に注目した。私は慌てて彼女に、
「だ、誰にも言わないでね。」
と釘付けした。その子は大きくうなずいて、きらきらした顔で私の瞳をじっくりと見つめた。
「言わないよ!だって、私の宝物だもん!」
『私の宝物』と言われ、少しだけドキッとした。赤くなった顔を隠すように、私はもう一度私のつま先を見つめた。
私の名前が看護師さんに呼ばれ、私は逃げるようにその場から去った。
いつもの中年のお医者さんに診てもらったので、私は再びロビーに戻った。会計をしようと思い、受付の方へ顔を上げた途端、気が付いた。まだ、彼女はそこにいた。私は少しだけ気になり、彼女の方へ足を進める。
「あの…。」
「あっ。来た来た。」
彼女は立ち上がり、私の顔をまっすぐ見つめた。その顔はさっきとは違い、何かを決心したような表情をしていた。私はその顔に、少しだけ怖気づいた。
「ちょっと、一緒にカフェ寄らない?」
そう、彼女からデートのお約束が入った。私は頷き、受付を済ませて彼女にドラクエのようについていった。
涼しいカフェの端っこの席。私はあの子の目の前に座り、アイスティーをストローから口に運んだ。この状況がよくわからないので、私は彼女をチラチラ見た。彼女も同じく、アイスラテを飲んでいた。すると彼女は突然、私をじっと見つめて、アイスラテを右側に寄せた。チラチラ見ていたことが気に食わなかったのかな、申し訳ない。
「さっき、秘密を明かしてくれたから、私も秘密を明かすね。」
彼女はそう言い、深呼吸をした。私はアイスティーを飲むのをやめて、固唾をのみ彼女のまっすぐな瞳を見つめた。彼女は小さく口を開け、言葉を発した。
「私、肺がんなんだ。長く持たないやつ。」
次話から雰囲気をがらりと展開します。
お楽しみに。