十章 世界の狭間で、貴女と永遠を。
最後です。
気が付けば、病院の屋上にいた。
生ぬるい風が、頬を撫でていく。心地よくも悪くもない。ただ、何も感じない。
トンネルを駆けていく電車のように、空っぽの心の中を風が吹いた。
ふわふわと軽くなった体は、今にも飛べそうだ。
私は、皮肉にも晴れ渡っている空を仰いだ。
あの雲の上に、あの子がいるのかな。
私は無意識に空に伸ばしていた手を引っ込めて、柵の方まで歩いた。
下に広がる町を、五階建ての病院の屋上から俯瞰で見渡した。
車の音が轟く。クラクションが鳴り響く。風の音が耳をかすめた。
貴女のにおいが、すぐそこで感じた。
しょっぱい。涙が口の中に入ってきたみたい。
ざらざらとした表面の柵を、両手で握る。そのまま身を乗り出して、ミニチュアの町を眺めた。
下を見下ろしていると、掛けていたメガネがずり落ちた。慌てて定位置に戻したが、またずり落ちて町に降下していった。
すぐ追いかけるから、待っててね。
私は柵を乗り越えようと足を上げた。
あ、靴脱がないと。
私はお気に入りだった紫のスニーカーを柵の近くにきれいに並べた。
もう、ボロボロで汚くなっちゃったな。
スマホを取り出し、佐々木みー太として呟いた。
「さようなら。」
スマホを靴の傍に並べて、柵を超える。
軽くなった足元を、生ぬるい風が通り去った。
もう、思い残すことはない。
貴女のそばに行けるなら、なんだってする。
もう、この世なんかいらない。
貴方のいない未来を生きるくらいなら。
裏切られた世界で、息をするくらいなら。
常世と現世の境目で、永遠に一緒にいられるなら。
私は、身を投げた。
もういい。
ただ、貴女に逢いたい。
それだけ。
『世界の狭間で、貴女と永遠を。』完
読んでくれてありがとう。
さようなら。




