(二十九)
すっかり暮れなずんだ空を、炎が赤々と照らし出している。かつては日の本一であった巨城が、あの大坂城が燃えていた。それを徳川方の諸将も、わずかに残った豊臣方の残党も、誰もがただ黙って見上げていた。
右大臣秀頼も、またその母である淀の方も、みなその炎の中にいるはずだった。豊臣方の大野修理は千姫を連れて、家康の元へ主の助命嘆願に向かったとのことだったが、秀頼はその回答を聞くこともなく自ら城に火を放ったらしい。さような嘆願は通らぬと諦めていたのか、あるいはこの戦を止められなかった責は負うべきだと思ったのか。いずれにせよ、これにて豊臣の血筋は完全に途絶えたのだった。
「紀伊守さまは……さぞご無念でございましょうな」
ぽつり、と山城守正信がつぶやいた。弟でもある若き主の心根を慮っての言葉であったのであろうが、当の義利はゆっくりと首を振って「さて、どうであろう」と答える。
「あの方は心のどこかで、この日が来るのを覚悟していたように思える。おそらく、肥後守どのも……」
傍らに控える氏勝も、そうかもしれぬと思っていた。何しろあれだけの人物である。幸長も清正も、当然秀頼の弱さと危うさに気付いていたはずである。それでもせめておのが命のあるうちはと、必死で豊臣を支えようとしていた。そうした悲壮な決意を、あのふたりからは常に感じていたものであった。
「……大和」と、義利が不意に尋ねてきた。「何を考えておる?」
氏勝は我に返って、義利に向き直った。若き主は隣の正信とともに、どこか不安げな顔でこちらを見ていた。
「悼んでおるのか、あの火の中の者たちを……右府さまのことを」
「さあ……わかりませぬ」
あの者たちは、はたして哀れむべき存在なのか。あるいは武士として戦の中でその生を終えることができて、本望であったのではないか。そう思えなくもなかった。
少なくともあの左衛門佐幸村はそうであろう。かの者はあれからしばらくして、越前守忠直配下の雑兵の手であえない最期を遂げたと知らされた。それでもきっと、十二分に満足であったろう。あらゆるものを巻き込んで、おのが手でこれほどの大戦を仕立て、いっときは大御所家康を瀬戸際まで追い込んだ末、最後はひとりの兵として死んだ。もはや思い残すこともないのではないか。
「そうか、わからぬか」
義利は氏勝の答えに何を感じ取ったのか、まるで得心したかのように頷いた。
「実はの……我もわからぬのだ。あの者たちをどう思えばいいのか。そもそもこの戦は何のためのものだったのか。とうとう、わからずじまいよ」
「そうでしょうな……されど、殿はわからなくて良いのです。竹腰どのも、きっと……」
「まるで、大和にはわかるかのような物言いだの」
「むろん、某にもわかりませぬ……されど」
と、氏勝は再び燃え盛る城へと目を向けた。
「もしも殿に出会わなければ、……おそらくは某も今頃、あの炎の中にいたと思うのです」
もしもおのれが今も心の中に、乾いた風が吹き抜けるあの荒野を抱えたままであったなら。この身を尽くせる何ものをも見出せずにいたなら……きっとかの男の掲げた、乱世への回帰という夢に共感していたであろう。この大阪へ集まった、数多の牢人たちと同じように。
すると義利は、一歩氏勝のほうへと近付いてきた。そして手甲で軽く氏勝の肘のあたりを叩くと、どこか拗ねたような声で言う。
「もしも、はない。あり得ぬ」
「殿……?」
「大和は今、ここにおる。我の隣におる。それがすべてだ。それ以外になど、なりようがなかったのだ」
主はそう言ったきり、ぷいとまた顔を背けた。その仕草がどうにも童めいていて、氏勝は自然にくすりと笑った。それを見て正信が驚いたように目を見開いたが、いったい何が珍しいのだか。
「そうでございました、殿」
氏勝はそれだけ答えて、また大坂城の炎へと目をやった。櫓のひとつが焼け崩れて、ごごっ、という地響きが少し遅れて響いてくる。




