(二十一)
どうしてこうなった。何がいけなかったのだ。思うようにならぬ戦に、右兵衛督義利は臍を噛むしかできなかった。兵たちも動揺からはすでに立ち直っている。隊列に乱れもなく、武具装束もむしろこちらの方が立派である。なのになぜ、かような小勢に成す術もなく押し込まれるのか。
つまりは、兵ひとりひとりの力が違うのか。関ヶ原の戦を経験し、その屈辱を身に刻んだ者たちの力とはそれほどのものなのか。そう思いかけて、義利はすぐに頭から振り払った。それは違う。兵の所為ではない。すべては、おのれの力不足ゆえだ。怯むな、進めといくら号令を掛けようと、そのおのれが怯んでいるのでは兵たちが従うはずもない。
そう、義利は怯んでいた。はじめての戦らしい戦に。目の前に迫った騎馬たちに。怒声を上げ、槍を振り上げ、この首を狙って遮二無二迫ってくる鎧武者たちに。精一杯隠してはいても、その怖気が声に表われて味方の兵たちに伝播し、萎縮させてしまっている。それでは、誰も従うはずがないではないか。
だがこうしている間にも敵は本陣にも攻め寄せ、父である家康の命をも危うくさせている。力不足を嘆いている暇などないのだ。どうにかして、この劣勢を立て直さなければならない。されどどうやって。そんな方策など、今まで目を通してきた書物にはどこにも書かれていなかった。
「……殿、下がられませ。危のうございます!」
脇を固める山城守正信が、再び大声で叫んだ。さらには忠右衛門守綱も戻り来て、義利の馬の轡を取って無理にでも引き戻そうとする。ここまで乗ってきた黒鹿毛ではない、馴染みのない馬。そういえばおのが愛馬は、今は貸し与えてしまっていたのであった。
「大和は……まだ戻らぬのか」
小声で漏らしたその問いは、誰の耳にも届かなかったのであろう。答えは返ってこなかった。もしもあの者がここにいたならば、何と言ってくれたであろう。義利は、そんな詮ないことを思う。されどそのとき、ふと耳元で何者かが囁く声を聞いた。
(頼られませ)
義利は弾かれたように振り返ったが、そこには誰もいなかった。その声は、耳の奥に甦ってきたものだった。されどそのひと言に、若き当主はようやく落ち着きを取り戻していた。
「……忠右衛門」と、馬を引く老将に呼び掛けた。見上げてくる兜の下の顔は、眉も髭もほとんど真っ白であった。
「何でございましょう、殿?」
「我は未熟であったな。手間ばかり掛けさせてすまぬ」
馬を並べる正信が、「さようなことは……」と言いかける。されどそれを、義利は手で遮った。
「良いのだ……我はつくづく思い知った。生死の縁にあって、かような若輩者の言葉など誰にも届かぬのは道理よ。何しろ我には、まだ何もかもが足りておらぬのだ」
そうして義利は、じっと守綱を見つめた。おのれが持っていないものを、この者は余るほど持ち合わせている。
「ゆえに忠右衛門、我を助けてはくれぬか?」
「はっ、もちろんにございます。いかなることでも、この老いぼれにお申し付け下され」
「うむ……では渡辺忠右衛門、そなたが采を取れ。我とこの尾張勢の命運を託す。そなたの経験で、この我を守ってみせよ!」




