(十九)
半刻ほどの攻防の末、越前守忠直勢の壁がついに破られた。鎧がずり落ち、兜も脱げて逃散する雑兵たちの間を割って、六文銭の旗を翻した騎馬が駆け抜けてゆく。そのあとを、雄叫びを上げながら徒士が続いて行った。
騎馬と徒士はそのまま脇目もふらず、ただ真っすぐに突き進んでいた。その先には、大御所家康が構える本陣があるのみ。
「……いかん!」それを目の当たりにして、義利は思わず叫んだ。「父上をお護りするのだ。兵を押し出せ!」
その号令とともに、一万五千の尾張勢が動き出した。鶴翼の左から中央に向かって、本陣への壁となるべく進み出てゆく。されどはたして間に合うのか。
「真田勢に横槍を入れよ。遅れるな!」
壁を抜けてきたのはせいぜいが、兵二、三千といったところであった。それならば、間に合いさえすれば止められる。義利もそう確信していた。
「進めっ!」
すると真田勢も横槍に気付いたか、反転してそれに正面から突っ込んできた。岩と岩がぶつかるような低い衝撃音が響き、先頭の徒士が槍衾を叩き付け合う。
「弓隊、鉄砲隊は散開せよ。回り込んで後方へ放つのだ!」
こちらは敵に向かって、斜面を駆け下りてゆく格好になる。その勢いも手伝って、容易に押し戻せるはずであった。ちらと城方を見やると、越前勢は再び隊形を立て直して、真田勢の後続を食い止めている。さらにその向こう、土煙を透かしてうっすらと浅野の旗が揺らめいているのが見える。それは先ほどから動いていないように思えた。
どうやら氏勝も、長晟の説得に成功したらしい。ならばもう同士討ちの恐れもない。これが真田の計略のひとつであったのならば、その思惑も外れたことであろう。
あとは、この二、三千の敵兵を押し返せばいいだけだった。されどどうにも様子がおかしい。数の上では圧倒的に優位、あとは力任せにでも呑み込んでしまえばいいはずなのに、逆に押されている。波のように一斉に押し寄せたはずの前線が、じりじりと後退しはじめている。
「どうした、怯むな!」義利はなおも声を張り上げる。「敵は小勢なりっ、押し返せ!」
されどその激も、虚しく空回りするばかりであった。前線からは我先にと逃げ出す者さえ出はじめ、もはや趨勢は明らかだ。敵の怒声と、槍のぶつかり合う音が近付いてくる。この乱戦では味方を射てしまう恐れもあるため、弓隊も鉄砲隊もなすすべもなく呆然としていた。
「殿、これ以上前に出ては危のうございます。お下がりくださいませ!」
馬廻の正信が、早くも嗄れはじめた声で叫んでいた。されど義利は首を振り、なおも軍配を振る。
「ならぬ……退がってはならぬ。我らが退いては本陣が危うい!」
そう答えたまさにそのとき、敵味方入り乱れる前線の向こうを、騎馬の列が悠然と過ぎてゆくのが見えた。そのあとを、千ばかりの徒士が付き従ってゆく。向かう先は、天王寺口の本陣に間違いなかった。
「駄目だ……行かせてはならぬ。止めよっ!」
いくら叫ぼうとも、兵たちは目の前の敵に手一杯でどうすることもできない。義利はただ、あざ笑うように中央を突破してゆく敵を見送るだけだった。




