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尾張名古屋の夢をみる  作者: 神尾宥人
五. 摂津大坂の燃ゆる城
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(十七)

 鬱蒼とした木々の間を抜け、一気に視界が開けたときには、すでに戦ははじまってしまっていた。遠くにあっても響いてくる筒音でわかっていたことではあったが、浅野但馬守長晟はそれを目の当たりにして、焦りを覚えずにはいられなかった。

「いかん……何ということだ」

 樫井での戦は大勝とは言っても無傷ではなく、さらには大和郡山より逃げ落ちてきた筒井の残党を再編成するのに手間取ってしまい、和歌山を出陣するのが数日遅れてしまったのだ。

 とはいえ、それは決して失態といえるほどのものではなかった。何しろすでに浅野は、敵将(ばん)団右衛門らの首級を上げる戦功を挙げている。それだけに家康もそれ以上の無理は求めず、兵を出せるようなら手薄な西を固め、城に圧力を掛けるだけで良いとの命を下すにとどめていた。

 されど長晟自身が、それでは満足していなかった。必ずや万全の態勢を整えて大坂に参陣し、敵の実質的な総大将である真田左衛門佐の首を獲る。その決意のもとに、紀州路を駆けに駆けてきたのである。おそらくは此度もしばらくは睨み合いが続くであろうと踏んで、それでも十分に間に合うと思っていた。されど戦は慮外に早く展開しているようだった。

 長晟は物見の報告を待てず、兵を割って先頭へと躍り出た。そして眼下に広がる戦場と、その向こうに見える小高い丘陵を眺め渡す。先の戦では家康が本陣を敷いていた茶臼山だ。此度はそこに、真田左衛門佐が陣を構えていると聞いていた。

「真田は……真田はいずこじゃ!」

 されど憎き六文銭の旗が翻っているはずのその場所には、もはや何もなかった。ただほとんど無人となった帷幕の跡が残っているだけだ。そのさらに向こうで、土埃が立っているのがわかった。

「どういうことだ……まさか、大坂方から仕掛けたというのか?」

 莫迦な、と思わず口をついて出た。そんなことはあり得ない。兵の数ではまったく劣勢のはずの大坂方が、徳川の大軍に攻め入るなど、正気の沙汰とも思えない。されどこの状況を見るに、そう考えるしかなかった。

 そこへ物見に出していた先遣隊が戻ってきて、戦の推移を報告する。徳川方の先鋒であった本多内記の勢が真田の誘いに乗せられて突撃し、まんまと殲滅されたこと。さらに弟・采女正長重と秋田城介実季も敢えなく敗走し、徳川の前線は完全に崩壊したこと。そうして真田勢と毛利勢、合わせて一万八千はそのまま茶臼山を駆け下り、現在は越前宰相忠直の軍勢と交戦中とのこと。それらの報告を、長晟はわなわなと拳を震わせながら聞いていた。

「采女正さまの消息は不明に……ご無事であれば良いのですが」

「今は生きておると信ずるしかなかろう。それよりも戦じゃ!」

「越前どのの兵は精強で知られております。そう簡単に押されはしますまい。それより我らはこの隙に、城に攻め入るべきかと」

 いつの間にか傍らに並びかけてきた木村石見守が、冷静な声でそう進言してくる。されど長晟は首を振った。

「敵はあくまでも真田よ……右府(うふ)さまではない」

 徳川の圧力に負けて茶臼山を追い落とされ、城に撤退する真田勢を挟撃する。そのためにはこの大和口に陣するのは願ったり叶ったりであると思っていたものの、その目論見は完全に外れてしまっていた。それどころかこのままでは、大御所の本陣すら危うい。越前宰相忠直の勢を破られれば、その先にあるのは春姫の婿である、徳川右兵衛督義利の陣である。

「往くぞ。我らはこれより、真田の背後を突く!」

 その言葉に、石見守も大きく頷いた。この男も、思いは主と同じであった。「ではどうか、先鋒はお任せを」

 長晟は「……うむ」と頷き、軍扇を振った。それは朝鮮の砂埃と硝煙を吸った、兄紀伊守幸長の形見であった。

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