(十)
先の初陣の際は後方に配されていた義利ら尾張勢も、此度は鶴翼の左を担っていた。徳川一門である松平越前宰相忠直勢の後方に布陣し、家康の本陣を守る重要な役割である。軍勢の内訳は変わらず、成瀬隼人正が本陣へ向かい、竹腰山城守と渡辺忠右衛門が馬廻を務めていた。そして氏勝が一番組を率い、隊の先頭に立つことになっている。
義利は軍議を終えると帷幕を出て、前方に聳える小高い山を見上げた。昨冬の戦の際には家康が本陣を敷いた茶臼山である。今はそこに真田左衛門佐幸村と、毛利豊前守勝永が待ち構えていた。
「落ち着かれませんかな?」
氏勝は主の隣に並びかけて尋ねた。とはいえ義利の表情はいつも通りで、怖気た様子もなく、かといって気負っているようにも見えなかった。ただ東寺で人質を務めたときも同じように見えたが、あとで内心は怖ろしくて堪らなかったと打ち明けてくれたものであった。今もやはり、無理をしてそれを押し込めているのかもしれない。
「あそこに……真田がおるのだな?」
「で、ありましょうな」
氏勝は頷く。左衛門佐の父安房守が、徳川の不倶戴天の敵であったことは、この義利もよく知っているであろう。その天敵をようやくここまで追い詰めたと見るべきか、あるいはここまで誘き出されたと見るべきか。
「あそこからなら、この大軍をよく見渡せるであろう。いったい如何なる思いであろうな」
「はて……怖気ているか、あるいは心躍らせているか。古強者の中には、負け戦こそ華と考える輩もおりますゆえ」
我にはわからぬ。聞こえるか聞こえないかほどの声で、義利はつぶやいた。そうして手甲の中の拳をぎゅっと握り締める。
「あそこまで出張ってきているからには、此度は睨み合いでは済むまいの」
「はい。こちらを待ち構えているか、あるいは攻めかかって来るかはわかりませぬが」
「攻めてくる……この大軍を見ても、なお来るのか」
そう漏らした声はわずかではあったが震えていた。されどその底には、いっそ敵を称賛するような色さえ滲んでいる。そんな義利に、氏勝は一歩下がって呼び掛けた。
「殿。我らの旗印をご覧ください」
氏勝がそう言うと、義利は不思議そうな顔をしながらも、背後に翻る旗を見上げた。先の冬の陣の前に、家康から手ずから賜ったものだ。
「徳川の三つ葉葵にございます。あのように、殿はおひとりではございませぬ。竹腰どのも渡辺どのもいらっしゃいます。殿を支える、一万五千の兵たちも。どうか、皆を頼られませ」
若き主はその言葉に、ようやく少しだけ表情を和らげた。そうしてちらと氏勝を見上げると、ひょいと肩をすくめてみせる。
「大和は、我のことなら何でもわかっておるのだな」
氏勝は小さく頭を下げ、「……傅役ですゆえ」とだけ答えた。




