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尾張名古屋の夢をみる  作者: 神尾宥人
五. 摂津大坂の燃ゆる城
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(八)

 祭りの余韻も冷めやらぬ、四月十四日。伏見へと発ったばかりの家康の元に、さらなる凶報が舞い込んできた。豊臣の旧臣であり徳川との交渉役であった大野修理が、大坂城において何者かの襲撃を受け深傷を負ったというのだ。さらには豊臣方の穏健派で、もうひとりの繋ぎ役でもあった織田有楽斎もまた、淀の方の不興を買って城を追われた。これにより徳川は、交渉の窓口をすべて失ってしまったことになる。

---いよいよ、やるしかないのか。

 家康は決断を迫られていた。次に戦端が開かれれば、此度こそ決戦となろう。両者を隔てる堀はもはやない。互いが互いの身を晒し、獣心を剥き出しにして互いを食らい合う、酸鼻を極める戦となるのは間違いなかった。この十余年、いまだ戦国の血を滾らせている猛者たちをあの手この手で手懐け、牙を抜き、眠りに就かせてきた労苦もすべて水の泡となる。

「それだけは、避けたかったのう……」

 伏見城の上段の間にて、ひとり盃を傾けながら、家康は誰に言うともなくつぶやいた。天下の静謐、永劫の泰平。それはもちろん徳川の体制を確固たるものとするためのお題目ではあったが、同時に人としての純粋な夢がなかったわけでもないのだ。人は策謀と打算だけで生きられるほど強くはない。おのれとてまた同じであった。

 この乱世は、あまりに長く続き過ぎた。それによって大いに進歩したものもあったが、失われたものもまた多かった。もう十分であろう。そろそろ(あまね)く平穏のうちに、繁栄を享受すべきときではないか。そしてその平穏をおのが手で。そんな夢だって、なかったわけではないのである。

「結局はまた、おぬしにしてやられたというわけか」

 家康は声に出さずに、かつて散々煮え湯を飲まされた宿敵に呼び掛ける。いつまでも付き纏う亡霊が、浅墓な男よと嗤っている。

 武士というものの本質は畢竟、獣と変わりないと。たとえいっときそれを眠らせることはできても、ほんの小さなきっかけですぐに目を覚まし、互いの肉を食らい合うのが運命と。されど、まことにそうか。それではあまりにも虚しいではないか。

 そうため息をついたところで、家康はふと脳裏にもうひとりの男の顔を思い浮かべた。肥前名護屋ではじめて対面したとき、何もかも諦めたような目の奥に、燃え上がるような(かつ)えを覗かせていたひとりの男を。あのときおのれがかの者を召し抱えようと思ったのは、その餓えが力にもなり得ると感じたのみではない。この者を野放しにしてはいけないという、危うさを覚えたからでもあった。

 されどその男は家康の危惧をよそに、勝手におのれの生きる道を見付けたようだった。静謐の中にあってもどういうわけか生き生きと、その才を発揮してみせている。それを思うと、誰しもが変われるのだと信じてみたくなるのだ。

 ゆえに、此度こそ最後の戦だ。この戦をもって、まことに乱世に幕を引く。そのためにはあの哀れな天下人の子も、生かしておくことはできぬであろう。おのれもまた鬼となり、すべての禍根を断つのだ。その先には必ず、新たな世が待っていると信じて。

「……やらいでか、安房守」

 家康はひび割れた声でつぶやき、一気に盃を干した。

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