(十二)
そうしてあとには、家康とふたりの大名だけが残った。
「……さて」と、家康は険しい目に戻ってふたりを睨め付けた。「おぬしらも、ただ前田の肩を持つためだけに来たわけではあるまい?」
「……おわかりでしたか」
「わからいでか。あの食わせ者にまんまと利用されたの」
「それは承知の上でござる」まるで負け惜しみのように憮然と、清正は答えた。「我らもまた、あの者を利用させてもらったまで。我らの本来の宛所のために」
家康は脇息にもたれて、なるほどと頷いた。「ではその本題を聞こうか。まあ、薄々察しはつくがの」
清正はまた幸長と顔を見合わせ、小さく頷いた。そして揃ってその場に拳をつき、頭を垂れながら切り出した。
「では大御所さま、率直に申し上げます。そろそろどうか、右府さま(右大臣秀頼)とご対面いただけませぬか?」
察しがついていたという言葉の通り、家康の顔に驚きはなかった。ただいまだ迷いを覗かせるような表情で、「……ふむ」とつぶやいただけだった。その言がはたしてどこまで本気のものであるのか、測りかねているようにも思える表情であった。
「大坂には行けぬぞ。それはわかっておるの?」
「もちろん。とはいえ右府さまも駿府にまで足を延ばすのは難かしゅうございます。会見場所は京……伏見か二条でいかがでございましょう」
「して、右府のほうはどうなのだ。京まで連れ出すことができるのか?」
家康がそう訝ったのも当然、前例があったからだ。それは遡ること五年、慶長十年(1605年)の四月。秀忠の征夷大将軍宣下の折、家康は秀頼に上洛を促したのだ。そうしてそのとき仲立をした高台院(太閤秀吉の正室・御寧の方)からは、ひとたびは了解の内諾を取り付けた。
されどそれを、秀頼の生母である淀の方が引っ繰り返したのである。淀の方は反対は周囲を困惑させるほどに強硬なもので、もしも無理にでも上洛を強いるのであれば、秀頼を殺しておのれも命を絶つとまで言ったという。その頑なさを厄介と見て取った家康は、その後大坂への干渉を最小限に留めていた。
「おぬしらで……あの母御前を説き伏せること能うのか?」
「それは必ずや」と、清正は断言する。「右府さまも間もなく齢十九、立派な若武者にございます。此度の話は何よりその右府さまのご意志なれば、お方さまもご無体は申しますまい」
「なるほど……あのときのお子が、もう十九か」
家康はそう感慨深げに目を細める。考えてみれば、太閤秀吉が没してはや十五年である。いつまでも母親の操り人形に甘んじている齢でもない。
「よかろう……であれば、わしも異存はない。されど準備は慎重に進めよ。いかなる邪魔が入るやもわからぬゆえな」
「……忝う存じまする」
堅く引き締まっていた清正の表情が、ようやく安堵したように緩んだ。されどその顔も、またすぐに険しくなる。この会見の実現まで、まだどれだけの障害が残っているか、わかっているゆえであった。
ここまでの強行軍を慮って、駿府にて寝んでゆくようにとの勧めを断って、伝右衛門は再び馬上の人となった。どうやら家康から賜った言葉を、一刻も早く主に伝えたいらしい。
「山下どのにはもう、何と礼を申し上げたらよいかもわからぬ。この恩義、我は……いや前田家は、いかにして貴殿に報いたらいい?」
馬上より、伝右衛門は真摯に見つめてくる。その目をまっすぐに受け止めて、氏勝は答えた。
「わが望みは、先ほど申し上げた通り。前田ご家中の皆々方にも、かの城の普請に関わったことを誇っていただきたい。それのみにて」
「……わかり申した」と、伝右衛門は頷いた。「では右兵衛督さまにお伝えくだされ。加賀前田百二十万石、もしも名古屋にことあらば、必ずや駆け付けましょうぞと」
そうして伝右衛門は勢いよく馬首を返し、駆け去って行った。その背中はみるみる遠ざかり、やがて夜闇に溶け入るように消える。氏勝はそれを見送ると、背後にそびえる駿府城の天守閣を見上げた。おそらく清正と幸長も、本題である秀頼との会見について家康へ切り出していることであろう。それが成れば、天下の静謐はいよいよ慥かなものとなる。世は本当に、新たな時代を迎えるのだ。
そして名古屋こそが、その新たな時代の象徴となる。江戸と大坂・京を繋ぐ扇の要、この日の本のまさに中心となる都。それに相応しき城と町並みを整え、我が殿の手に贈るのだ。
「……我もこうしてはおられぬな」
誰に言うでもなく、氏勝はひとりつぶやいた。おのれもすぐに名古屋に戻らねば。やらなければならないことは山ほどある。
「こんなところにおられましたか、叔父上」
されどそのとき、背後から声がした。振り返ると、にこやかに笑みを浮かべた山城守正信が歩み寄ってくるのが見えた。
「母上がご立腹にございましたよ。そちらの用は済んだろうに、なぜ戻って来られぬのかと」
「お方さまがですか。はて、特に某にご用があるとも聞いておりませぬが……」
「用がなくとも、叔父上にお会いしたいのでございましょう。それに殿も、名古屋の様子をお聞きしたいようです。どうぞ城にお戻りくださいませ。それともせっかく帰って来られたのに、またすぐ名古屋へ向かわれるおつもりですか?」
やれやれ、と氏勝は悟られぬよう小さく肩をすくめた。お亀の方はともかく、主に呼ばれたら応えぬわけにはゆかぬ。そう観念して、正信と並び城の中へと戻っていった。




