(十一)
その夜のうちに、氏勝は駿府に向けて馬を走らせていた。傍らには、同じく馬を駆る伝右衛門がいる。突然駿府まで同道することとなって、その顔はいまだ戸惑っているように見えた。
「山下どの、まことに……大御所さまにお目通りさせていただけるのでござるか?」
「わかりませぬ」と、氏勝は正直に答える。「されど試してみる価値はございます。何事も、まずは動くことです」
おそらく氏勝たちにさほど遅れることもなく、清正と幸長も名古屋を発ったことであろう。ふたりとも此度の事故についてはやはり前田家に同情的で、赦免の口添えをしてくれることも快諾してくれた。ふたりの言葉は、この普請に関わる多くの者の言葉でもある。となればさすがに家康とて無碍にはできまい。
「それよりも、慥かに作業はすぐ再開できるのでございましょうな?」
「それは大丈夫でござる。すでに代わりの人足たちもこちらに向かっているとのこと。あとひと月ほどいただければ、必ず終わらせてみせまする」
ならば、遅れはせいぜい半月ほどで済むであろう。被害は危惧していたほどの規模ではなかったらしい。それもまた好材料であった。
夜通し馬を走らせて、翌日の昼過ぎには駿府へと着いた。すぐに義利とお亀の方に挨拶を済ませ、家康への目通りを願い出る。お亀の方は「まったく、そなたはいつも急でございますね」と呆れながらも、その夜のうちの対面を都合してくれた。
そうして駿府城の会所にて、清正・幸長と大御所家康の会談がはじまった。そうして脇に控える氏勝と並んで、いまだわけがわからぬといった顔で伝右衛門が畏まっている。
「さような次第にて、大御所さま……前田家に対するお怒りのほど、どうか鎮めていただきたく。我らからも、伏してお願い申し上げまする」
清正と幸長は、そう言ってともに深く頭を垂れた。ふたりの大大名に揃って平伏されて、家康も困ったようにしかめっ面を見せる。この家康とて、度重なる普請に無理があったことはわかっているであろう。それは諸侯の力を削ぐという目的あってのことではあるが、事故で多くの人死にを出すまで追い込んだことに、内心では気まずさも覚えているはずだった。
そうしてどこか恨めしげな目で、脇に控える伝右衛門を見た。「おぬしが前田の普請役か」
伝右衛門は「は……ははっ!」っと、再び床に額を擦り付けんばかりにひれ伏した。
「おぬしごときがいったいどうやって、この肥後と紀州まで動かした?」
その答えは、家康とてすでにわかっているはずであった。伝右衛門が答えられずにいるのを見て取って、その目をじろりと氏勝に向ける。
「大和守……ここで前田に肩入れして、おぬしに何の得がある?」
「某はただ右兵衛督さまのため、名古屋の普請が滞りなく進むことを願うのみにございます」
「それはわしも同じよ……ゆえ、此度の前田の失態が許せぬのではないか」
「されど前田家とて、起こしたくて起こしたものではありますまい。痛手を蒙ったは前田も同じ。犠牲となった人足たちを悼みこそすれ、失態を責めるつもりはありませぬ」
家康は氏勝のその答えが不満だったようで、また口をへの字に結んで腕を組む。そしてぽつりと、「……綺麗事よの」とつぶやいた。
「綺麗事で構わぬではございませぬか。名古屋の城は、天下静謐の礎。城とは戦のためなれど、かの城は戦を起こさぬための城にございます。それこそが、我が主右兵衛督さまに相応しき城。ゆえにその普請においても、誰にも遺恨を残して欲しくはありませぬ」
むろん氏勝も、その裏には様々な思惑が渦巻いているのもわかっている。天下静謐の大義名分とて、所詮は徳川の世を守るためのお題目に過ぎない。されど我が主には、そうした汚れとは無縁であって欲しいのだ。そのためにはおのれがこの身を張って、綺麗事を掲げてみせようではないか。
「前田のご家中の皆さまにも、この城の普請に関わったことを誇りに思っていただきたい。某は本気でそう願っておるのです。愚か者と笑うなら笑ってくださって結構」
気が付くとその場の一同が、揃って氏勝をまじまじと見つめていた。驚いているのか、呆れているのか、それぞれの内心まではわからなかったが。
やがて家康は観念したように、深く長いため息をついた。「わかった……わしの負けじゃ」
「では?」
「前田筑前守の失態、此度は叱責のみに留め置く。国元へ戻ることも認めよう……されど普請役は残り、すぐにも作業を再開させよ。これ以上の遅れは決して許さぬぞ」
その言葉に伝右衛門ははっと息を呑み、すぐに「忝うございまする!」と再び深く平伏した。氏勝も安堵に胸を撫で下ろし、同じように頭を下げる。
「よい。わしとてさほどに前田を責める気もなかった。しばらくお灸を据えたら、それで赦すつもりであったのよ。それをおぬしら……無駄に大事にしおって」
家康はそう言って、まるで犬を追い払うように扇子を振った。いいからもう出て行けということだった。氏勝と伝右衛門はもう一度頭を下げると、音を立てぬよう立ち上がり、会所をあとにした。




