(十)
別室に清正と幸長を通すと、氏勝はまず此度の普請に尽力してくれたことへの謝意を述べた。しかしその言葉も終いまで聞かず、清正が険しい顔で遮ってくる。
「世辞はよい。今日はさような話をしに来たわけではない」
どうやら、ただの挨拶に来たわけではないようだった。ふたりとも表情が硬く、ぴりぴりとした緊張感を纏っている。ではいかなる話かと尋ねると、清正は小さく咳払いをした。そうしてわずかに声を落として答える。
「我らはこれより、少数の供のみを連れて駿府に向かうつもりじゃ。ゆえ、そなたに大御所さまへの取り次ぎを頼みたい」
「某に……で、ございますか?」
それも妙な話だった。肥後守清正、紀伊守幸長ほどの大大名たちであれば、正式に会談を申し入れても断られることはあるまい。されどそれはしたくないということか。
「つまり、何か内々に進めたいことがあると言うことでしょうか?」
清正はちらりと幸長を見やった。すると幸長は膝立ちになり、静かににじり寄ってきた。そうして扇子で口元を隠しながら、氏勝の耳元へ何事かを囁きかけてくる。その内容に、氏勝も思わず目を瞠った。
「……何と。さような大役、何ゆえ某などに?」
「山下どのゆえ、お頼みするのよ」幸長は小さく頷いて言った。「他に頼れる者はいない。お願いいたす」
いったいいつの間に、さほどまで信頼されてしまったのやら。氏勝は身の竦む思いに震えながら、幸長の顔を見返した。
「されどそうしたことであれば、正式に話を進めればよいことではござらぬか?」
「そうもゆかぬ。大坂ではいまだ、あちこちで熾火が燻っておるのでな。いかなる邪魔が入るかわからぬ。むろんすべてを隠すは叶わぬまでも、出来得る限りは内々に進めたい」
清正のその言葉を、元の位置に戻った幸長が受けて続けた。
「そのためにもまずは、大御所さまのご存念を慥かめねばな。この普請中に名古屋へ来られることがあればと待ってもおったのだが……結局叶わなんだ。ことがことゆえ、我らが直截顔を出さねば、まとまる話もまとまらぬ」
「……で、ございましょうな」
されど、と氏勝は思案する。いかに内密に話を進めようとしたところで、清正と幸長ほどの者が動けばどうしても、誰かの目には止まるであろう。ならば、何かしらの口実は必要だ。もしも家康との会談が明らかになっても、本来の目的を誤魔化すことができるだけの口実が。
そうして、不意に閃いた。口実ならあるではないか。今も、襖を幾つか挟んだ先に待たせている。
「では申し訳ありませぬが、こちらからもおふたりにお願いしたき儀がございます」
氏勝はあらためて姿勢を正し、清正と幸長に頭を垂れた。そうして、例によって笑顔にならぬ笑顔を浮かべる。
「無理を承知でお頼み申しておるのはこちらよ。我らにできることがあるならば、何なりと申されよ」
氏勝の言葉を承諾と受け取ったか、幸長はわずかに安堵を覗かせながら答えた。これなら、前田家赦免への口添えも快諾してくれることであろう。




