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尾張名古屋の夢をみる  作者: 神尾宥人
四. 尾張名古屋の事はじめ
52/99

(七)

 名古屋に仮の居を定めて以来、肥後守清正の他にも大名たちが代わる代わる氏勝の仮屋敷を訪ねてきた。町衆と同じように苦情を申し立てに来た者もいれば、大御所への追従のために参上した者もいた。そしてその中には飛騨の大名である金森出雲守可重(ありしげ)もいた。

 正直に言えば、氏勝はその訪問に心乱さずにはいられなかった。金森といえば氏勝の若き日に、主家である内ヶ島家を攻めて従わせた相手に他ならなかったからである。そしてあの地震のあと、父時慶に濡れ衣を着せて死に追いやったのもそうだった。いわば氏勝にとって仇とも言える相手である。

 時慶のその後については、ずいぶんのちになってからようやく人伝に知らされた。金森の軍勢は雪が解けたのちに足倉の集落に現れ、父母を追い立てた。そして時慶はそれに抗うことなく、また濡れ衣であるとわかった上ですべてを受け入れ、領民たちの赦免と引き換えに腹を切ったとのことだった。氏勝にそれを伝えた者は、それはそれは見事な最期であったと涙ながらに讃えていた。父はあのとき氏勝に言ったことを、違えることなく実行して果てたのだ。そして金森は、内ケ島が所有していた金山・銀山をすべて接収し、おのれのものとした。

 現在の当主である出雲守可重は、あの当時は長屋喜三(ながやきぞう)と名乗っており、金森勢の一隊を率いていた。そして飛騨を領したのち、嫡子のいなかった金森法印素玄の養子となり家督を継いだのだ。聞くところによれば内ヶ島がひとたび金森の軍門に下った際も、最後まで降伏を受け入れず攻め滅ぼすことを主張していた強硬派であるとのことだった。もしかしたらあの地震のあとの暴挙も、この可重の企んだものであったかもしれない。むしろそう考えるのがもっとも自然と言えた。

 その可重が普請助役の二十人の中に入っていることは、もちろん氏勝も知っていた。されど今のおのれはあくまでも徳川右兵衛督の家臣であり、ここで揉め事など起こせば主の顔に泥を塗ることになる。ただ下手に顔を合わせれば、そのときはおのれを抑えられるかがわからなかった。ゆえ、出来得る限り関わりを持たぬようにしていたのだった。

 その可重が、よりにもよって自ずから氏勝の前に姿を現した。とはいえ氏勝の素性については何も知らないようだ。目の前にかつて取り逃がした山下の嫡男が座っているとはつゆ知らず、ただ普請の割り当てに苦情を申し立てに来たのだった。此度の石垣の普請は、二十人の普請助役たちに石高に応じて割り振られている。されどおのれの受け持ちは、石高のわりに多いのではないかと。

「そうした話でしたら、どうか普請奉行の佐久間さまか滝川さまにお申し出ください。我は城の普請には関わっておりませぬゆえ」

 氏勝は必死で平静を装いながら、やっとのことでそう答えた。その答えに、可重は床を拳で叩いて激昂する。

「それでは埒が明かぬゆえ、こうして来たのだ!」

 元はさほどの悪相でもなかったのであろうが、額や頬に傷が刻まれ、また戦でへし折られたのか鼻梁も潰れ曲がっている。その顔をさらに歪ませながら、可重は凄むように睨みつけてきた。どうやらずいぶんと気の短い男であるようだ。齢は氏勝よりもひと回りは上であろう。ならばいい加減円熟の落ち着きも身に付けていて良さそうなものであるのに。

「あやつらなど所詮木っ端よ。大御所に話を通す権限など持っておらぬ」

「ならば某も同じにござる。普請の割り当てを左右できるような権限など持っておりませぬよ」

「だが浅野の横車が通ったのは、おぬしの進言があったゆえと聞いた。ならば我らの為にも骨を折るのが筋ではないのか」

 どうやら幸長が普請助役に入るにあたって、義利と氏勝が口を利いたという話はいつの間にか広まっているらしかった。ただしそれはあくまで、幸長と義利との特別な関係あってのことである。また浅野家に対しても格別の便宜をはかったというわけでもなく、むしろ負担となる話を自ずから申し出てくれたので、その義に礼をもって応えたというだけの話だ。

 それに対してこの可重の申し入れは、ただおのれのためだけの文句付けに過ぎない。もちろんこのところの各地の普請は諸侯にばかり負担を強いるもので、不満が募るのもわからぬでもないのだが。

「我らの知行はわずか三万三千石に過ぎぬ。されど此度の普請には、六万石相当の労役の供出を強いられておる。これはさすがに不当ではないのか。ここは何が何でも再考してもらわねば、我らも引き下がれぬ」

「何度も申し上げるが、普請の割り当ては某が決めたことではないゆえ、不平をぶつけられてもどうにもできませぬ」

 氏勝はうんざりしながらも答えた。身の裡で膨れ上がっていた怒りも、今はひとまず抑えることもできそうだった。

「その上で申し上げれば、金森どのへの割り当てはさほど不公平とも思えませぬ」

「何だと?」

「飛騨は慥かに山深く石高も高くはないが、それを補って余りある富がありましょう。領内から取れる金銀に硝石。それらの生み出す富は、米に換算すれば十万石相当にもなるはず。それを思えば、割り当てはむしろ少ないとも言えるではないでしょうか」

 それらは改めて調べずともわかっていることであった。何しろ元は我らが内ヶ島のものであったのだ。

「それでもなお不服だと申されるのであれば、さっさと国に引き上げるがよろしかろう。某も別に止めはいたしませぬ」

「ほう?」と、可重は引き攣ったような笑みを浮かべた。「引き上げて良いと申すか。ならば遠慮なくそうさせてもらうが。そもそも江戸や駿府ならいざ知らず、何ゆえ息子の城の普請にまで駆り出されねばならぬのか、得心ゆかなかったところよ」

「構いませぬぞ。早々に国へ帰り、戦支度をされるが良い」

 幕府の命に従えぬということは、すなわち叛旗を翻すということであった。たかだか三万三千石の身でどこまで抗えるかわからぬが、やるだけやってみれば良い。

 おのれの物言いが脅しにならぬことを悟って、可重はかっと顔を紅潮させた。

「この……木っ端役人が。幕府の威を借りて好きなことを吐かしやがって!」

 幕府の役人なんぞになったつもりはなかったので、そう言われたところで気にもならなかった。ただ何ゆえであろうか、この男が口を開いて何かを言うたびに、胸の裡の怒りが熱を失ってゆき、氏勝は冷静さを取り戻してゆく。あとには、こんな矮小な男のために父は死なねばならなかったのかという虚しさだけが残った。

 可重はそれからしばらく悪態をついたあとで、床を踏み鳴らしながら去って行った。あの様子ではあとで闇討ちぐらいは仕掛けてくるかとも思ったが、今のところはまだ何もない。来るなら来るで、そのときはこちらも遠慮なく仇討ちができるというものだと、密かに心待ちにもしていたのだが。

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