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尾張名古屋の夢をみる  作者: 神尾宥人
一. 肥前名護屋に水はなく
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(二)

 話を聞くと、やはりこの者たちは対岸の集落の漁師たちらしかった。繋いである小舟で漁に出ていたところ、波が高くなってきたためこの浜に上がり、夜を明かすつもりだったらしい。

「上に侍が大勢来おったせいで、舟は出せんとばい。見つかったっち思ったと」

「舟が出せない?」

「そうたい。そこの港に大きな船が出入りするけん、邪魔すんなってこったいね」

 どうやら太閤は名護屋に在陣するにあたって、近郷の漁師に舟を出すことを禁じていたらしい。それゆえ、こっそり禁を破っていたのを見付けられたと思ったようだった。

「しかしそれは……そなたらも困るであろう」

 慥かに兵の多くがすでに海を渡って行ったとはいえ、名護屋にはまだ後詰として十万を超す軍勢が残っている。ゆえ、兵糧を積んだ船の往来もある。されどそれとて、そう頻繁に出入りするわけでもない。それに舟の扱いに慣れた漁師たちなら、大船と行き合ったところでうまく避けられるだろう。何も丸っきり禁漁にすることもない。この者たちにだって、日々の糧を得る必要があるのだ。

 氏勝はそう憤りながらも、焼き上がった烏賊に大口を開けて齧り付いた。干物と違ってぷりぷりとした弾力があり、癖になりそうな味わいだった。されどその顔を覗き込み、漁師のひとりが不安げに訊いてくる。

「やはり、口に合わんかったと?」

「そんなことはない」と、氏勝は首を振る。「美味い。こんなものは食ろうたこともない」

「美味いならもっと美味そうな顔をするったい」

 他のひとりが困ったように小声で言った。おそらく聞こえないようにつぶやいたつもりだったのであろう。されど耳のよい氏勝には丸聞こえだった。

「すまぬ」と、氏勝は小さく頭を下げた。「この顔は生まれつきなのだ」

 男たちはぽかんと呆れたように黙り込み、また互いに目を見合わせる。おそらく、変な侍だと思われているのであろう。

「安心せよ、告げ口などはせぬ。今後もこうしてこっそり舟を出しておればよい」

「ばってん……」

「何、誰も海など見てはおらぬ。侍は侍で、みなおのれのことで手一杯よ」

 そうは言ってやったが、男たちの顔はまだ晴れないようであった。その理由を尋ねると、「やっぱり昼に舟を出しても、たかが知れとるばい」と答えてくる。

「漁というのは、夜にやるものなのか。ならば夜に舟を出せばよいものを」

 氏勝はそう問いを重ねた。ならば尚更、人目につかなそうなものだと思ったのだ。されどそういうものでもないらしい。

「篝火を焚くけん、こっそりというわけにはいかんと」

 男たちが言うには、烏賊を含め魚というのは、明かりに集まって来るものらしい。それゆえこのあたりの漁師たちは、もっと大きな船の上で篝火を焚いて、寄ってきた魚を獲るのだという。慥かにそれでは岸からもすぐにわかってしまい、こっそりというわけにはいかなそうだ。

「戦もどうせすぐ終わると思って、薪もいっぱい用意しとったばってん……無駄になってしまったとよ」

「ならばその薪を、上の侍に売ればよい。いくらかは足しになるであろう」

 良い考えだと思って言ってみたのだが、男たちは困ったように笑うだけだった。どうやらあまり、他所から来た侍と関わり合いたいとは思っていないらしい。なかなか難しいものである。

 わざわざ売りにくるのが気まずいのであれば、今度こちらから買い付けに来ようかとも思った。一度こうして顔を見知れば、この者たちも気おくれはせぬであろう。

「かようなところで何をしておられるのだ、山下どの」

 と、不意に声が聞こえた。顔を上げると岩場の陰から、見知った顔が覗いていた。前田家の家臣、小野伝右衛門である。

野一色(のいっしき)どのが呼んでおられたぞ。どうやらまた喧嘩のようじゃ。急がれよ」

 わかり申した。氏勝はうんざりとした声でそう答えた。そして名残惜しさを押し殺しながら立ち上がり、尻に付いた砂を払った。

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