(一)
その後も氏勝は尾張を回り、他にも新たな府として相応しき地はないかと見分した。そうして那古野の他に北の小牧山、そして南の古渡の地を候補とした。小牧山はかつて家康が秀吉と覇を競って戦った際、最前線の陣を張った地である。そして古渡は信長の父である織田弾正忠信秀が、清洲を子に預けて本拠となる城を築いた場所であった。ただしどちらも十分な平地を取ることができず、新府の地としては物足りない。氏勝が理想としたのは、まさに都と呼べるだけの城下町を築いた上で、いざ戦となれば十万余の軍勢を展開できるだけの広さを持った平地である。となるとやはり、その候補地は那古野以外には考えられなかった。
そうして駿府に戻った氏勝は、遷府案をまとめて大御所家康へと献策した。しかし当然のことながら、その献策は家中でも喧々諤々の議論を巻き起こした。予想された通り反発も強く、その中心になったのはまず平岩主計頭親吉であった。
「民の負担が大きい」というのが、何よりの理由であった。「清洲の民は、すでに総数で七万を超えている。それをすべて移転させよと申すか。無理にも程があろう」
歴代の城主たちが清洲城に問題があるのをわかっていながら拠を移すことができずにきたのも、それが最大の理由であった。清洲の城下はおいそれと他に移すには、大きくなり過ぎてしまっていたのである。
「されどこれは、民のためでもござる。今の清洲は大雨のたびに五条川が氾濫し、毎年大きな被害を出しておるではありませぬか」
「ならば堤を新たに普請すればよきこと。当面はそうした領内の立て直しこそ大事、夢語りはそのあとにすれば良い」
「夢語りではござらぬ。これは喫緊の懸案でござれば、何よりまず取り掛からねばならぬこと。付け焼刃の手当ではなく、今こそ根本的な解決をすべきと考えます。これは百年、いや五百年先まで見据えての話。我らが殿のためはもちろん、その子々代々続く拠とするには、清洲では難があり過ぎるのです」
されど氏勝も一歩も引かなかった。反発があることは最初からわかっていたことだ。それでも誰かがどこかで決断しなければ、尾張はいつまでも大きな問題を抱えたままだ。
「それに守るに難しと申すが、はたしてそうか。福島(正則)どのも、また亡き中将さまもずっと本拠とされてきたのだ。大御所さまがそれを認めてこられたのも、尾張を守る城として十分とご判断されてきたということではないのか」
「されどその大御所さまも、かの太閤と相対された折には、清洲ではなく小牧山に本陣を構えられた。大御所さまとてご存知なのでござる。清洲では不十分であると!」
議論はどこまで行っても平行線で、いつしか家中をふたつに割っての論争となっていた。ただどちらかといえば、親吉の側に分があるようである。やはり氏勝の提案は、些か途方もなさすぎると感じる者が多かったのであろう。
そしてお亀の方も、氏勝の言を夢語りと受け取るひとりであった。
「まったく……そなたは慎重なように見えて、ときどき突拍子もないことを言い出すゆえ困りまする」
「さようでございましょうか」と、氏勝はまだ頑なであった。「何も国替えをしろと言っているのではありませぬ。あくまで尾張の中に於いて、今後どうするかという話でございます」
古い話を蒸し返されて、お亀は不機嫌そうに「……むぅ」とふくれた。もちろん氏勝としても嫌味を言ったつもりもないので、すぐに話を戻す。
「某はただ、我らが殿に相応しき城と、相応しき城下町を築いてお迎えしたいと思うのみにございます。どうかお方さまもご助力くだされ」
「そうもいかぬのはわかっているでしょう。主計どのを立てよと申したのはそなたではありませぬか」
「決して平岩さまの顔を潰すつもりはありませぬ。お方さまからの言葉もあれば、あの方もわかってくださるのではないかと思うゆえにございます」
なおも引き下がろうとしない氏勝を見て、お亀は小さくため息をついて考え込んだ。そうしてしばしののち、ぽつりと尋ねてくる。
「さほどに、清洲は難があるのか?」
「竹腰どのは、忍を思い出したと申しておりました」
お亀もまたあの城で過ごした日々のことを思い出したのか、うんざりとしたように顔を顰めた。その後の失敗も含めて、二度と御免だと思っていることであろう。
「……それで、小伝次もそなたの話に乗り気だったのですね」
「竹越どのが?」それは氏勝も意外に思った。かの地で話したときの感触では、むしろ呆れているようにも見えたものだったが。「何と申されていましたか?」
「ええ、それはそれは熱心に、そなたの話を私に伝えてきましたよ。京にも大坂にも、あるいは江戸にも負けぬ都を築くのだそうですね」
お亀は可笑しそうにくすくすと笑うと、やがて目を細めて氏勝を見つめてきた。
「そなたは不思議な男です。さように無愛想で堅苦しいばかりの男であるにもかかわらず……どういうわけか、そなたの話にはみな惹き付けられてしまう。何ゆえでございましょう」
「それは某の言葉が、正しいゆえにございましょう」
氏勝としては大真面目に答えたのだが、お亀はなおも可笑しげに身を揺らすばかりであった。そうしてひとしきり笑ったあとで、どこか挑発するように言ったのだった。
「であれば、堂々と主計どのも説き伏せてみなされ。おのれが正しいと言うのなら、容易きことにございましょう?」
「ご助力はいただけないと?」
「はい。私は高見の見物とまいりましょう。ただしそなたが築くと言う夢の都は、楽しみにさせていただきますよ」
そう言って、お亀は艶然と頷いて見せた。氏勝もそれ以上は無理押しもできず、平伏して下がる以外になかった。




