(十四)
清洲城は尾張のほぼ中心に位置し、二百年は遡る応永十二年(一四〇五年)、守護の斯波氏によって築城されたのが最初である。その後織田守護代家の居城となり、尾張を統一したのちの弾正忠信長もここを本拠としていた。大御所家康が若き日、信長との同盟を結んだのもこの城においてである。やがて美濃を攻め滅ぼした信長は岐阜へと拠を移したが、その死後織田家の行く末を決める会議がここで行われ、三男である三介信雄が再び本拠と定めた。
その信雄の御代に、かなり大規模な改修が行われたとも聞いていた。今の天守閣も、そのときに建て直されたものであるという。ただそれにしては、城の内部にところどころ傷みが目立つのが気になっていた。織田が本拠と定めて以来、大きな戦に見舞われたことなどないにも関わらずである。
城郭を出て大手門前に立ち、天守閣を見上げながら氏勝は問うた。
「竹腰どの……どう思われましょうや。この天守、わずかに傾いてはおりませぬか?」
「天守がですか……いえ、我にはそうは見えませぬが」
正信はそう答えたが、氏勝にはどうしても気になった。弓遣いは目が命、戦場から遠ざかってもまだ衰えたつもりはない。それに若き頃、荻町にて堤の普請を差配していたおり、棟梁たちから目視で水平・垂直を測る業を教えられてもいる。
「いや、やはり傾いておりまする。長い年月の間に礎石が沈んだのか、あるいは……」
「それが、気になりますか?」
「当然です。ここはこれより我らが殿が拠とする城。万にひとつの瑕もあってはなりませぬ」
だとしても、これを正すのはかなりの骨であろう。その手間を思うと、氏勝も気が重くなってくる。
さらに城下へと足を向けると、その気鬱はさらに深いものとなっていった。長く織田が本拠としていただけあって、街並みもいかにも古びている。ただ全体的に埃っぽく、どうにも荒んだ雰囲気が漂っていた。また古い屋敷のいくつもが、微妙に傾き歪んでいる。
「すごい賑わいでございますね、叔父上。駿府の城下と同じくらい……いえ、それ以上かもしれません」
それでも正信は、城下の賑やかさに目を輝かせていた。なるほど物売りの威勢のいい声が飛び交い、荷車が所狭しと走り回るさまは、心躍るものもあるであろう。
「清洲は水運の町ですゆえ。城下を貫くように川が流れ……この川は五条川というらしいですな。それで熱田の湊から商船が、ここまで遡っても来るようです」
「なるほど……商いは大事でございますな、叔父上」
だが、と氏勝は大きな商家のひとつに目を向けた。今も大きな荷車が何台も入って行ったところで、どうやらずいぶんと景気もよさそうだ。されど屋敷は古びていて、門構えもやはりわずかに歪んでいるように見える。
氏勝はその商家の前に立つ、背に大きく屋号を染め抜いた羽織姿の男に声を掛けた。振り返った男は五十絡みで、心なしか疲れた表情をしていた。氏勝らを見て徳川の者と気付いたか、慌ててその場に平伏する。
「これはお武家さま、いかなる御用でございましょうや?」
そのような礼は不要と氏勝もまたその場に膝をつき、目線を合わせて尋ねた。
「ここはずいぶんと繁盛しているようだな。されど屋敷が傷んでいるようだ。直す暇もないということか?」
「ああ……」と男はわずかに顔を俯けて、逆に尋ねてきた。「お武家さま、清洲ははじめてでございますか?」
はじめてではないが似たようなものと答えると、「……そうですか」と男は目を逸らした。そうしてどこか諦念さえ滲ませたような声で、「仕方ないのでございますよ、これは……仕方ないのでございます」とだけつぶやいた。
まるでそれ以上の答えを拒否するような佇まいに、氏勝も問いを重ねることを躊躇った。それでも訊かぬわけにもいかない。
「いったい何があるのだ、この清洲に?」
男は小さくため息をついて頷くと、再び氏勝らに向き直って口を開いた。
「お武家さまは、ご存知ではないでしょうかね……二十年ほど前の大きな地震のことを」
「地震……それはあの、天正十三年の大地震のことか?」
「さようで。あのときは、この清洲も酷いものでしてな。倒れた屋敷に潰された者も多ございましたが、それ以上に大水にやられました」
氏勝の脳裏に、ひとつの光景が蘇った。見渡す限り、いっぱいに水を湛えたあるはずのない湖。ここでもやはり地震が川を堰き止め、一帯を水浸しにしたのか。
「大水というと、この五条川が氾濫したのか?」
「それもありましたが……加えて不思議なことに、町のあちこちから泥水が噴き出してきたのでございますよ。それとともに平らだった地面がまるで波打つように沈んでゆき……気が付けば、ここら一帯が泥沼になったかのありさまでした。あれはいったい何だったのでしょう。わしらには、今でもわからぬのです」
男の目に、消えない悲しみの色が浮かんでいるのを見て取った。おそらくその際に、身内を幾人も喪ったのであろう。
「それ以来ですかね。土を盛り直して、平らに整えても……また少しずつ沈んでゆくのです。今ではもう諦めました。ここは、そういう地なのだと……」




