(二)
戦闘はそれから四半刻もせずに終わった。獲った首はせいぜいが二十ほど。形勢不利を悟った敵が、早々に兵を本丸へと引き上げさせたためであろう。お陰でこちらにも、手傷を負った者はいても死人はいなかった。いささか呆気ないほどの大勝利である。
左門は荒い息をつきながら、足元に倒れ伏している敵大将の骸を見下ろす。緒が切れてずれた兜から、すっかり白くなった鬢が覗いていた。おそらくはこの者が名高き老将、間宮豊前守であろう。味方を逃がすために、おのれは残って立ち塞がったのだ。
さすがに槍上手として知られるだけあって、左門も乕之助と合力してやっと討ち取ることができた。されどこれほどの者の首をすぐに落とす気にはなれず、いまだ畏敬の念すら抱きながら見つめるばかりであった。
背後では、乕之助が手下の者たちと猛々しく鬨を上げている。その声に勢いづけられるかのように、ようやく明るみはじめた空の下、友軍が一斉に大手門へと攻め寄せてゆくのが見えた。あとは守勢の十倍に及ぶ兵で、力尽くに押し潰すだけだ。我らの務めはここまでであろう。左門はそう大きく息をついた。
「一番槍は取られたのう……まこと、見事な戦いぶりよ」
声に気付いて振り返ると、並んで走っていたもうひとつの隊の大将が、破顔しながら歩み寄ってきていた。齢は四十を過ぎていようが、ずんぐりとした体躯のいかにも屈強そうな男だ。
「中村式部が家来、藪内匠じゃ」
その名を聞いて、左門は少なからず驚いた。藪内匠正照といえば、音に聞こえた猛者である。小身の頃より中村家に仕え、羽柴の戦では常に先陣を切ってきたといわれている。中でも播州上月城の籠城戦において、毛利家の児玉兵庫と凄絶な一騎打ちを繰り広げたことは、武士であれば知らぬ者のいない語り種となってもいた。かような剛の者と槍を並べることができたとは、と左門は身を震わせる。
「榊原式部が家臣、戸田左門にござる」
「徳川どののご家中か……さすがは三河武士、怖気というものを知らぬの」
内匠ほどの者にそう称えられ、左門はさすがに居心地の悪さを覚えた。それを紛らわすように苦笑しながら、目をかの者の配下たちに巡らせる。今はもうひとつ、気になることがあったのだ。
やがて、ひとりの男に目が止まった。気勢を上げる者たちの輪からひとり外れて、八尺はありそうな大弓を背負い、静かに佇んでいる。つい今さっきまで、ともに闇の中を駆けていたとは思えない、涼しげにも見える様子であった。弓を背負った者は他にもいたが、左門には奇妙な確信があった。間違いない。あの神業めいた矢を放っていたのはこの者だ。
思っていた以上に若い男だった。おそらく、二十をいくつも過ぎてはいないであろう。侍らしくない色白の細面は端正に整い、どこか気品めいたものさえ感じさせる。されど武具はいかにも雑兵といった風情で、粗末な胴と草摺しか身に着けていないのが、何とも不釣り合いだ。
「……あの者は?」
内匠は「……ああ」と困ったように漏らし、言葉を詰まらせる。
「尋常な腕ではなかった。いかなる者でござろうか?」
「新参者でな、わしもよくは知らぬのよ」と、内匠は言葉を選びながら口を開いた。「此度の戦のために集められた牢人のひとりとのことだが……まあ、いちいち身の上までは調べておらぬでな。知っているのは名くらいか」
「その……かの者の名は、何と?」
左門は重ねてそう尋ねた。内匠はしばし迷ったのち、答える。
「名は、山下……そう、山下半三郎とか申しておったか」