月夜に紛れる音(娑羅の状況)
目を閉じ頬に風を感じる。
頬を触る風の中にひと撫での暖かさを感じて目を開ける。
見つけた。
口元を緩め吐息と共にか細い声を吐き出す。
少し乱れた服装を整え地にしゃがむ。
左手でアスファルトを軽く撫で、砂利を弄び、少し息を吸う。
右手を少し前にだし、大地を強くつかむ。左手を前に出し大地を押す。
腰を軽く上げ、前に重心を傾け、足首からつま先に力を込める。
今度は息を吐く。
深く。
深く。
深く。
…。
肩は落ち、せっかく込めた力も抜けてしまった……。
風が吹く。
冷風の中に心地よいモノが混じっている。
息を吸う。
強く吸う。
素早く吸う。
全身に息が駆け巡る。
全身に生が焚きあがる。
右足で大地を蹴る。鋭く息を吐く。左足で大地を踏み飛ばす。もう息を吸っているか吐いているかわからない。
前を向く。暗闇が見える。いや少し光が見える。でも何も見えない。通り過ぎていくから。
耳を澄ます。あらゆる音が聞こえる。嘘。本当は何も聞こえない。風が耳を鳴らしているから。足音さえも。
暗き場所を駆ける。誰にも見られぬように。悟られぬように。
誰かに見られたらきっと恥ずかしい。未熟だから。
冗談。いや本当。でも冗談。一人前は人々を怖がらせぬ為と答えるだろうから。
体に触れる心地よい感じが増してくる。
もうすぐ。
もうすぐ。
もうすぐ。
あっ。
見えた。
瞳に妖を映す。体に込めた力を緩める。少しずつ。少しずつ。足が大地を踏むようになる。しっかりと。
一歩。
二歩。
三歩。
四歩。
五歩で近くの壁に背を預け止まる。妖からは死角。私からも死角。瞳から妖は消えていた。
息を吐く。
息を吸う。
息を吐く。
息を吸う。
息を吐く。
目を瞑り。
目を開く。
そろりと壁から顔を覗かせる。
瞳にまた妖が映る。
妖の瞳には私は映っていない。
よいよい。
声に出さず口ずさむ。
なんとなく心が躍る。
~宵~心結び
次は少し声を出す。
右手に銀色の薙刀が現れる。
にぎにぎと指を動かし、心地の良い握り箇所にずらしていく。
いい感触になる。
口元が少し緩む。
少し気持ちが昂っている。
これはいけない。未熟だ。
息を吐き、息を吸う。
そして深く深く息を吐く。
目を閉じ、
目を開けた。
鋭い気持ちと瞳になった。
上半身を下の方にずらしていく。
腰ももちろん落としていく。
瞳はもちろん妖を映している。
そろりと左足を出す。
上半身が遅れてついてくる。
そろりと右足を出す。
今度は一緒についてきた。
またそろりと左足をだす。
もう上半身が遅れてくることは無い。
またそろりと右足を出す。今度は先ほどより早く。
そろりと左足を出す。先ほどより早く。
そろりと右足を出す。先ほどより早く。
左足を出す。右足を出す。
左足を出す。右足を出す。
左足を出す。右足を出す。
先ほどより早く。
先ほどより早く。
そろりと。そろりと。
そろりと。そろりと。
風と宵闇を斬るように抜け駆ける。
そしてまたしても何も聞こえなくなった。
ごめん嘘。
今度は聞こえる。
風が耳を鳴らす音ではなく。
「…オオ…オォ…。」
妖の断末魔が。