月夜に紛れる音(街の状況)
草木も眠る夜半。暗き空には雲がまばらに浮かび、時々、満月を瞬かせている。
市街地から離れた住宅街。夜道を照らすのは点々とある街灯とおぼろな月光。稀に自販機。
多くの住宅の灯りは消え、静寂が産まれている。数少ない灯りが付いている家は時たまに足音が響くか潜めいた声が響くのみ。とはいかず、多くの家では空調の室外機のうねり音が出ていた。
その音に紛れるように、のそりのそりと閑静な住宅街を動く影があった。それは道筋に現れる街灯の光を避けるように動き、時より立ち止まっては何かを探すように辺りを見回すような動作をしていた。
その影は異形。この世ならざるもの。人々の視界を苛む暗き夜、その中でそれは見てくれはぼろ布を着た腰の曲った老人かのようである。がしかし、日中もしくはよく近づいて見ればその変質さに誰もが気がつくであろう。皮膚は黒く変色し所々が炭のように崩れ、髪は風が凪いでいる時でさえ蠢いており、瞳の無い顔で辺りを見つめていた。
やがて、1軒の平屋の前で歩みを止めた。
「ココデ…イイカ…。」
そう絞るように声を吐いた。誰かに向けた問いではなく、それ自身に向けた言葉であった。
異形は玄関口に向かい歩みを進め始めた。のそりのそりとゆっくり歩をすすめ、そして敷地に足を踏み入れる。
扉まであと数歩。だがそこで異形の足が止まる。
「…オオ…オォ…。」
異形の腹部から刃先の潰れた銀色の刃が貫き出ていた。
「…オ……ォ……。」
そして、異形は細い呻き声を出しながら煙となり消えていった。
跡に残ったのは、ぼろ布と銀色の刃を持つ薙刀。そして、
「よいよい。」
そう呟く風信子の髪飾りを付けた少女であった。